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迎えに来た

『ああ』


『任せろ』


ステューはそう言って、再び走り出した。


画面越しに見える鉱山は、もうまともな坑道とは呼べなかった。


崩れた支柱。


割れた床。


天井から落ちる細かな砂。


それでも、ステューは止まらない。


銀髪が揺れる。


猫耳が揺れる。


カメラ越しの映像が激しく揺れる。


「ステュー、右前の壁沿い」


『了解』


「その先、足場が薄い。踏み抜くな」


『なら?』


「左の出っ張りを蹴れ。そのまま二歩飛べ」


『二歩?』


「お前ならいける」


『……なら行く』


ステューが跳ぶ。


人間なら迷う距離。


普通の冒険者なら足を止める隙間。


だが、ステューは躊躇しなかった。


壁を蹴る。


崩れかけた岩を踏む。


もう一度跳ぶ。


着地。


直後、背後で足場が崩れ落ちた。


ドゴォンッ!!


集まった面々が息を呑む。


「無茶苦茶だ……」


「いや、でも進んでる」


「トールの指示もだが、猫姫の動きもおかしいぞ……」


コメント欄も流れる。


>> 速い


>> 今の跳べるのかよ


>> 猫姫すげぇ


>> トールの指示やばい


>> これがバディか


バディ。


その文字が目に入る。


少しだけ、胸が詰まった。


ついこの間まで。


俺たちはまともに口も利いていなかった。


正しいと思っていた。


お互いに。


だからぶつかった。


でも今は。


「止まれ」


『っ』


ステューが足を止める。


一秒後。


目の前に巨大な岩が落ちてきた。


ズンッ!!


粉塵が舞う。


『……助かった』


「まだ礼は早い」


『そうだな』


「次、上だ」


『上?』


「天井に亀裂。落ちる前に抜けろ」


『分かった』


ステューが駆ける。


その背中を見ながら、俺は必死に映像を重ねた。


過去の撮影記録。


鉱脈の位置。


現在の崩落。


ステューの視界。


全部。


全部使う。


一つでも間違えれば。


終わる。


ステューが死ぬ。


レンたちも助からない。


でも。


不思議と手は震えていなかった。


『トール』


「なんだ」


『次は?』


「真っ直ぐ」


『了解』


信じられている。


それだけで、こんなにも頭が冴えるものなのか。


---


やがて。


画面の奥に、薄い光が見えた。


小さな空洞。


岩壁の裂け目。


そこに人影があった。


「見えた……!」


誰かが叫ぶ。


周囲の皆が聖書に詰め寄る。


映像の中で、ステューが足を速める。


『おい!』


声が響く。


『生きてるか!』


空洞の奥から、震えた声が返ってきた。


『ステューさん……?』


レンだった。


煤だらけの顔。


涙でぐしゃぐしゃになった目。


それでも、手にはしっかり聖書を抱えていた。


『本当に……来た……』


その後ろには採掘師たち。


怪我人。


腰を抜かした若手。


血の滲んだ包帯を巻いている者。


全員、疲れ切っている。


だが。


生きている。


十七人。


ちゃんと、生きていた。


周囲から、震えるような声が漏れた。


「生きてる……」


「本当に……」


「助けられるぞ……!」


ステューは空洞へ飛び込む。


そして、レンの前でしゃがんだ。


『遅くなった』


『いえ……』


レンは首を振った。


『信じてました』


『そうか』


ステューは少しだけ笑う。


『なら、もう少し信じろ』


『え?』


ステューは腰のポーチから、銀色のスクロールを取り出した。


魔法文字が淡く光る。


空洞にいた採掘師たちが目を見開き、驚きの声が画面越しに聞こえる。


『そ、それは……!』


『脱出スクロール!?』


『本物か!?』


ステューが頷く。


『ギルドマスターから預かった』


そしてカメラを少しだけ自分へ向けた。


『迎えに来た』


その一言で、オーディエンスと化している周囲の冒険者達が沸いた。


「うおおおおおお!!」


「やった!!」


「帰れるぞ!!」


コメントも一気に流れる。


>> 迎えに来た!


>> かっこよすぎる


>> 猫姫最高


>> レンよかった


>> 泣いた


>> ルミア様ありがとう


頭の中でルミアが鼻をすすった。


『うう……いいですねぇ……』


「泣くな。まだ終わってない」


『泣いてませんし!』


嘘をつけ。


---


ステューはスクロールを広げる。


だが、その瞬間。


ゴゴゴゴゴ……。


低い音が響いた。


空洞全体が揺れる。


天井から砂が落ちる。


採掘師の一人が叫んだ。


『また崩れるぞ!』


俺は映像を見た。


嫌な揺れ方だった。


まずい。


空洞の右側。


支柱が折れかけている。


このまま発動準備に時間を取られたら、巻き込まれる。


「ステュー!」


『なんだ!』


「右奥の支柱が折れる!」


ステューが即座に振り向く。


『どうすればいい!』


「発動まで何秒かかる!」


『知らん!』


「ギルマス!」


ギルドマスターが叫ぶ。


「広げて魔力を通せば十秒だ!」


十秒。


たった十秒。


だが今は長い。


あまりにも長い。


俺は映像を見る。


鉱脈の光。


亀裂。


落石位置。


支柱。


「ステュー」


『言え』


「十秒稼げ」


『了解』


即答だった。


一瞬の迷いもなかった。


ステューはスクロールをレンに押し付ける。


『持て!』


『は、はい!』


『採掘師! 魔力を通せるやつは手伝え!』


『分かった!』


ステューは剣を抜いた。


落ちてくる岩。


折れかけた支柱。


塞がれかける空間。


そこへ飛び込む。


「右!」


『了解!』


「上!」


『了解!』


「三歩下がって、斬れ!」


『了解!』


斬撃。


落石が砕ける。


支柱の破片が弾かれる。


ステューの肩に石が当たる。


血が飛ぶ。


それでも止まらない。


コメント欄から悲鳴のような文字が流れた。


>> 無茶するな


>> 猫姫!


