100%パワーアップ(当社比)
夜明け前。
森はまだ薄暗かった。
朝霧。
湿った土。
冷たい空気。
「……行くぞ」
ギルドマスターの低い声が響く。
「撤退の合図を聞き逃すな」
若手冒険者たちが静かに頷いた。
誰も軽口を叩かない。
今日はいつもの討伐じゃない。
若葉の風を壊した森。
新人を食い潰す巣。
その“攻略戦”だった。
---
森へ入る。
《隠密》。
発動。
気配を薄くする。
木々の間を縫うように進みながら、俺は後ろを見る。
トマ。
リズ。
レオが助けた若手冒険者たち。
全員、顔が硬い。
当然だ。
相手は。
レオを殺した怪物。
『心拍数すごいですよ』
「うるさい」
『でも』
ルミアが少しだけ黙る。
『怖いですよね』
「そりゃな」
即答だった。
怖いに決まってる。
死ぬかもしれない。
いや。
普通に考えれば、死ぬ可能性の方が高い。
でも。
「それでもやるんだよ」
レオは帰ってこなかった。
だから。
ここで止まるわけにはいかない。
---
作戦は単純だった。
巡回班を潰す。
増援を減らす。
毒で巣を崩す。
そして。
リーダーを叩く。
ギルド側は既に森へ散開している。
巡回ルート。
索敵方向。
ゴブリンの役割。
全部共有済み。
“観測済み”。
---
森の別方向。
「来るぞ!!」
若手冒険者が叫ぶ。
槍持ちゴブリン。
突進。
フェイント。
だが。
「右足だ!!」
踏み込みを読む。
剣士が回避。
後方から槍。
命中。
ゴブリンが崩れる。
「……本当に読める!」
恐怖はある。
でも。
今までみたいに、
“何も分からないまま死ぬ”
感じじゃない。
理解できる。
だから。
戦える。
---
その頃。
俺たちは巣近くへ到達していた。
木柵。
焚火。
ゴブリンの臭い。
「……いるな」
見張り。
巡回。
全部想定通り。
トマとリズは別行動だ。
今頃は侵入ポイントで待機しているだろう。
俺は袋を下ろす。
中には。
大量の肉。
鳥肉。
獣肉。
市場でかき集めた安い端肉だ。
その全てに《痺れ草》を混ぜ込んである。
『結構量ありますね……』
「リーダー一匹だけじゃ意味ないからな」
リーダーが喰う。
その後。
周りへ分ける。
そこまで含めて観測済み。
「頼むぞ……」
俺は肉塊を運搬ルートへ転がした。
どさり。
かなり大きい。
臭いも強い。
『わぁ、なんかすごい罠っぽい』
「ちょっとやりすぎたか?」
そして。
待つ。
時間がやけに長い。
『来ました』
運搬班。
三匹。
周囲確認。
臭い確認。
警戒。
だが。
肉の量が多い。
ゴブリンたちがざわつく。
一匹が肉を持ち上げる。
もう一匹も抱える。
『……全部持っていきますね』
「想定通りだ」
『嘘つき』
「結果的に良ければいいんだよ」
俺たちは距離を取って追跡した。
---
巣。
腐臭。
焚火。
そして。
ゴブリンリーダー。
片目の怪物。
運搬班が肉を差し出す。
リーダーが最初に喰う。
牙で肉を裂く。
血が滴る。
『……食べました』
「ああ」
次の瞬間。
リーダーが残り肉を投げた。
ギャギャッ!!
周りに侍っていたゴブリンどもが群がる。
奪い合う。
喰う。
飲み込む。
『うわぁ……』
完全に群れだ。
階級。
支配。
社会。
気持ち悪いくらい成立している。
だが、それでいい。
食え、もっと食え。
---
最初は変化がなかった。
普通に歩く。
普通に喋る。
普通に武器を持つ。
『……効いてなくないです?』
「遅効性だ」
《痺れ草》は即効毒じゃない。
だからこそ。
自然に食わせられる。
数分後。
一匹のゴブリンが、槍を落とした。
ギャ……?
ふらつく。
倒れる。
次。
また一匹。
泡を吹く。
棍棒を取り落とす。
ざわめき。
混乱。
『き、来ました……!』
「よし……!」
普通のゴブリンには効く。
動きが止まる。
立てない。
連携も崩れる。
そして。
リーダー。
「……っ」
立っている。
効いてはいる。
呼吸が荒い。
肩も重い。
でも。
倒れない。
『あれ耐えてません!?』
「身体能力で無理やり動いてる……!」
化け物かよ。
その瞬間。
リーダーが吠えた。
ギャアアアアアアアッ!!
