人里の異変1
エスに教えられた方角へ進み、ルナとレッドは古代の森を抜けた。
森の外にも苔に覆われた石柱や崩れかけた遺跡が点在している。
だが、木々が密集していたこれまでの道とは違い、空は大きく開けていた。
風に乗って人の声が聞こえてくる。
どこかに集落があることは間違いない。
しかし、二人が探している人物の姿はまだ見つからなかった。
『とりあえず、
エスの教えてくれた方向には来てみたけど……』
ルナは周囲を見渡した。
『ゲオルギオスさん……
だよね。
どこにいるのかな?』
『それに、女神ノ涙の手がかり……
「果てしないもの」って、一体なんなんだろう』
女神ノ涙が示したのは、「果てしなく広い」何か。
古代の森がそれに当たるのではないかと考えていたが、木々の声によれば、探している宝石は森にはないという。
手がかりは人里にある。
そう聞いてここまで来たものの、具体的な場所も、誰が女神ノ涙について知っているのかも分からない。
『……わからないわ。
ゲオルギオスが知っていればいいんだけど……』
ルナが胸元の時計へ手を添えた、その時だった。
『間違っている事なんて許さないわ!
このまま泣き寝入りは絶対にしないわよ!』
遠くから、よく通る女の声が響いた。
『……今の声』
レッドとルナは顔を見合わせる。
声がした方へ急ぐと、木立の先に石造りの家々が見えてきた。
森の遺跡を利用して築かれた、小さな集落だった。
普段なら穏やかな場所なのだろう。
だが今は住人たちが広場へ集まり、落ち着かない様子で言葉を交わしている。
『人がいる……
集落に着いたみたいね。
何かが起きてるの?』
人垣の中央には一人の女性が立っていた。
白と緑を基調とした華やかな衣装。
目元には緑色の眼鏡を掛け、長い紫色の髪を背へ流している。
頭部と背には、草花や蝶を思わせる大きな装飾が広がっていた。
周囲には杖を持つ者や、魔法使いのような帽子を被った者たちが集まり、不安そうに女性の言葉へ耳を傾けている。
『たとえ伝説のドラゴンだろうと、
村を襲い、人を傷つける……
そんな事は許されない!』
女性は胸を張り、住人たちを真っ直ぐに見渡した。
『この私が、正してみせるわ!
困難な道でも成し遂げてみせましょう!』
その宣言に、沈んでいた広場の空気が一変する。
『ゲオルギオス様ー!』
住人たちから歓声が上がった。
『あの人……
ゲオルギオスさんみたいだね』
『なんだか大変みたいね。
話を聞けるかしら……』
ルナとレッドは人垣の後ろから、しばらく様子を窺うことにした。
ゲオルギオスは住人たちが静まるのを待ち、改めて口を開く。
『私はドラゴンを探しに行くわ!
あなたたちは、万が一に備えて、ここを守っていてくれるかしら』
『ゲオル様ー……
おひとりで行くつもりですか?
危ないですよー』
心配する住人へゲオルギオスは眉を吊り上げた。
『ふざけた名前で呼ばないでちょうだい!』
大きな声に、問いかけた者が肩をすくめる。
『それに心配なんていらないわ』
ゲオルギオスは東の空へ顔を向けた。
『東方では進軍が起きていると噂があるし……
ドラゴン以外にも何かがあるかもしれないでしょう』
ドラゴンだけではない。
遠く離れた場所では、人の軍勢が動き始めている。
それがこの集落と直接関係するものかは分からないが、警戒すべき異変が一つだけではないことは確かだった。
『ここの守りはまだ薄いのよ。
住処を探すだけなら私ひとりで十分だわ!』
『探しに行く場所だって、声を聞いたって言うだけで確かなわけじゃないんだから……』
住人はなおも食い下がろうとしたが、ゲオルギオスに考えを変える様子はない。
『ですがー……』
『待って!』
ルナの声が、二人のやり取りへ割って入った。
住人たちが一斉に振り返る。
『だったら、私たちも一緒に行かせてくれない?』
『?』
ゲオルギオスは眼鏡の奥からルナとレッドを順に見た。
『あなたたち……誰なの?
見ない顔ね』
『私はルナ。
彼はレッドよ。
エスにあなたの事を聞いたの』
エスの名を耳にすると、ゲオルギオスの警戒がわずかに緩んだ。
『僕らも知りたい事があるんです。
協力させてくれませんか?』
レッドも一歩進み出る。
ゲオルギオスは二人の顔を見比べ、少しの間考え込んだ。
『そう。
あの子の知り合いなら信用出来そうね』
やがて納得したように頷く。
『わかったわ。
一緒に行きましょう。
でも、くれぐれも私の邪魔はしないでちょうだい!』
『ええ!』
こうしてルナとレッドはゲオルギオスと行動を共にすることになった。




