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底辺配信者、女神を撮る

大学を辞めてから、もう二年が経っていた。


薄暗い六畳間。


机の上には飲みかけのエナジードリンクと、コンビニ弁当の空き容器。


モニターだけが妙に高性能で、その光が部屋の中を青白く照らしている。


俺――水川透は、ヘッドホンを首にかけながら、古い動画をぼんやりと見つめていた。


『【世界初】ボス第二形態スキップ成功』


サムネには、バグった巨大ボスと、赤文字でデカデカと書かれた“世界初”。


再生数は三百二十七万回。


コメント欄は今でも流れ続けている。


『こいつ天才だろ』


『よくこんなん見つけたな』


『攻略界隈の革命』


『この人の検証動画マジで好き』


動画の中の俺は、今より少し若い顔で、興奮気味に解説していた。


『ここでボスの左腕を誘導して――』


『あ、今のフレーム見ました!?』


『この瞬間だけ当たり判定が消えてるんですよ!』


画面越しでも分かる。


あの時の俺は、本当に楽しかった。


誰も信じちゃくれなかったけど、本当に価値のあるフレームが光って見えたんだ。


誰も知らないものを見つけた瞬間。


世界で最初に“攻略”した瞬間。


コメント欄が爆速で流れ、登録者数が増えていく高揚感。


SNSのトレンド入り。


攻略サイトへの転載。


切り抜き。


まとめ記事。


スマホの通知が止まらなかった。


――あれを、忘れられない。


「……はぁ」


動画を閉じる。


代わりに開いたのは、昨日投稿した最新動画だった。


『【検証】伝説の隠しイベント、本当に存在するのか?』


再生数。


百二十八。


「終わってんな……」


思わず漏れた声に、自分で少し笑ってしまう。


攻略動画なんて、もう飽和していた。


新作ゲームが出れば、企業系配信者が即攻略。


最速クリアRTA。


Wiki。


切り抜き。


AI生成まとめ。


個人が入り込む余地なんて、どんどん無くなっている。


もちろん、俺だって何もしていなかったわけじゃない。


検証系。


没データ掘り。


都市伝説考察。


ゲーム内の未解明要素。


“誰も見つけていないもの”を探し続けた。


だが、伸びない。


『編集だけは丁寧』


『もっとテンポ良くして』


『結局釣りサムネじゃん』


『昔は好きだった』


コメント欄を閉じる。


最後の一言が、妙に刺さった。


昔は好きだった。


「……知るかよ」


椅子に体を預け、天井を見上げる。


リビングから、母親と妹の会話が聞こえてきた。


「さすがねぇ、ほんと」


「いや別に普通だって」


「それ比べて…」


「ちょっとお母さんやめなって…」


妹の声。


自慢の娘。


有名大学。


大手内定済み。


両親の期待を一身に受ける優等生。


対して俺は、大学中退の実家暮らし配信者だ。


いや、“配信者”なんて言えば聞こえはいい。


実態はほぼフリーターだった。


収益化はしている。


生活費くらいは出している。


だが、それだけだ。


家族から見れば、いつまでも夢を見てる厄介者でしかない。


スマホを手に取り、動画サイトを開く。


今トレンドになっているのは、


- 炎上配信

- 過激企画

- 心霊

- 都市伝説

- UMA


そんなものばかりだった。


「……結局、“本物”なんだよな」


作られたゲームじゃない。


誰かが用意した隠し要素じゃない。


本当に誰も見たことがないもの。


未知。


未確認。


本物。


俺は検索欄に、ある言葉を打ち込んだ。


『黒神湖 UMA目撃情報』


数日前から話題になっている、山奥の湖。


夜になると巨大な影が現れるらしい。


SNSには胡散臭い動画が大量に上がっていた。


「どうせガセだろうけど……」


だが。


もし。


万が一。


本当に何か撮れたなら。


俺は再び、あの場所に立てるかもしれない。


世界で最初に、“未知”を観測した人間になれるかもしれない。


「……よし」


俺は立ち上がり、カメラケースを掴んだ。


あの高揚感を、もう一度。


---


黒神湖は、山を二つ越えた先にあった。


車を持っていない俺は、終電間際のローカル線に揺られ、さらにバスを乗り継ぎ、最後は徒歩で山道を登る羽目になっていた。


「っはぁ……!」


吐く息が白い。


時刻は深夜一時過ぎ。


街灯もなく、スマホのライトだけが頼りだ。


