【第二部完】ルミア観測隊
鉱山ダンジョン崩落事故。
生存者十七名。
全員救出。
その報告が正式にギルドから出されたのは、翌日の昼だった。
ギルド内は、朝からずっと騒がしかった。
「救助配信見たか!?」
「見た見た! 猫姫が壁走ってた!」
「トールの指示もやばかったぞ。右、左、跳べ、で全部当たってた」
「脱出スクロールなんて初めて見たわ」
「俺、最後ちょっと泣いた」
「ちょっとか?」
「結構泣いた」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
正直、居心地が悪い。
かなり悪い。
俺はいつもの席で、木杯を両手で持ちながら小さくなっていた。
「……目立ってる」
『目立ってますねぇ』
頭の中でルミアが満足そうに言う。
『初生配信、大成功です!』
「人命救助をバズったみたいに言うな」
『でも実際、信仰力もかなり増えてますよ?』
「言うな」
『視聴率、コメント数、入信率、全部跳ねてます』
「だから言うな」
完全に運営目線だった。
こいつ、だんだん神というより動画サイトの中の人になってきている。
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ギルドの奥では、救出された採掘師たちが家族や仲間に囲まれていた。
泣いている者。
笑っている者。
まだ呆然としている者。
包帯を巻かれている者。
それぞれだった。
けれど、全員、生きている。
それだけで十分だった。
「トールさん」
声をかけられて振り返る。
レンだった。
煤は落ちているが、まだ顔色は少し悪い。
それでも目だけは妙に輝いていた。
いや、前から輝いていた気もする。
主に俺の動画を見た時に。
「体、大丈夫か?」
「はい!」
レンは勢いよく頷く。
「ちょっと擦り傷と打撲くらいです」
「それ、ちょっとか?」
「ドワーフなので!」
「便利な言葉だな」
背丈は人間の子供ほど。
でも肩幅はしっかりしていて、背中には今日も自分の体ほどある荷物袋を背負っている。
腰には採掘道具。
そして細工道具。
やっぱりポーターというより工具箱が歩いているみたいだ。
レンは胸元から、銀色の本を取り出した。
【観測の女神ルミア公式攻略聖書】
角は擦り切れ、表紙には煤の跡が残っている。
崩落した鉱山の中で、命を繋いだ本だ。
「これがなかったら、俺たち、助かりませんでした」
レンは両手で聖書を抱える。
「コメントを送れたから、トールさんたちが気付いてくれた」
「俺たちだけじゃない」
俺は言った。
「お前が送ったからだ」
「え?」
「助けを呼んだのはレンだ」
レンは目を見開く。
「怖かっただろ」
「……怖かったです」
小さな声。
「でも、動画で見たんです」
「動画?」
「鉱山回です。トールさんが、支柱が危ないって言ってました」
「ああ」
「あの後、俺、自分でも坑道の見方を勉強したんです。だから崩れた時、奥の空洞ならまだ保つかもしれないって思って」
レンはぎゅっと聖書を握る。
「みんなをそこへ誘導しました」
俺は言葉を失った。
本当に。
動画が役に立っていた。
ゴブリンの右足を見るとか。
薬草を見分けるとか。
鉱脈を探すとか。
そういう小さな積み重ねが。
誰かの判断になっていた。
「……そっか」
それしか言えなかった。
『トールさん』
ルミアの声が少しだけ柔らかかった。
『ちゃんと届いてますね』
「……ああ」
ちゃんと。
届いていた。
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「それで!」
レンが急に顔を上げた。
「お願いがあります!」
「嫌な予感がする」
「まだ何も言ってません!」
「じゃあ言ってみろ」
レンは背筋を伸ばした。
「俺を、トールさんたちの撮影クルーに入れてください!」
沈黙。
俺は木杯を置いた。
「……はい?」
「お願いします!」
レンは深々と頭を下げる。
「俺、見る側じゃなくて、作る側になりたいんです!」
その言葉に、少し胸を突かれた。
見る側。
作る側。
かつての俺なら、欲しかった言葉かもしれない。
誰かが自分の動画を見て。
そのうえで。
一緒に作りたいと言ってくれる。
そんなこと、前の世界では一度もなかった。
「いや、でもな」
俺は困る。
「危ないぞ」
「知ってます!」
「本当に危ないぞ」
「昨日知りました!」
「知った上で言うな」
「知った上で言ってます!」
レンは真っ直ぐだった。
真っ直ぐすぎて眩しい。
「俺、戦えません」
「うん」
「足も速くないです」
「うん」
「魔法も得意じゃありません」
「うん」
「でも、荷物は持てます!」
レンは背中の袋を叩く。
がしゃん、と工具の音がした。
