森の異変1
古代の森はどこまで進んでも似たような景色が続いていた。
巨大な樹木。
苔むした石柱。
草木に半ば呑み込まれた、名も知れない文明の遺跡。
風が吹くたび、枝葉の隙間から零れる陽光が揺らめき、無数の葉が宙を舞う。
その中を兜を抱えたスライムが得意げに進んでいた。
『誰もいないけど、
その森人って本当にこっちにいるんでしょうね?』
ルナは足を止め、疑わしげに周囲を見回した。
人の気配はない。
聞こえてくるのは風に揺れる木々の音だけだった。
『いるなりよー。
スラちゃん嘘はつかないなり!』
『……さっき、嘘ついたばっかりじゃない……』
胸を張るスラちゃんへ、ルナの冷たい視線が突き刺さる。
『ま、まあ……
何かの気配はするし、まるっきり嘘では……』
レッドが二人を宥めようとした、その時だった。
ヒュンッ――
鋭く風を切る音が響いた。
次の瞬間、一本の矢が三人の目の前へ突き立つ。
矢羽根を震わせるそれは、地面へ深々と食い込んでいた。
『!!』
『びぎゃー!
敵襲なりー!!
闇討ちなりー!!』
スラちゃんは兜を抱えたまま、来た道へ向かって一目散に逃げ出した。
『あっ……こら、ちょっと!
どこ行くのよ!』
ルナの制止も聞かず、水色の身体は草むらの向こうへ消えていく。
『もう……案内も途中で放り出して……
ここはどこなのよ?』
呆れた声を漏らしながら、ルナは地面に刺さった矢へ視線を落とした。
鏃は二人を狙ったものではなく、明らかに足元を狙って放たれている。
警告のつもりなのだろうか。
そう考えた直後――。
ヒュンッ!――
再び、森の奥から矢が放たれた。
『また……!』
レッドがルナを背に庇い、剣へ手を伸ばす。
しかし、二本目の矢も二人に当たることなく、少し離れた地面へ突き刺さった。
木々の陰から、ゆっくりと一人の少年が姿を現す。
猫の耳を思わせる飾りの付いた頭巾。
灰色がかった髪。
口元を布で覆い、手には木の枝を組み合わせたような長弓を携えている。
少年は矢をつがえたまま、ルナとレッドを警戒するように見据えた。
『……人……。
こんな所にまで……』
『!!』
『誰?
森人って……あなた?』
ルナが杖を構えたまま問いかける。
少年はすぐには弓を下ろさなかった。
だが、二人に敵意がないことを確かめると、張っていた弦を静かに緩める。
『……僕は、エス。
森人の、一人。
君たちは?』
『私はルナ。
彼はレッドよ』
ルナは自分とレッドを順に示した。
『涙の形の宝石を探してここまで来たの。
エスは何か知らないかしら?』
『……ごめん、知らない。
森の中にあるかもしれないけど、ここは広いし……』
申し訳なさそうに目を伏せるエス。
その返答にルナの肩が小さく落ちた。
『そう……。
また手がかりがなくなったわね。
どうしよう……』
『なんとかして探してみようか。
広いなら「果てしないもの」に関係あるかもしれないし』
女神ノ涙が示した「果てしなく広い何か」。
それがこの森を指している可能性は、まだ残されている。
『……そうね……
やるだけやってみましょう。
諦めるわけにはいかないもの』
『…………』
エスは俯き、何かを考え込んでいた。
やがて長弓を握り直すと、近くにそびえる大木へ顔を向ける。
『ちょっと、待ってて。
木々に……聞いてみるから』