だが、不思議と気分は高揚していた。


こういうのだ。


こういう、“誰もいない場所”へ向かってる感じ。


未知へ近づいている感覚。


これがたまらない。


「今回の企画はぁ……黒神湖UMA検証配信ぃ……」


肩に担いだカメラを軽く叩きながら、独り言のように呟く。


もちろん配信なんてしていない。


電波圏外だ。


後で編集して投稿する形になる。


それでも、癖で喋ってしまう。


「まぁ、どうせまた『雰囲気だけ』とか言われるんだろうけどな……」


過去動画を思い出す。


『【検証】深夜の廃トンネルで怪音!?』


『【都市伝説】消える廃村に行ってみた』


『【UMA】山中で巨大な足跡発見!?』


再生数はどれも微妙。


コメント欄も辛辣だ。


『結局何も映ってない』


『釣りサムネ』


『またこいつか』


分かっている。


俺だって、“本物”なんて簡単に撮れないことくらい。


でも。


だからこそ。


「……撮れたらデカいんだよなぁ」


---


山道を抜けた先で、視界が開けた。


黒神湖。


月明かりを受けた湖面は、まるで巨大な鏡のようだった。


風もない。


静かすぎる。


「うお……」


思わず声が漏れる。


これは、ちょっと雰囲気ありすぎる。


俺は湖畔の木陰へ身を潜め、三脚を設置する。


高倍率カメラ。


暗視補助。


予備バッテリー。


簡易マイク。


今の俺が持てる機材は全部持ってきた。


「よし……」


カメラを構え、湖面を覗く。


何もいない。


当然だ。


だが、こういうのは待つしかない。


野生動物も、怪異も、UMAも。


“観測”ってのは、根気だ。


「……」


静寂。


遠くで鳥の羽音がした。


水面がわずかに揺れる。


俺は無意識に呼吸を浅くする。


視界。


音。


風。


全部に神経を集中する。


――その時だった。


湖面の中央。


ぼこり、と。何かが浮かび上がった。


「……は?」


一瞬、理解が追いつかなかった。


月明かりの中。


水面から現れたのは、長い銀髪だった。


続いて、白い肌。


そして。


人間離れした、美しさ。


「え……」


女、だった。


湖の中央で、水浴びをしている。


いや。


そんなはずがない。


ここ山奥だぞ?


深夜だぞ?


意味が分からない。


だが。


視線が外せない。


月光を受けたその姿は、あまりにも幻想的だった。


水面を滑る指先。


濡れた髪。


透き通るような白い肌。


神々しい太もも。


現実感がない。


「……っ」


その瞬間。


配信者としての本能が、思考より先に動いた。


カメラを構える。


ズーム。


ピント調整。


露出補正。


手が勝手に動く。


「やば……」


撮れ高だ。


脳が痺れる。


今まで見てきたどんな映像より、本能的に理解した。


これは“本物”だ。


世界がひっくり返る。


絶対にバズる。


再生数とか、そんなレベルじゃない。


人生変わる。


そう確信した。


RECランプが赤く点滅する。


震える指でズームを調整する。


水面の向こう。


月光の中で微笑む、幻想的な女。


その姿は無垢な少女のようにも、妖艶な淑女のようにも見える。


「……やばい、本物だ……」


息を呑みながら、俺は一歩後ろへ下がる。


バキッ。


「……あ」


ぴたり。


女が動きを止める。


ゆっくりと。


ゆっくりと。


こちらを振り向いた。


その瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。


新雪のようなその肌が、みるみるうちに朱に染まる。


「……え」


次の瞬間。


世界が、光った。


---


一瞬のことだったか、永遠のことだったかわからないが、意識が飛んでいたみたいだ。


目を開けると、一面真っ白な部屋。


神々しい女の声が聞こえる。


「目覚めましたか、変態えっちスケベ盗撮魔よ」


どうやら、大変なことになったみたいだ。


なにがなんやら全くわからないけれど、それだけは確かに理解できた。

読んでいただきありがとうございます。

この作品は「異世界で攻略動画を作る話」です。

書き溜め分までしばらくは投げ続けるので、


面白そうだと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

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