森が震える。
巣全体が動き出す。
毒で混乱していたゴブリンたちが武器を掴む。
『気づかれましたぁぁ!?』
「予定より早い!!」
でも。
十分だ。
雑魚は削れた。
連携も崩れてる。
今なら。
「正面班!!行けぇ!!」
若手冒険者たちが飛び出す。
「うおおおおお!!」
開戦。
矢。
火。
剣。
痺れて動けないゴブリンから削る。
「今だ!!」
「囲まれるな!!」
「槍持ち右!!」
知識が共有されている。
だから崩れない。
若手たちが。
初めて。
“攻略する側”へ回っていた。
---
だが。
問題は。
リーダーだった。
「……っ」
近くで見ると異常だった。
普通のゴブリンより頭一つ以上大きい。
筋肉。
傷。
鉄片鎧。
片目。
そして。
殺気。
毒で苦しんでいる。
なのに。
動いている。
しかも。
邪魔になった下級ゴブリンを蹴り飛ばしながら前進していた。
痺れて倒れている仲間すら踏み潰す。
完全に怪物。
『うわっ、仲間踏んでますよ!?』
「知能あるくせに理性がねぇ……!」
リーダーが若手へ突っ込む。
速い。
毒で弱ってるのに。
速い。
斧。
振り下ろし。
ガァンッ!!
盾ごと冒険者が吹き飛んだ。
「ぐあああっ!?」
「前衛下がれ!!」
まずい。
普通に押し潰される。
「……ちっ」
トマたちはまだ裏へ回れていない。
時間が必要だ。
なら。
「やるしかねぇか……!」
俺は木の棒を握る。
『トールさん!?』
「時間稼ぎだ!!」
飛び出す。
リーダーの前へ。
片目がこちらを見る。
「……来いよ」
喉が乾く。
足が震える。
怖い。
でも。
逃げない。
レオの時とは違う。
今は。
攻略法がある。
リーダーが吠える。
突進。
速い。
「っ!!」
横回避。
だが。
見えない。
速すぎる。
斧が木を粉砕する。
破片。
衝撃。
「ぐっ!?」
風圧だけで吹き飛ばされる。
『トールさん!!』
「まだ……!」
立ち上がる。
見る。
肩。
腰。
重心。
観察。
でも。
追いつかない。
速い。
強い。
普通のゴブリンとは別格。
「くそっ……!」
斧。
横薙ぎ。
避け切れない。
ガッ!!
「がぁっ!?」
脇腹へ直撃。
吹き飛ぶ。
肺の空気が全部抜けた。
土へ転がる。
痛い。
息ができない。
視界が滲む。
『トールさん!!逃げて!!』
「まだ……だ……!」
立て。
立て。
トマたちが来るまで。
でも。
見えない。
読めない。
このままじゃ。
死ぬ。
---
その頃。
ギルド医務室。
ミーシャは窓の外を見ていた。
落ち着かない。
胸が苦しい。
嫌な予感しかしない。
「……」
レオの顔が浮かぶ。
笑顔。
背中。
“任せろ!”
って言っていた声。
もう。
帰ってこない。
そして今。
トマも。
リズも。
トールまで。
死ぬかもしれない。
「……嫌」
ぽつりと漏れる。
「もう、嫌……」
誰も死んでほしくない。
もう。
失いたくない。
ミーシャは震える手を握った。
そして。
小さく祈る。
「……お願いします」
誰へ向けた祈りなのか。
自分でも分からなかった。
ただ。
今は。
縋りたかった。
「ルミア様……」
---
『……あ』
戦場。
ルミアの声。
いつもより静かだった。
『トールさん』
「……なんだ」
リーダーの斧を避けながら答える。
『祈り、届いてます』
その瞬間。
世界が。
少しだけ変わった。
ゴブリンリーダーの肩。
右脚。
呼吸。
筋肉。
重心。
全部。
“見える”。
『ミーシャさんです』
ルミアが言う。
『“生きて帰してください”って』
リーダーが踏み込む。
でも。
今度は。
分かった。
「……右」
横回避。
斧が空を切る。
避けた。
完全に。
『見えてます!?』
「……分かる」
視界が澄んでいる。
読める。
観測できる。
『信仰、届いてます。加護の出力が上がってます!』
ルミアの声。
「……上等だ」
トールは血の滲む口元を拭う。
そして。
ゴブリンリーダーを睨み返した。
「第二ラウンドだ、化け物」
面白かったら評価・ブクマお願いします。
ルミア『ご入信もお待ちしております』




