▶にげる
心地よい日差しに、爽やかな風。
こうして思うと最近は再生数にばかり気が取られ、景色を意識することなんてなかったな。
「なあルミア、これからどうすればいいんだ?」
『?』
「ほら、信者増やさないといけないんだろ?」
『そうですね、神殿や使徒が見ている前で、私にお祈りしてくれたら私の信者になりますよ』
「なんか結構簡単に増える感じなんだな、街中お願いしたら2,3人増えそうじゃないか?」
『まあ3人くらいだったらそうかもですが、10万人規模で増やすのは大変なんですよー』
「ん?10万?」
『ええ、透さんが現世に戻るのにはかなりの神力が必要ですからね。10万で足りるかどうか』
「そんな数どうやって集めるんだよ?登録者10万って普通に上位配信者だぞ?」
『それが分かれば、弱小神なんかやってませんよ!
その辺は神として使徒に検討することを指示します』
【神託:信者獲得の策を検討せよ】
「適当だな、、あとなんか出たぞ!」
『それは神託です。貴方の崇拝する偉大な神からのミッションです。
一回出してみたかったんですよねぇこれ』
「はあ…まあいいや、なんか疲れてきたわ。
喉も乾いてきたし、街に行くとするよ。どっちに行けばいいんだ?」
『さあ?』
「ははは、嫌だなあ……そんな意地悪しなくてもいいじゃないですか」
『…意地悪とかではなくてぇ、本当に知らないんです……』
「え、ここ見渡す限り、人工物なさそうだけど、大丈夫そ……?」
『一般的に言って、食料はまだしも水分の確保は急務かもしれませんね。
もっと言えばモンスターの生息圏ではありますので、身の安全を確保する必要があります。
あと言い忘れていたんですが、もうそろそろ1日で交信できる上限時間になるので、おしゃべりができなくなります。
それでは健闘を祈——————』
「マジで切りやがった……」
ルミアの声が途切える。
森の音だけが残った。
抜けてるが腐っても神様と話していたせいか、どこか身の安全は保障されているものだと思っていた。
さっきまで心地よかった日差しも今となっては、じりじりと焦燥感を煽ってくる。
一度感じた喉の渇きは、誤魔化しようがなく、はっきりと感じられるようになってきている。
気温は暖かいのに背中に流れる冷や汗は妙に冷たく感じる。
「コメディ系の異世界転生だと思ったけど、案外シリアスサバイバル系なのか?」
誰に言うでもなく呟く。
当然、返事はない。
ついさっきまで頭の中で騒がしかったルミアの声が消えたせいで、森の静けさが妙に不安を煽ってくる。
「……とりあえず、水か」
サバイバル知識なんて動画で見た程度だが、水が最優先なのは分かる。
喉の渇きは少しずつ強くなってきていた。
俺は周囲を見回す。
木々。
草。
岩。
……川らしきものは見えない。
「こういう時、どうするんだっけ……」
ふと、配信者時代の知識を思い出す。
動物は水場へ集まる。
地形は低い方へ水が流れる。
鳥の鳴き声。
湿った空気。
「観測、ねぇ……」
少しだけ自嘲する。
でも今の俺にできることなんて、それくらいしかない。
俺は森の奥へ足を進めた。
---
ガサッ。
「っ!?」
反射的にしゃがみ込む。
前方の茂みが揺れた。
一体じゃない。
複数。
葉を踏み潰す足音。
鼻を鳴らすような荒い呼吸。
木々の隙間から現れたのは、小柄な緑色の生物だった。
「……ゴブリン」
しかも三匹。
一匹は汚れた短剣。
一匹は棍棒。
最後の一匹は、妙に鼻が大きく、周囲の臭いを嗅ぐように首を動かしている。
「やば……」
ゲームの雑魚敵。
その認識が、一瞬で吹き飛ぶ。
こいつら、普通に“狩る側”だ。
三匹は連携するように周囲を警戒していた。
一匹が前を確認し、
一匹が側面を見て、
鼻の大きな奴が空気を嗅いでいる。
完全に索敵行動だった。
「っ……」
息を止める。
心臓の音がうるさい。
あんなのに見つかったら終わりだ。
その瞬間。
身体の輪郭が、ふっと薄くなる感覚がした。
「……あれ?」
空気に溶け込むような感覚。
呼吸。
体温。
存在感。
全部が、森へ沈んでいく。
《隠密》
脳裏にスキル名が浮かぶ。
無意識に発動したらしい。
ゴブリンたちが止まる。
鼻の大きい個体が、こちらへ顔を向けた。
黄色い瞳。
濁った牙。
鼻をヒクヒク動かしている。
「…………」
汗が頬を伝う。
頼む。
気づくな。
マジで。
数秒。
いや、体感では数分にも感じた。
やがてゴブリンは低く唸ると、別方向へ歩き出した。
他の二匹もそれに続く。
木々を揺らしながら、闇の奥へ消えていった。
「はぁっ……!」
肺が悲鳴を上げる。
全身から一気に力が抜けた。
「危なっっっ……!」
マジで死ぬところだった。
この世界、チュートリアルどころか初手で殺しに来てる。
---
さらに森を進む。
今度は慎重に。
音を立てず。
周囲を観察しながら。
すると少し開けた場所へ出た。
「……お?」
木の枝に、赤い実がなっている。
リンゴと桃の中間みたいな見た目。
「食えそう……か?」
異世界あるある。
毒果物。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だが背に腹は代えられない。
俺は《撮影》スキルで果実を拡大してみる。
虫食いなし。
鳥につつかれた跡あり。
獣の食痕もある。
「……いけるか?」
意を決して一口。
「……うまっ」
甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
水分。
糖分。
生き返る。
「あぁぁ……生きてるぅ……」
涙出そう。
人類って水と糖分でこんな幸せになれるんだな。
---
日が沈み始めた頃。
俺は大きな木を見上げていた。
「……今日はここで寝るしかないか」
地面は危険すぎる。
ゴブリンが普通にいる。
他にも何が出るか分からない。
幸い、ちょっと優秀な敏捷と《隠密》のおかげか、木登りは案外スムーズだった。
途中に大きなうろがある。
「よし……」
身体を滑り込ませる。
狭いが、一晩くらいなら何とかなる。
森の夜は思った以上に寒かった。
俺は身体を丸めながら、ふと空を見上げる。
知らない星空。
地球では見たこともない星座。
妙に空気が澄んでいて、星が近く感じた。
「……綺麗だな」
気づけば、無意識にカメラを構えていた。
撮影者の性だ。
カメラ越しに見る異世界の夜空は、現実感がないほど幻想的だった。
星々を映しながら、ゆっくり視線を動かす。
すると。
「……ん?」
遥か遠く。
森の向こう側。
ほんのわずかだが、暗闇の中に小さな灯りが見えた。
一つじゃない。
複数。
かすかに揺れている。
「あれ……街の灯りか?」
胸が高鳴る。
人がいる。
文明がある。
助かるかもしれない。
「……そうか」
思わず笑みが漏れる。
「俺、“観測”系だったな」
戦えない。
強くもない。
でも。
見つけることはできる。
「よし。明日はあっちだ」
木のうろの中で身体を丸める。
不安はある。
でも。
少しだけワクワクしている自分もいた。
未知の世界。
未知の文化。
未知の人々。
そして。
この世界には、まだ誰も攻略していない“何か”が、きっとある。
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ルミア『ご入信もお待ちしております』