「採掘道具も、ロープも、簡易支柱も、修理道具も持てます!」
さらに腰の工具袋を見せる。
「あと、細工も少しできます!」
「細工?」
「はい! まだ見習いですけど、工具を直したり、小物を作ったりはできます!」
その瞬間。
少しだけ想像した。
カメラ固定具。
持ち運び用の台座。
防水ケース。
遠隔撮影用の仕掛け。
動画撮影に必要な小道具。
「……便利そうだな」
『便利そうですね』
ルミアが同意した。
『あと視聴者代表枠としても使えます』
「使えるとか言うな」
『では、活躍が期待できます』
「言い換えればいいってもんじゃない」
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その時。
横から声がした。
「いいんじゃないか」
ステューだった。
包帯は巻かれているが、いつも通りの顔をしている。
いや。
少しだけ柔らかい。
以前よりも。
「レンは根性がある」
「ステューさん!」
レンの顔がぱっと輝く。
「それに、荷物持ちがいると助かる」
「現実的だな」
「現実は大事だろ」
そう言って、ステューは少しだけ笑った。
昨日、俺たちは言い合った。
いや。
正確には、少し前からずっと壊れていた。
でも、今はこうして話せている。
完全に元通りではない。
それでも。
前より悪いわけじゃない。
むしろ。
前よりちゃんと見えている気がした。
俺はステューを見る。
「本当にいいのか?」
「何がだ」
「レンを入れること」
「私は賛成だ」
ステューは即答する。
「見ているだけだったやつが、自分も作る側に回りたいと言ってるんだ」
そして、レンを見る。
「それは悪くない」
レンの目がさらに輝いた。
猫耳が好きなわけじゃない。
たぶん本物の英雄でも見ている顔だ。
ステューは少し照れたように視線を逸らした。
耳がぴこっと動く。
分かりやすい。
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「ただ」
俺は言った。
「正式に組むなら、パーティー登録が必要になるな」
「パーティー登録?」
レンが首を傾げる。
「ギルドで一緒に依頼を受けるための登録だ」
ステューが説明する。
「継続的に組むなら名前も必要になる」
「名前!」
レンが前のめりになる。
「かっこいいのがいいです!」
「やめろ、そういう時だいたい事故る」
「事故りません!」
「既に事故の匂いがする」
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俺たちは受付カウンターへ移動した。
受付嬢がにこにこしながら登録用紙を出してくる。
「ついに正式パーティー化ですか?」
「まあ、そんな感じです」
「お名前はどうします?」
「そこなんですよね」
用紙には空欄。
【パーティー名】
妙に圧がある。
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「異世界攻略チャンネルでいいんじゃないか?」
ステューが言う。
俺は即座に首を振る。
「それは動画名だ」
「同じでよくないか?」
「パーティー名としては変だろ」
「まあ、そうか」
ステューは納得した。
意外と素直だった。
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レンが手を挙げる。
「はい!」
「どうぞ、レン君」
「攻略観測隊!」
「お」
悪くない。
普通に悪くない。
「トールさんが攻略、観測して、ステューさんが突撃するので!」
「突撃どっから出てきた」
ステューが眉をひそめる。
「でも悪くない」
「だろ!」
レンが嬉しそうに胸を張る。
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すると頭の中でルミアが割り込んできた。
『はいはいはい! 私も候補あります!』
「はい却下―」
『まだ何にも言ってないですー!』
「まあ試しに言ってみ」
『ルミア聖騎士団!』
「却下」
『早い!』
「早い方がいいと思った」
『では、ルミア攻略局!』
「却下」
『ルミア観測教団!』
「絶対却下」
ステューが怪訝な顔をする。
「何を一人で却下してるんだ?」
「女神が変な名前を出してくる」
「どうせルミア何とかだろ」
『失礼ですね! ちゃんと神聖で荘厳な名前を考えています!』
「ルミア聖騎士団だそうだ」
「却下だな」
『ステューさんまで!?』
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受付嬢が笑いをこらえている。
「他には?」
「右足観測隊」
俺が言う。
「却下」
ステューが即答した。
