今、出来る事1
古代の森を抜けた先でも、異変は途切れることなく続いていた。
人の手によって荒らされ始めた森。
突如として姿を現した、伝説のドラゴン。
周辺諸国を巻き込み、徐々に広がりつつある争い。
女神ノ涙を探すために鏡ノ扉を越えたルナとレッドだったが、二人が訪れる先では、それぞれの世界に生きる者たちが目の前の問題へ立ち向かっていた。
ゲオルギオスと別れたあと、二人は人里の近くに残された古代遺跡の間を歩いていた。
石造りの壁は長い年月を経て崩れ、蔓草や苔に覆われている。
それでも、人々が行き交う道だけは踏み固められ、遠くからは剣を打ち合わせるような音も聞こえてきた。
『森の異変に、ドラゴンに……
色々起こってるわね……』
ルナは歩みを緩め、胸元の時計へ視線を落とした。
針は今も、彼女に残された時間を刻み続けている。
『女神ノ涙を探すにしても、
知らないって人ばかりだし……
みんなそれどころじゃないみたい』
スライムは、落とした兜を探していた。
エスは、侵入者から森を守ろうとしていた。
ゲオルギオスは、集落を脅かすドラゴンを追っている。
この世界に暮らす者たちには、それぞれの生活があり、それぞれが抱える問題がある。
見知らぬ宝石について尋ねられても、答えられないのは当然なのかもしれない。
『探していけば、
手がかりはあるはずだよ。
ここは広いし……』
レッドは立ち止まらず、前を見ながら答えた。
女神クロノアも、この世界の住人に力を借りながら探すようにと言っていた。
一つの出会いですぐに答えが見つからなくても、その出会いが次の誰かへ繋がっている。
『……そうね。
ずいぶん歩いたけど、知らない所だらけだもの』
ルナは周囲を見渡した。
『人や生き物が、こんなにいるなんて……』
刻ノ大地にいた頃、ルナが言葉を交わす相手はほとんどいなかった。
鏡ノ扉を越えてから、彼女は初めて多くの人々と出会った。
姿も、考え方も、生き方も、それぞれ違う者たちと。
『……なんだか、変な感じね』
『ルナは、刻ノ大地から出た事がなかったんだっけ』
『そうよ。
こんなに人と話したりするのも初めてだわ』
最初は戸惑うことばかりだった。
けれど、スライムの大げさな叫びも、エスの静かな言葉も、ゲオルギオスの力強い振る舞いも、今では鮮明に思い出すことができる。
『人って、たくさんいるのね。
みんなそれぞれ、全然違う事してるし……』
ルナは進行方向から聞こえてくる掛け声へ耳を澄ませた。
『今度行く剣士の育成所っていうのはどんな所なのかしら』
『うーん……
育成所ならみんな訓練してるんじゃないかな』
二人が石壁を回り込んだその時だった。
『せいっ!
とうっ!』
鋭い掛け声とともに、銀色の刃が目の前を横切った。
『!』
レッドは反射的にルナの前へ出た。
剣先は二人へ向けられたものではない。
訓練中の少女が振り抜いた剣が、たまたま近くまで迫っただけだった。
それでも、予想していなかった一撃に二人の身体が固まる。
剣を振っていたのは、桃色の鎧に身を包んだ少女だった。
顔の上半分を覆う兜。
左右へ大きく広がる桃色の髪。
小柄な身体には不釣り合いにも見える、幅広の剣と盾。
少女は剣を止めると、ようやくルナとレッドの存在に気づいた。




