記憶の欠片1
古代の遺跡に囲まれた広場でルナは俯いたまま立ち尽くしていた。
時折吹き抜ける風が蒼銀の髪と白い衣を揺らしていく。
その隣でレッドは心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
『ルナ?
どうしたの? 大丈夫?』
『すぐに見つかると思ってたけど……』
ルナは胸元の時計へ視線を落とした。
針は彼女の不安など気にも留めず、今も静かに時を刻み続けている。
『女神ノ涙ではわからないし……
話を聞いてばっかりだけど、どうしたらいいの』
女神ノ涙を探すため、鏡ノ扉を越えてこの世界へやって来た。
だが、行く先々で得られるのは断片的な話ばかり。
十二に分かたれた女神ノ涙へ繋がる、確かな手がかりはまだ見つかっていない。
『…………』
レッドはすぐには返事をしなかった。
焦るルナへ軽々しい言葉をかけるべきではないと考えたのかもしれない。
やがて、何かを思いついたように顔を上げる。
『ねえ、ルナは女神様に会った事はないの?』
『……それは……』
ルナは言葉を詰まらせた。
胸の前で組んだ指先に、わずかに力がこもる。
『私は、女神様に会った事はないの。
女神様は、ずっと昔いなくなってしまったから』
レッドが目を見開く。
ルナにとって女神とは直接言葉を交わした相手ではなかった。
『知ってる事は、本で読んだ事と刻ノ神殿に残されていた伝承……
何かを教えてくれる人も誰もいなかったし……』
女神が遺した使命。
刻ノ少女という役目。
女神ノ涙と鏡ノ扉。
それらを教え導いてくれる者は刻ノ神殿には残されていなかった。
ルナは本と伝承だけを頼りに一人で役目を受け継いできたのだ。
『私……
本当は、ちゃんと自分が刻ノ少女として出来ているか……』
声が次第に小さくなる。
『ふさわしいかも……
よく……わからないの』
それは、これまで押し込めてきた本音だった。
使命を果たさなければならない。
迷っている時間はない。
そう自分へ言い聞かせてきたからこそ、誰にも弱音を吐けなかったのだろう。
『……ルナ……』
レッドが名を呼んだ、その時だった。
――ふわり。
二人の前を白い羽根が舞い落ちた。
『!?』
周囲の空気が一変する。
淡い光が集まり、その中心から一人の女性が姿を現した。
長い金色の髪。
白く大きな翼。
雪のような衣を纏い、紫色の瞳で二人を静かに見つめている。
その姿は人のようでありながら、現世のものとは思えないほど神々しかった。
『…………』
『……あなたは……誰……?』
ルナは驚きに目を見開いたまま問いかけた。
女性は一度目を閉じ、二人の存在を確かめるように静かに息をつく。
『……そう。
この時がきたのですね』
大きな翼が緩やかに広がる。
『時は満ちました……
刻ノ少女……
そして、少女に呼ばれし英雄よ』
『我が名はクロノア……
あなたたちが来るのをわたくしはずっと待っていました』
『クロノア……?
その、名前……
そんな……まさか……!』
ルナの表情が驚愕に染まる。
本や伝承の中で幾度となく目にした、その名。
『女神様……!?』
『こんな所に……?
なら、ルナの呪いも……』
レッドが期待を込めて一歩踏み出す。
だが、クロノアは穏やかに首を横へ振った。
『……いいえ。
わたくしは、ただの記憶の欠片。
大した力はありません』
『記憶の……欠片……?』
『女神ノ涙が散った時、わたくしの記憶もまた鏡ノ扉へ分かたれてしまった……』
クロノアの姿が陽炎のようにわずかに揺らぐ。
目の前にいる彼女は女神そのものではない。
かつて存在したクロノアの記憶が一時的な姿を得たものに過ぎないのだ。
『刻ノ少女よ。
女神ノ涙の側にはわたくしの記憶が眠っています。
記憶の欠片を目覚めさせ女神ノ涙へと集めるのです。
記憶の欠片が集まればわたくしも過去を思い出してゆける……
そうすれば、あなたたちの力にもなれるはずです』
女神の過去。
失われた記憶。
それらを取り戻すことが女神ノ涙を探す旅とも繋がっている。
ルナは緊張した面持ちで頷いた。
『は、はい!』
だが、すぐに疑問が浮かぶ。
『でも……
女神ノ涙に記憶を集めるってどうすれば……』
クロノアは答える代わりに手にした槍を静かに掲げた。
穏やかだった紫の瞳へ鋭い光が宿る。
『……力を示しなさい。
あなたの力がわたくしを超えた時それは果たされるでしょう』
『え……?』
槍の穂先へ紫色の光が集まる。
広場を吹き抜けていた風が止まり、クロノアの翼から無数の羽根が舞い上がった。
彼女の周囲に現れた魔法陣が眩い輝きを放つ。
『さあ……
来るのです!』




