魔界の異変1
タヌキムの姿が見えなくなっても、ルナはしばらくその場に立ち尽くしていた。
『うぅ……
手がかりもないし、食べられそうになるし……
タヌキムには逃げられるし……』
最後の一つだけ、明らかに重みが違う。
レッドは苦笑しながら励ました。
『げ、元気出しなよ、ルナ。
地獄に行けば、何かわかるかもしれないよ?
タヌキムの友達だったら、同じようにふわふわした生き物なんじゃない?』
その言葉に、ルナの瞳が僅かに戻る。
『……そうね』
すぐに表情を引き締めた。
『落ち込んでる場合なんかじゃないものね……
ごめんなさい、レッド。
行きま――』
言葉が途切れる。
前方に、大きな帽子を被った女性が立っていた。
魔法使いを思わせる服装。
手には大きな杖。
こちらを値踏みするように見つめている。
『うふっ……
いらっしゃい』
『見ない顔だけど……
あなたたち、誰かしら』
女は二人が来た方向へ視線を向けた。
『来た方向は見てたわよ』
『もし悪魔の手先なら……
私が黒焦げにしてあげるわ』
『ち、違います!』
レッドが慌てて両手を上げる。
『僕らは悪魔じゃ――』
女は眉を上げる。
『……逃げてきた?』
『サッハークって子に追われて、ここまで来たのよ!』
ルナが説明すると、女は二人をじっと観察した。
『まあ……
見た所、確かに悪魔とは違うみたいだし……
いいわ……
話は聞いてあげる』
帽子のつばを持ち上げ、女は名乗った。
『私はドロシー。
悪魔と関係ないなら、話を聞いてあげてもいいわ』
警戒心は強い。
けれど、ミシェルやゴブリンよりは会話が通じそうだった。
『涙の形をした宝石を探してるんです』
レッドは早速、女神ノ涙について尋ねた。
『宝石を使う魔法も聞いた事はあるけど……』
ドロシーは考え込む。
『そんな高価な魔法は使ったりしないしね』
『そうですか……』
レッドは肩を落とした。
『地獄のもっと奥に行かなきゃ無理なのかな』
すると今度は、ドロシーの方から二人へ尋ねる。
『……逆に聞いてもいいかしら?
悪魔の本拠地……
どうなってたか教えてくれる?』
ルナはサッハークから聞いたことを思い返した。
『悪魔は誰もいなくて……
景色は、そのままだったわ』
『悪魔みたいな子はいたけど……』
ドロシーの表情が変わる。
『……そう』
『やっぱり、悪魔が消えてるのは本当なのね』
地獄側でも、その異変は知られていた。
『やっぱりって……
何かあったの?』
ルナが尋ねる。
ドロシーは杖を肩へ担いだ。
『地獄の方にも、悪魔たちがいなくなってるって噂は流れてるの。
私たちにしてみれば、敵対してる相手だし。
いなくなっても構わないけど……』
そこで表情を曇らせる。
『消えた理由……
それが、ちょっと気にかかるのよね』
悪魔たちが契約で出て行くことは珍しくない。
だが、ほとんど全員が同じ時期に姿を消すのは異常だ。
『みんながみんな、一斉に消えたりするかしら?』
『あなたたち……
地獄の人と悪魔とは仲が悪いの?』
ルナの問いに、ドロシーはあっさり頷く。
悪魔の本拠地で会ったサッハークも、地獄とはよく争っていると言っていた。
『地獄の誰かが関わってたりしたら、それこそ大問題だわ。
……やりかねない所ではあるけど……』
ドロシーは赤い空を睨む。
『なんだか、嫌な感じがするのよ』
『私たちの知っているものとは違う力が働いているみたいな……』
ルナの胸の奥で、古代ノ扉の記憶が蘇る。
森へ侵入する人々。
突然現れたドラゴン。
国を滅ぼす侵略軍。
あの世界でも、今まで起こらなかった異変が一斉に始まっていた。
『やっぱり……』
ルナは小さく呟く。
『鏡ノ扉で起こってる異変……』
自分にかけられた呪い。
刻ノ大地と鏡ノ扉で繋がる世界。
カースとヴァイオレット。
何かが一つに繋がっているのではないか。
まだ証拠はない。
それでも、不安だけは強くなる。
『ルナ……』
レッドが心配そうに名を呼ぶ。
ルナは首を振った。
『だったら、なおさら早く……
女神ノ涙を集めなくちゃ』
『……うん』
レッドも頷く。
『地獄には宝石もあるみたいだし』
そこで、もう一つの手がかりを思い出す。
『そうだ……
僕の夢に出てきた神殿。
それも地獄にあるのかもしれない。
今まで悪魔の本拠地とかでは見なかったし……』
『そうね』
ルナはドロシーへ向き直った。
『それも確かめてみなくちゃ』
ドロシーは少し考え、遠くを指差した。
『鋭いもの……なら、
魔界犬の爪とか……
かしら』
『神殿には心当たりはないわね』
魔界犬。
新しい手がかりだった。
『魔界犬、ね』
ルナはその名前を覚える。
『この先に行けば会えるの?』
『会えると思うわ。
地獄の門に、誰かしらはいるはずよ。
話のわかる子たちではあるけど』
ドロシーは苦笑した。
『どうにも乱暴だから、行くなら気をつけてね』




