騎士は見捨てられない
森林ダンジョン。
今回は採集人の護衛依頼だった。
薬草、木材、希少な果実。
討伐よりは、危険度が低い。
動画映えはしないが、報酬は安定する。
こういう仕事も大事だ。
「平和だな」
俺が言う。
「そうだな」
ステューも頷いた。
最近は息も合う。
撮影も慣れてきた。
動画も順調。
コメントも増えている。
正直、少し浮かれていた。
その時だ。
「助けてくれぇぇぇ!!」
遠くから悲鳴が響いた。
全員が足を止めた。
俺は即座に魔導カメラを起動する。
《撮影》
木々の奥で争闘の気配がわずかに映る。
画面の向こう。
五人のうち、前衛が片膝をついていた。
盾が割れている。
腕から血が垂れていた。
後衛の魔法使いは、詠唱の途中で声が途切れた。
喉が枯れている。
足元に空のポーション瓶が転がっていた。
包囲は、じわじわ狭まっている。
逃げ道がない。
足場はぬかるみ。
背後は倒木で塞がれていた。
――時間がない。
助けを“待てる状況”じゃない。
---
まずい状況だ。
採集人の一人が、俺の背中にしがみつくようにして震えていた。
年配の男だ。
指が白くなるほど強く服を掴んでいる。
「……だ、大丈夫なんですよね」
「あなたたち、動画で……強いって……」
声が上ずっていた。
自信じゃない。
期待だ。
祈りだ。
俺は一度だけ深く息を吸った。
この人たちは、俺たちを信じて依頼してきた。
「大丈夫」
そう言うしかなかった。
ステューは既に剣へ手をかけていた。
「行くぞ」
俺はカメラを向けたまま、声だけで言った。
「待て」
……その言い方が悪かった。
ステューの目には、俺が“撮影を優先した”ように映った。
猫耳が、ぴくりと動いた。嫌な動きだ。
「……それ、撮る必要あるのか?」
低い声。
「判断するためだ」
俺は言った。
「判断?」
「判断だ」
「……見捨てる判断か?」
「…今助けに行くな」
空気が凍った。
「……は?」
ステューの尻尾がザワと膨らむ。
俺は魔導カメラを向け続ける。
距離。
地形。
魔物の数。
護衛対象。
全部確認する。
今いる採集人は四人。
護衛は俺たち。
魔物がこっちへ流れたら終わる。
「間に合わない」
俺は言った。
「今突っ込んだら」
「こっちも巻き込まれる」
「だから見捨てるのか?」
声が低い。
怒っている。
「違う」
俺は即答した。
「見捨てるんじゃない」
「なら!」
「合理的な判断だ、今は護衛任務をやっているんだ」
沈黙。
ステューが睨む。
「何だそれ」
「全体で考える」
俺はカメラを下ろさず言った。
「今助けに行く」
「護衛対象も危険になる」
「俺たちも危険になる」
「最悪全滅する」
「だから護衛を優先する」
「助けられる人数を増やす」
それが正解だ。
少なくとも。
今までの経験から考えれば。
レオのことを思い出す。
助けられなかった命。
だからこそ。
感情だけで動かない。
犠牲を減らす。
それが攻略だ。
だが。
「私は嫌だ」
ステューが言った。
「目の前で死ぬのを見てろっていうのか」
「違う」
「同じだ」
猫耳が逆立つ。
「騎士は見捨てない」
「ステュー」
「私は行く」
そして。
走った。
銀髪が森の奥へ消えていく。
正直、走り出したかった。
助けに行くのは簡単だ。
ステューの横に並んで剣を振るう――それだけなら。
でも俺は、弱い。
俺が混ざれば、誰かが死ぬ確率が上がる。
……それが嫌だ。
「生き残ってくれ」
小さく呟いた。
誰に言ったのか、自分でも分からない。
遠くの悲鳴に向けて。
走っていった銀髪に向けて。
そして、俺自身に向けて。
---
その瞬間。
ガサガサッ!!
別方向の茂みが揺れた。
「っ!!」
魔物。
撃ち漏らし。
ステューが飛び出したことで。
警戒線が崩れていた。
採集人たちが青ざめる。
「ま、魔物だ!!」
「下がれ!!」
俺は叫ぶ。
ステューはもう遠い。
聞こえない。
俺は歯を食いしばった。
今ので分かった。
俺たちは。
まだ仲間になれていなかった。
俺は槍を拾う。
本職じゃない。
強くもない。
でも。
やるしかない。
「走れ!!」
採集人を逃がす。
そして。
俺自身が囮になる。
魔物が向きを変える。
こっちを見る。
心臓が跳ねた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だけど。
「来いよ」
魔導カメラを掲げる。
撮る。
記録する。
分析する。
それしかできない。
それでも。
誰かを生かすためなら。
今は前に出るしかなかった。




