魔界の悪魔3
『だけど……
最近はみんなどこかに行ったきり、帰ってこないのよぉ』
ミシェルは遠くを見つめた。
先ほどまでの軽い調子は残っている。
それでも、その言葉には僅かな寂しさが混じっていた。
『どこに行ったの?』
ルナが尋ねる。
『あの火の山の方角が、地獄……』
ミシェルは燃え上がる山並みの一角を指差した。
『その反対が、悪魔の本拠地だから目指してみてもいいけど……』
二人は彼女が示した方角へ目を向ける。
赤い大地の遥か先。
黒く尖った岩山の向こうへ、道が続いているように見えた。
『でも……
最近はそこにもほとんどいないわぁ。
行っても無駄じゃ――』
『どこかに行ったなら、探せば会えるはずでしょ?』
ルナは迷わず言った。
『だったら、行ってみればいいわ』
『私だって探しはしたわよぉ?』
ミシェルは少し困ったように笑う。
『でも、悪魔は契約に呼ばれる者。
近くにいるとは限らないわぁ』
”契約”
その言葉に、レッドが反応する。
ミシェルの話し方からすれば、悪魔にとって契約によって別の場所へ呼ばれること自体は珍しいことではないらしい。
だからこそ、一人や二人が姿を見せなくなっただけなら、彼女も気に留めなかったのだろう。
それが今では、本拠地にまでほとんど悪魔が残っていない。
単なる外出では説明できないほど、多くの者が同時に姿を消していることになる。
『呼ばれた先でずっと過ごしているのかもしれないしねぇ……』
『……歩いて探せる距離にいるとは限らないって事か』
レッドは考え込む。
悪魔たちが自分の意思で出て行ったのか。
誰かに呼ばれたのか。
それとも、もっと別の理由があるのか。
今の話だけでは分からない。
古代ノ扉でも、森の侵入者、戦争、ドラゴンの出現という異変が同じ時期に重なっていた。
ここでもまた、世界を形作る勢力の一つが急に姿を消している。
女神ノ涙を探しているだけのはずなのに、扉を越えるたび、その世界そのものの変化へ巻き込まれていく。
偶然と片づけるには、少しずつ出来事が重なり始めていた。
『どうしようか、ルナ?
会えるかわからないけど、悪魔の本拠地に行く?』
『うっ……』
ルナは露骨に嫌そうな顔をした。
ミシェル一人を相手にしただけでも、すでにかなり疲れている。
悪魔の本拠地となれば、どんな相手が待っているのか想像もつかない。
『なんだかあんまり行きたい場所じゃないけど……』
それでも、最後には息を吐いた。
『仕方ないわね……
とりあえず、そこを目指しましょう』
進む以外に道はない。
確かな保証がなくても、可能性があるなら確かめる。
これまでの旅も、その繰り返しだった。
ルナはミシェルへ向き直る。
『じゃあ、ミシェル。
私たちはこれで……』
『あらん……』
ミシェルの口元が再び妖しく吊り上がった。
『そう簡単にいかせてなんてあげないわよぉ?』
『!?』
二人が同時に身構える。
『な、何よ……?』
ルナは杖を握り締めた。
『情報の代わりに、何か渡せって言うの?』
『うふふ……』
ミシェルはゆっくり首を振った。
『物なんていらないわぁ』
『私が欲しいのは……』
ミシェルはわざと間を置いた。
紫色の瞳が細められる。
ルナは反射的に半歩下がり、レッドは剣へ手を伸ばす。
相手が何をするつもりなのかは分からない。
ただ、情報を教えて終わりにしてくれるつもりがないことだけは明らかだった。
『あなたたち自身だものぉ』
熱いはずの魔界の空気が、一瞬だけ冷たくなったように感じられた。
『悪魔と出会って……』
ミシェルは二人へ近づく。
『何も失わずに帰れはしないの。
覚悟はいいかしらぁ?』
『よ、よくないです』
レッドが即座に答えた。
『ちょっと待ってください……!』
だが、ミシェルは止まらない。
二人の逃げ道を塞ぐように、夢魔の翼がゆっくりと広がった。




