魔界の悪魔4
『あん、怖がらせちゃったかしら?』
ミシェルは怯んだレッドへ、甘く囁きかけた。
『ただ私に身を任せるだけで大丈夫だから、心配しないで?』
『心配なんかしてないわよ!』
ルナが間へ割って入る。
『私たちは宝石を探してるの。
早く行かないと……』
『宝石なんてどうでもいいじゃない?』
ミシェルは聞く耳を持たない。
『私と、とってもイイ夢を見ましょ?』
『気持ちよーく、してあげるわよ?』
『い、いえ……
いいです』
レッドは一歩後ずさった。
『遠慮しておきます……』
『しなくていいのよぉ……』
ミシェルはなおも迫る。
『ほらほらぁ……
私に触ってみたいでしょ?』
古代ノ扉でタヌキムへ迫っていたルナとは、まるで逆の構図だった。
だが本人には冗談を言う余裕などない。
レッドがじりじりと距離を取るたび、ミシェルも同じだけ距離を詰めてくる。
ルナは呆れながらも、その様子を放っておけば本当に話が進まなくなると判断した。
宝石の情報は得られなかった。
それでも、悪魔の本拠地という次の目的地は分かった。
ならば今は、一刻も早くこの場を離れるべきだった。
『ベリアル様も、サタナキア様も、出て行かれたきり……』
ミシェルの声が少し寂しげになる。
『帰ってこなくて寂しいのよぉ』
聞き慣れない二つの名。
おそらくは、彼女より上位にいる悪魔なのだろう。
ミシェルが「様」を付けて呼ぶ相手。
しかも二人とも、ほかの悪魔たちと同じように出て行ったきり戻っていない。
ルナはその名前を頭の中へ刻んだ。
ベリアル。
サタナキア。
今はまだ何者なのか分からない。
だが、悪魔たちの失踪を追うなら、いずれ再び耳にする名前になるかもしれない。
『焦らされるのもイイけど、私もう、我慢出来ないの……』
『ねぇ、遊びましょぉ?』
『いいって言ってるでしょ!』
ルナの声が響いた。
『遊んでる暇なんてないの!』
その時。
『ミシェルさぁぁぁん!』
遠くから、男の叫び声が聞こえた。
『!』
全員が声の方へ振り向く。
『あらん、なぁに……?』
ミシェルだけが、少し面倒そうに首を傾げる。
『あなたを呼んでるみたいじゃない』
ルナはここぞとばかりに言った。
『待ってた人が来たんじゃないの?』
『……違うわよぉ』
ミシェルの顔から、先ほどまでの余裕が少しだけ消えた。
『お二人とも、あんな……』
『ち、違うかもしれないですけど』
レッドは最後まで聞かずに口を挟む。
『呼んでるみたいですし、行きましょう!
ミシェルさん!』
『あら、やん。
そんなに激しくしないで!』
逃げる好機を逃すまいと、二人は声のした方角へ進み始めた。
だが、赤い森の道は簡単には通してくれなかった。
男の声は確かに近づいている。
それなのに、その間へ割り込むように、低い唸り声と複数の足音が重なった。
ミシェルを連れて進もうとした三人の前へ、周囲に潜んでいた魔物たちが集まってくる。
偶然こちらを獲物と見定めたのか。
あるいは騒ぎに引き寄せられたのか。
理由を確かめている時間はなかった。
前方の木々の陰から、魔物たちが次々と姿を現す。
角を持つ小柄な魔族。
奇妙な獣。
杖を携えた術士のような者。
四つの群れが、道を塞ぐように並んだ。
『こんな時に……!』
ルナは杖を掲げる。
青白い光が地面へ広がり、鏡ノ扉から三人の英雄が姿を現した。
黄金の翼を持つ英雄が最前線へ飛び出す。
第一の群れが左右から襲いかかるが、翼が大きく広がり、その勢いを押し返した。
背後から術士の魔法が走る。
紫色の光が敵の足元で弾け、レッドがその隙間へ飛び込んだ。
剣が魔物の爪を弾く。
続く一撃で進路を開く。
第二、第三の群れは、前後から挟み込むように迫ってきた。
ルナの刻ノ力が敵の動きを一瞬だけ鈍らせる。
ほんの僅かな時間。
だが、その一瞬で英雄たちは陣形を組み直した。
上空から黄金の光。
左右から魔法。
中央をレッドの剣が切り裂く。
最後の群れには、武器を持つ魔族と丸い魔物が残っていた。
敵の攻撃が重なり、レッドが押し込まれる。
それでも退かない。
英雄たちが左右の敵を引き離した瞬間、ルナの杖が輝いた。
『今よ!』
動きの止まった敵へ、三方向から攻撃が集中する。
最後の魔物が光へ変わった。
燃える大地に、再び静けさが戻る。
戦闘を終えた英雄たちの姿が光へ変わり、鏡ノ扉の向こうへ帰っていく。
ルナは一度呼吸を整え、レッドも剣を下ろした。
ミシェルだけは、先ほどまでの戦いなど大したことではなかったように髪を整えている。
その態度に、ルナは何とも言えない視線を向けた。
そして、その向こうには――。
先ほどからミシェルの名を叫んでいた、一人の男が立っていた。