「右足で有名になっただろ」
「嫌だ」
「右足教もできてるぞ」
「もっと嫌だ」
レンが真剣な顔で言う。
「でも右足回、本当に助かりました」
「レンまで乗るな」
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しばらく候補が乱れ飛んだ。
攻略観測隊。
観測の灯火。
ルミア攻略局。
右足観測隊。
猫姫と愉快な仲間たち。
「誰だ今の言ったの」
ステューが低い声を出す。
周囲の冒険者たちが一斉に視線を逸らした。
コメント欄があれば絶対に流れていた。
>> 猫姫と愉快な仲間たちでいい
と。
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最終的に。
レンがぽつりと言った。
「ルミア観測隊、はどうですか?」
俺は黙る。
ステューも黙る。
「ルミア様の加護で助かったし」
レンは聖書を抱え直す。
「トールさんは撮影で観測して、ステューさんは現場で道を切り開く」
少し照れ臭そうに笑う。
「俺は、その荷物を持ちます」
それを聞いて。
悪くないと思った。
ルミアの名前が入っているのは若干癪だが。
昨日の救助を思い出す。
聖書。
コメント。
生配信。
信仰。
全部が繋がった。
その中心にいたのは、確かに観測の女神だった。
本人の性格は置いておいて。
「……悪くないな」
ステューが言う。
「私もそれでいい」
レンの顔が輝く。
「トールさんは?」
俺はしばらく考えて。
そして頷いた。
「じゃあ、それで」
受付嬢が用紙にペンを走らせる。
【ルミア観測隊】
そう書かれる。
頭の中で、ルミアが妙に静かだった。
「……おい」
『はい』
「なんで黙ってる」
『いえ』
少しだけ。
本当に少しだけ。
声が震えていた。
『嬉しくなんかありませんよ』
「いや嬉しいんだろ」
『嬉しくなんかありません』
「声震えてるぞ」
『信仰力の乱れです』
「便利だな信仰力」
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登録用紙に三人の名前が並ぶ。
トール。
ステューリア・グラン。
レン。
それを見た時。
ようやく実感した。
一人じゃない。
撮影クルー。
パーティー。
仲間。
呼び方は何でもいい。
でも。
もう俺は、一人でカメラを回しているわけじゃない。
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「よろしくお願いします!」
レンが勢いよく頭を下げる。
「荷物持ちからですけど、絶対役に立ちます!」
「ああ。頼りにしてる」
「はい!」
ステューが腕を組む。
「まずは体力作りだな」
「えっ」
「鉱山で生き残った根性は認める。でも、現場に出るなら鍛えないと死ぬ」
「は、はい!」
「あと猫姫呼びは禁止だ」
「はい! ステューさん!」
「よし」
レンは直立不動だった。
完全に弟子入りした子供の顔だった。
ステューも満更でもなさそうだ。
耳がぴこっと動いている。
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その時。
聖書が光った。
救助配信のアーカイブにコメントが増えているらしい。
受付嬢が興味本位で開く。
俺は止める間もなかった。
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>> ルミア観測隊結成おめでとう!
>> 名前決まった?
>> 猫姫と愉快な仲間たち希望
>> 右足観測隊も捨てがたい
>> レン加入!?
>> 最古参がスタッフ入りした
>> これは推せる
---
「なんで見えてるんだよ!」
『配信切り忘れの余波ですね』
「お前さぁ!」
『でも宣伝になってますよ?』
「だからそういう問題じゃない!」
ステューはコメントを見て固まっていた。
そして、低い声で言う。
「猫姫と愉快な仲間たちは誰だ」
周囲の冒険者たちが再び視線を逸らした。
レンは小さく手を上げる。
「俺は、ちょっといいと思いました」
「レン」
「すみません!」
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笑い声が広がる。
救助の翌日。
まだ痛みは残っている。
怖さも残っている。
失敗した記憶も。
ぶつかった記憶も。
全部消えたわけじゃない。
それでも。
俺たちは前に進むことにした。
異世界攻略チャンネル。
そして。
ルミア観測隊。
見る側だった少年を仲間に加えて。
俺たちはまた、新しい攻略を始める。
面白かったら評価・ブクマお願いします。
ルミア『ご入信もお待ちしております』




