人里の異変2
集落を離れた三人は、ドラゴンが目撃されたという山の方角へ歩き始めた。
ゲオルギオスは先頭を進みながら、時折立ち止まって周囲の様子を確かめている。
獣が通った跡。
折れた枝。
地面に残る足跡。
しかし、巨大なドラゴンが通ったと断定できる痕跡は見当たらなかった。
『ふうん……。
あなたたちは宝石を探してるの?』
歩きながらゲオルギオスが尋ねる。
『ええ。
ゲオルギオスは知らない?』
『知らないわ。
この辺りでそんなもの中々見ないし……』
期待していた答えではなかった。
ルナが肩を落としかけた時、ゲオルギオスは顎へ指を添える。
『まあ、ドラゴンだったら持ってるかもしれないわね。
宝石が好きって聞いた事があるわ』
『ドラゴンって……
あの大きな羽の生えた竜よね。
ここにいるの?』
ルナが空を見上げる。
青空を横切るのは小さな鳥だけだった。
『前はいなかったわ。
見かける事なんてなかったもの』
ゲオルギオスは進行方向にそびえる山を指した。
『山の方に伝説はあったけど、、、
まさか本当にいるなんて思ってもみなかったわ』
『……急に現れたんですか?』
『ええ。
ここのところそんな事ばかりよ』
ゲオルギオスの表情が曇る。
『ドラゴンが目撃されたり……
あちこちで戦が起きたり、ね。
急に騒がしくなったの』
森へ入り込む狩人。
人々に荒らされ始めた自然。
突然目撃されるようになった伝説のドラゴン。
そして、各地で始まった戦。
それぞれ無関係な出来事に見えてもすべてがほとんど同じ時期に起こり始めている。
『そう……
異変は森で起きてるだけじゃなかったのね』
ルナは森の方角を振り返った。
あの奥では、今もエスが一人で木々を守っている。
『森でも何か起きてるの?』
ゲオルギオスが足を止めた。
『エスは、自分じゃ何も言ってこないのよね』
その言葉には呆れと心配の両方が含まれていた。
『元から、あんまり人付き合いはよくなかったんだけど……』
『人がたくさん来るようになったと言ってました。
自然を守らなくちゃって……』
レッドは森で聞いた話を説明する。
『僕らが会った時も狩人が来てて……
そんな事が続いてるみたいです』
ゲオルギオスは目を伏せた。
『そう……
それであの子、こっちに来ないのね』
エスが人里を訪れなくなったのは人を避けているからだけではない。
森を離れられないほど侵入者への警戒を続けなければならないのだ。
『この辺りはまだ穏やかだけど……』
ゲオルギオスは集落がある方角へ一度視線を戻した。
『人同士の争いで、小国が滅ぼされたそうなの』
『滅ぼす……!?』
ルナの声が震えた。
本で戦争について読んだことはあった。
しかし、一つの国が消え、そこに暮らしていた人々の生活がすべて奪われるという現実をルナはまだ知らない。
『そうよ。
容赦なく、すべてを侵略して……』
ゲオルギオスは静かに続ける。
『何も残っていないらしいわ』
ルナは言葉を失った。
カースは刻ノ少女である自分が消えれば、鏡ノ扉で繋がる世界も消えると言った。
だが、世界が消滅する時を待たずとも、人は争いによって国を滅ぼし、他者の居場所を奪うことができる。
『森は自然の恵みが集まる場所。
食べ物や材料を集めに私たちも入る事はあるけど……』
ゲオルギオスは足元に落ちていた枝を拾う。
必要な分だけ恵みを受け取り、その後も森が生き続けられるようにする。
これまでは、それが当然のことだったのだろう。
『元に戻せないくらい荒らすなんて、今までだったら考えられない事よ』
人々の考え方そのものが変わり始めている。
森を支配しようとする者。
国を侵略する者。
村を襲うドラゴン。
この世界で起きている異変は魔物が現れたというだけの話ではなかった。




