記憶の欠片2
女神の記憶を目覚めさせるにはその力を超えなければならない。
戸惑っている時間はなかった。
クロノアが槍を一振りすると、二人の小さな守護者が光の中から現れた。
左右へ散った守護者たちはそれぞれ武器を構え、ルナたちを挟み込むように位置を取る。
『レッド!』
『うん!』
レッドは剣を抜き、ルナを守るように前へ出た。
ルナも杖を掲げ、鏡ノ扉の英雄たちへ呼びかける。
青白い光の柱が広場へ降り注いだ。
その中から姿を現したのは、黄金色の翼を持つ戦士と黒い帽子を被った二人の術士だった。
召喚された英雄たちが陣形を整えた直後、クロノアの槍が振り下ろされる。
『あなたの力……
見せてみなさい』
紫色の衝撃波が地面を走った。
レッドは剣を横へ構え正面からその一撃を受け止める。
ガキィンッ――!
金属が激しくぶつかり、火花が散った。
衝撃を殺し切れず、レッドの足が地面を滑る。
そこへ左側の守護者が飛び込んできた。
小さな身体からは想像もつかない鋭い斬撃がレッドの脇腹を狙う。
レッドは剣を返して受け流すが今度は反対側からもう一人が迫っていた。
『右よ!』
ルナの声に反応し、黒帽子の術士が杖を振るう。
青い光弾が守護者の足元で弾けその身体を押し戻した。
レッドは生まれた隙へ踏み込み、剣を横薙ぎに振るう。
守護者は武器で受け止めたものの、勢いに耐え切れず大きく後退した。
その頭上を黄金色の翼を持つ英雄が飛び越えていく。
両翼を広げクロノアへ向けて一直線に突進した。
だが、クロノアは避けようとしない。
クロノアが槍を回転させると、周囲に白い羽根が渦を巻いた。
英雄の一撃と羽根の障壁が衝突し、眩い光が広場を覆う。
爆ぜた風に煽られルナの身体がよろめいた。
『きゃっ……!』
『ルナ!』
レッドが振り返る。
その一瞬を狙い、クロノアの槍が真っ直ぐに突き出された。
紫色の穂先がレッドの胸元へ迫る。
間に入った黄金の英雄が槍を受け止めた。
しかし、押し込まれる。
翼が大きく震えその足元へ亀裂が走った。
黒帽子の術士たちが左右から魔法を放つ。
青白い光と暗紫色の炎がクロノアへ殺到した。
クロノアは翼を羽ばたかせ、空中へ舞い上がる。
二つの魔法が彼女のいた場所で衝突し、爆風と土煙を巻き起こした。
『空へ……!』
ルナが顔を上げる。
クロノアは二人の守護者を従え上空から槍を構えていた。
次の瞬間、黄金色の炎が三人の周囲へ灯る。
炎は一つ、また一つと数を増やし巨大な円を描いた。
『来るよ!』
レッドの声と同時に炎の柱が地面から噴き上がる。
ゴオオオオッ――!
黄金の業火が広場を呑み込んだ。
レッドはルナの前へ飛び出し、剣を地面へ突き立てて身体を支える。
召喚された英雄たちもそれぞれ武器と魔法で炎を防いだ。
それでも熱風は防ぎ切れない。
肌を焼くような熱にルナは目を閉じる。
『くっ……』
炎が消えた時、召喚された英雄たちは傷を負いながらも立っていた。
クロノアは再び地上へ降り立つ。
その表情に侮りはない。
記憶の欠片とはいえ相手は女神の力を宿す存在。
正面から力だけをぶつけても勝ち目は薄かった。
レッドは荒い息を整えながらクロノアと二人の守護者を見比べる。
守護者たちは相も変わらずクロノアを守るように左右へ立っている。
だが、クロノアが大きな力を放った直後だけ三人の間隔が広がっていた事に気が付いた。
『ルナ。
もう一度、今の攻撃を使わせる』
『え?』
『その時に、僕が近づく。
英雄たちには二人を引き離してもらって』
ルナは一瞬だけ迷った。
危険な作戦だった。
だが、クロノアの力を超えるには待っているだけでは駄目なのだろう。
『……わかったわ。
でも、無茶はしないで』
レッドは頷き剣を構え直した。
黒帽子の術士たちが二人の守護者へ向けて同時に駆け出す。
一人が青い魔法陣を広げ、もう一人が風の刃を放つ。
守護者たちは左右へ分かれそれぞれ術士を迎え撃った。
その間を黄金の英雄とレッドが突き進む。
クロノアの槍が二人を薙ぎ払う。
英雄が翼で槍を受け軌道を僅かに逸らした。
レッドは身を低くし槍の下を潜り抜ける。
剣がクロノアへ届く。
しかし、刃が触れる直前、クロノアの身体を白い羽根の障壁が包み込んだ。
甲高い音が響きレッドの剣が弾き返される。
『まだだ!』
弾かれた勢いを利用しレッドは身体を回転させる。
二撃目が障壁を捉えた。
一度目の衝撃で揺らいでいた白い光へ剣が深く食い込む。
ピシッ――。
障壁に亀裂が走った。
クロノアが目を見開く。
だが、次の瞬間には翼を広げ再び黄金色の炎を呼び起こした。
『レッド、下がって!』
『いや……今しかない!』
炎が周囲へ広がる。
レッドは退かず亀裂の入った障壁へ三撃目を叩き込んだ。
白い光が砕け散る。
同時に黄金の炎がレッドを呑み込もうと迫った。
その瞬間――。
ルナの杖が青白く輝く。
『間に合って!』
刻ノ力が広場を包み込んだ。
激しく揺れていた炎がほんの一瞬だけ動きを鈍らせる。
完全に止めることは出来ない。
だが、その一瞬で充分だった。
レッドが地面を蹴る。
炎の隙間を縫いクロノアの懐へ飛び込む。
剣の柄を握る両手へ残る力のすべてを込めた。
『はあああっ!!』
振り上げた剣がクロノアの槍を大きく弾いた。
紫色の穂先が宙を舞う。
無防備になったクロノアへレッドは刃を振り下ろす。
だが、その剣を彼女の身体へ触れる寸前で止めた。
剣先と白い衣の間には指一本ほどの隙間が残っている。
広場を包んでいた炎が消えた。
二人の守護者も動きを止め光の粒となって消えていく。
遅れて、召喚された英雄たちが武器を下ろした。
静寂が戻る。
クロノアは目の前で止められた剣を見つめ、それからレッドとルナへ視線を移した。
やがて、その表情に穏やかな微笑みが浮かぶ。