>> あと何秒!?


>> 頑張れ


>> 頑張れ!


「あと五秒!」


ギルドマスターが叫ぶ。


レンがスクロールを握りしめている。


採掘師たちが魔力を流す。


銀色の文字が一つずつ光っていく。


「ステュー、左!」


『見えてる!』


「違う、左の下!」


『っ!』


ステューが足を引く。


直後、足元が崩れた。


ギリギリだった。


「あと三秒!」


「支柱が落ちる!」


『分かってる!』


「ステュー!」


『なんだ!』


「跳べ!」


ステューが笑った。


『分かった!』


天井から崩れた岩が落ちる。


ステューが跳ぶ。


そのまま壁を蹴り、スクロールの光の中へ飛び込んだ。


次の瞬間。


白い光が空洞を満たした。


画面が真っ白になる。


映像が途切れる。


---


静まり返った。


誰も喋らない。


聖書には、白い画面だけが映っている。


一秒。


二秒。


三秒。


長い。


あまりにも長い。


「……ステュー?」


自分の声が震えていた。


返事はない。


「おい、ステュー!」


その時、白い光が弾けた。


魔法陣。


光。


風。


そして。


人影。


一人。


二人。


三人。


次々と倒れ込むように現れる。


採掘師。


若手。


怪我人。


レン。


十七人。


そして最後に。


銀髪の猫耳剣士が、尻餅をつくように現れた。


「……っはぁ!」


ステューが息を吐く。


全身煤だらけ。


肩から血。


髪もぐしゃぐしゃ。


それでも。


生きている。


集まった冒険者たちが爆発する。


「うおおおおおおお!!」


「生きてる!!」


「全員だ!!」


「全員帰ってきたぞ!!」


誰かが泣いた。


誰かが笑った。


採掘師たちが仲間へ駆け寄る。


レンは呆然と周囲を見回し、それから聖書を抱きしめた。


「帰って……きた……」


俺は膝から力が抜けそうになる。


だが、何とか踏みとどまった。


ステューがこちらを見る。


俺もステューを見る。


しばらく。


何も言えなかった。


言いたいことは山ほどあった。


言わなきゃいけないこともある。


でも。


最初に出た言葉は、ひどく単純だった。


「無事か」


ステューは少しだけ目を丸くする。


そして、笑った。


「誰に言ってる」


いつもの言葉だった。


久しぶりに聞く。


胸の奥に詰まっていたものが、少しだけ溶けた。


「……この前は悪かった」


俺は言った。


ステューの耳がぴくりと動く。


「俺は、助ける方法を探す前に諦めてた」


ステューはしばらく黙っていた。


それから、小さく首を振る。


「私も悪かった」


「考えずに飛び出した」


「守るって言いながら、危険に晒した人がいた」


あの森林ダンジョンのことだ。


俺たちは互いに視線を逸らさなかった。


「でも」


ステューが言う。


「今日は違ったな」


「ああ」


「お前が道を見つけた」


「お前が辿り着いた」


沈黙。


そして、ステューが手を差し出した。


「次からも頼む」


その手を見る。


傷だらけの手。


剣を握る手。


無茶をする手。


誰かを守ろうとする手。


俺はその手を握った。


「こっちこそ」


その瞬間。


コメント欄が流れた。


>> バディ復活


>> 尊い


>> 猫姫とトール最高


>> 握手きた


俺は固まった。


「……映ってる?」


頭の中でルミアが言う。


『配信、まだ切ってませんね』


「切れよ!!」


『いやー、これは神回なので』


ステューの耳が真っ赤になる。


「おいトール」


「俺じゃない」


「他に誰がいるんだ!」


笑いが起きた。


重かった空気が、ようやくほどけた。


レンがよろよろと近づいてくる。


煤だらけの顔で、深く頭を下げた。


「ありがとうございました!」


「本当に……本当にありがとうございました!」


俺は首を振る。


「お前がコメントしてくれたからだ」


「え?」


「お前が助けを呼んだ」


「だから間に合った」


レンは目を見開く。


それから、顔をくしゃくしゃにして泣いた。


「俺……怖くて……でも、聖書持っててよかったです……」


ステューがぽんとレンの頭に手を置く。


「よく耐えた」


「はい……!」


ルミアが妙に得意げだった。


『いやー、信仰は命を救いますねぇ』


「今日はまあ、否定できないな」


『でしょう!?』


『ということで次は投げ銭機能を――』


「やめろ」


即答した。


---


集まったすべての人に笑い声が広がる。


俺はステューを見る。


ステューもこちらを見る。


まだ完全に元通りではない。


そんな簡単なものじゃない。


でも。


一度壊れたものは。


もっと強く組み直せるのかもしれない。


少なくとも、俺たちは今日、一つ分かった。


俺だけじゃ、届かない場所がある。


ステューだけじゃ、見えない道がある。


だから、二人なら、もっと遠くまで行ける。


そう思えた。


『トールさんとりあえず、視聴率めちゃよさそうなんで、アレ言っといてください』


「あーはいはい、わかりましたよっと」


「あーそれでは、異世界攻略チャンネルをご覧の皆さま、ご視聴ありがとうございました。


皆さんのご視聴が、観測の女神ルミア様の力になります。


お気に入り登録とご入信、よろしくお願いします!」

面白かったら評価・ブクマお願いします。


ルミア『ご入信もお待ちしております』

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