意外な一面2
『ゆーかいはん!
ゆーかいはんだもんね!』
逃げ続けるタヌキムの声が、赤い森へ響く。
『おねーさんがじけんのはんにん!』
『ち、違うわよ!
何もしてないじゃない!
事件って何よ!』
ルナの抗議など聞く気もないらしい。
タヌキムは短い脚を懸命に動かし、曲がりくねった黒い木々の間を抜けていく。
『……すごい勢いで逃げていくなぁ……』
レッドは呆れながらも走り続ける。
『これじゃますます迷子になっちゃうよ。
ちょっと落ち着かせないと』
『うぅ……
どうして逃げるのよ……
触れないじゃない……』
『……ルナ』
『何よ』
『タヌキムに触りたいの?
なんで?』
図星を指されたルナの肩が跳ねた。
『ちょ、ちょっと興味があるだけよ。
今までああいう生き物って側にいなかったし……』
刻ノ大地で暮らしてきたルナの周囲には、そもそも生き物自体がほとんどいなかった。
ましてや、あれほど柔らかそうな毛に包まれた生き物など初めて見る。
レッドはしばらくルナを眺めた。
『ふーん……?』
『な、何よ、その顔!』
『別に』
ルナは誤魔化すように咳払いをする。
『と、とにかく……
捕まえましょ』
『今のところ、あの子しか話せそうな子はいないんだし……』
そして、今度こそ本来の目的を思い出す。
『ここの事を聞いて、少しでも女神ノ涙の手がかりを……』
『……それもそうだね。
なんとかやってみようか……』
二人が再び追跡を始めると、前方からタヌキムの声がした。
『やーなのー。
またついてくるもんね?』
『ケロちゃーん!
ぼくちゃんをたすけてー!』
『……誰か他にいるのかな……』
レッドが周囲を見る。
しかし、熱気で揺らめく景色のどこにも人影はない。
『いたら説得してもらうけど見当たらないわね』
『きむーん!』
タヌキムはなおも逃げる。
『……どこまで行くんだろう。
このままだと僕らまで迷子になりそうだ』
『もう……!』
ついに痺れを切らしたルナが声を張り上げた。
『タヌキム、いい加減に諦めて抱っこされなさい!』
その瞬間、逃げていたタヌキムがぴたりと止まった。
『おねーさんがこないならじっとしてるもんね!』
『ど、どうして私を避けるのよ……!』
『なんかこわい!』
『なっ!?』
即答だった。
レッドは笑いそうになるのを堪えながら、進行方向を見る。
逃げ道は少しずつ狭くなっている。
『うーん……
行き止まりに追い詰めるか……』
『でも、余計に怖がりそうだなぁ』
女神ノ涙を探すための旅。
それなのに今、二人は桃色の迷子を追いかけて魔界を走り回っていた。
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やがて、タヌキムの逃げ道が途切れた。
前には黒くねじれた木々と、溶岩の流れる崖。
後ろにはルナとレッド。
『あれえー?』
タヌキムは左右を見回し、ようやく自分が追い詰められたことに気づいた。
『……追い詰めたわよ。
もう逃げられないんだから』
ルナが一歩近づく。
『やー!
こないでー!』
『ぼくちゃんきえたくないー!
しにたくないー!』
『ひ、人聞きの悪い事言わないでよ!』
ルナは頬を赤くしながら言い返す。
『ちょっと触るだけだってば!』
『……もう』
レッドは深くため息をついた。
タヌキムはすぐさま彼へ助けを求める。
『きむーん!
おにーさん、ごしょーだからぼくちゃんをたすけてー!』
『……わかったよ』
レッドはルナとタヌキムの間へ入った。
『そんなに嫌なら、ルナには諦めてもらうから……』
『えっ!』
今度はルナが衝撃を受ける番だった。
『……仕方ないよ、ルナ。
このまま逃げられてたら女神ノ涙について聞けないでしょ』
『うっ……
わ、わかったわよ……』
ルナはしぶしぶ両手を引っ込める。
『なんでそんなに嫌がるのかしら』
『きむーん……?
たすかったー?』
『僕らは何もしないったら』
レッドが優しく声をかける。
『それより、聞きたい事があるんだ』
ようやく話ができる。
そう思った時だった。
タヌキムの顔から、一瞬で血の気が引いた。
『きみゃー!?』
『たすかってないの!
うしろ! うしろだもんね!』
『え?』
振り返る。
赤い木々の陰から、複数の魔物が姿を現していた。
低い唸り声。
地面を掻く爪。
こちらを獲物として見定める、ぎらついた瞳。
『……仕方ないよ、ルナ』
レッドが剣を抜く。
『このまま逃げられてたら女神ノ涙について聞けないでしょ』
『うっ……
わ、わかったわよ……!』
今度の返事には迷いがなかった。
ルナはタヌキムの前へ立ち、杖を掲げる。
青白い魔法陣が灼けた地面へ広がった。
鏡ノ扉の英雄たちが、光の柱とともに姿を現す。
黄金の翼を持つ英雄。
黒い帽子を被った術士。
そして、黒紫の気配を纏う翼の少女。
『タヌキムは後ろにいて!』
敵の第一陣が地面を蹴った。
赤い世界に、剣と魔法の光が弾けた。




