ゴブリン攻略検証 最終日
宿の一室。
薄暗いランプの灯りの中。
俺は机へ向かっていた。
「……よし」
魔導カメラの映像を再生する。
巡回班。
運搬班。
ゴブリンリーダー。
巣の構造。
裏口。
全部。
空中へ半透明の映像として浮かび上がる。
『おおー……』
ルミアが感心した声を漏らす。
『なんか本当に攻略動画っぽくなってきましたね』
「まあやってること、ほぼ高難易度ダンジョン攻略だからな……」
頭が痛い。
目も痛い。
でも。
止まれなかった。
映像を止める。
巻き戻す。
拡大。
確認。
また再生。
「……ここだ」
『?』
「この時、巡回班が一瞬止まってる」
ゴブリンが木を見ている。
いや。
違う。
音。
森の奥の音へ反応している。
「連携してるんだよ」
『ゴブリン同士で?』
「ああ」
鳴き声。
音。
視線。
位置。
全部使ってる。
「思ってたよりずっと統率されてる」
だから新人が死ぬ。
囲まれる。
逃げられない。
偶然じゃない。
“狩り”として成立してる。
『……』
ルミアが少し黙る。
いつもの軽口がない。
「でも」
映像を止める。
ゴブリンが槍を振る瞬間。
「まだ足りない」
『何がです?』
「実戦データ」
『……え?』
嫌な沈黙。
「観察だけじゃ駄目だ」
間合い。
反応。
癖。
攻撃前動作。
そういうのは。
実際に戦わないと分からない。
『いやいやいやいや』
ルミアが慌て始める。
『トールさん戦闘職じゃないですよね!?』
「知ってる」
『知ってるならなんでそんな死亡フラグみたいなこと言うんです!?』
「でも必要なんだよ」
巡回。
毒。
侵入口。
そこまでは揃った。
でも。
最後に必要なのは。
「“どう戦うか”だ」
ゲームでもそうだ。
敵のモーション知らずに高難易度は攻略できない。
「だから明日、実際に戦う」
『嫌ですぅ!!』
「泣くな」
『だって絶対痛いやつじゃないですかぁ!!』
「まあ痛いだろうな」
『軽っ!?』
ルミアがぎゃあぎゃあ騒いでいる。
でも。
もう決めていた。
レオは死んだ。
次はトマたちだ。
なら。
ここで止まるわけにはいかない。
---
翌朝。
森。
「……っ」
空気が重い。
三日目ともなると。
森そのものが敵に見えてくる。
『本当にやるんですか……?』
「やる」
今日は。
観察じゃない。
検証だ。
俺は木の棒を握り直す。
粗末な革防具。
短剣。
そして。
魔導カメラ。
完全に初心者装備だった。
『せめてベテラン呼びましょうよぉ……』
「今ギルド動かしたら、準備不足で死人出る」
『うぅ……』
だから。
俺がやる。
先に。
“攻略”を完成させる。
「安心しろ、避けることに専念すれば、敏捷C+だし死にはしないと思う。多分」
『多分…うぅ』
---
ギャッ。
森の奥。
ゴブリン一匹。
巡回個体。
俺は木陰から様子を見る。
粗末な槍。
汚れた皮鎧。
動き。
視線。
歩幅。
全部記録する。
《撮影》。
発動。
「……よし」
深呼吸。
そして。
わざと枝を踏んだ。
パキッ。
ゴブリンが振り向く。
目が合う。
『うわぁぁぁぁ!?』
「来いッ!!」
ゴブリンが叫びながら突っ込んでくる。
速い。
思ったよりずっと。
「っ!」
横へ回避。
槍。
振り下ろし。
避ける。
土が爆ぜる。
『トールさん右!右ぃ!!』
「てきとーなこと言うな!」
二撃目。
早い。
槍を戻す動きが短い。
しかも。
「フェイント混ぜてきやがる……!」
『えっ!?』
最初の振り下ろし。
途中で止めて横薙ぎへ変えてきた。
避け切れない。
ガッ!!
「ぐっ!?」
脇腹へ直撃。
吹っ飛ぶ。
息が詰まる。
痛い。
めちゃくちゃ痛い。
『トールさん!?』
「大丈夫……!」
嘘だ。
全然大丈夫じゃない。
でも。
見えた。
「右利き……」
『え?』
「踏み込みが右足からだ……!」
だから。
横薙ぎ前に重心が動く。
予兆がある。
ゴブリンが再び突っ込む。
今度は。
見える。
踏み込み。
肩。
腰。
全部。
「そこっ!!」
回避。
ぎりぎり。
槍先が頬を裂く。
熱い。
血。
でも。
避けられた。
『避けた!?』
「パターンだ……!」
完全ランダムじゃない。
癖がある。
連携も。
攻撃も。
恐怖も。
全部。
観察できる。
その時。
森の奥から返事の鳴き声。
ギャアッ!!
『まずい!増援!?』
「ちっ……!」
やっぱり来る。
単独じゃない。
“呼ぶ”。
だから新人が死ぬ。
「十分だ!!」
俺は土を蹴る。
逃走。
《隠密》。
発動。
木々の間へ飛び込む。
背後。
怒声。
追跡。
枝。
息。
肺が痛い。
でも。
見えている。
巡回ルート。
索敵方向。
死角。
全部。
「右の谷側は薄い……!」
昨日の観察が繋がる。
追跡が減る。
離れる。
そして。
完全に撒いた。
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一匹目の槍ゴブリンから逃げ切ったあと、俺は森の浅い場所で膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
脇腹が痛い。
頬から血が垂れている。
『もう帰りましょう!?十分撮れましたって!』
「……まだだ」
『まだ!?』
「槍持ち一体の動きしか撮れてない」
ゴブリンにも個体差がある。
武器が違えば、間合いも違う。
動きも変わる。
それを知らないまま作戦を立てれば、誰かが死ぬ。
「もう一体だけ撮る」
『正気ですか!?』
「正気でゴブリンの巣なんか攻略できるかよ」
俺は立ち上がった。
足が震えている。
怖い。
帰りたい。
でも。
レオは帰ってこなかった。
だから、まだ帰れない。
「次で最後だ」
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しばらく進むと、別のゴブリンを見つけた。
今度は棍棒持ち。
槍より間合いは短い。
だが、腕が太い。
一撃食らえば骨が折れそうだ。
「……こいつで最後だ」
俺はカメラを構える。
枝を踏む。
パキッ。
ゴブリンが振り向いた。
「来い……!」
棍棒ゴブリンが吠えながら突っ込んでくる。
速い。
槍持ちより雑。
だが、勢いがある。
「っ!」
横へ飛ぶ。
棍棒が地面を叩き、土が跳ねた。
重い。
避けたのに、風圧だけで身体が固まる。
『トールさん、近い近い近い!!』
「分かってる!」
棍棒持ちは、槍持ちと違ってフェイントが少ない。
代わりに、踏み込みが深い。
一撃後の隙は大きい。
だが、距離を詰められると逃げ場が消える。
「こいつは……押し込み役か!」
囲んだ相手を追い詰める役。
逃げ道を潰す役。
槍持ちが牽制。
棍棒持ちが押し込む。
そして別の個体が横から刺す。
「そういうことかよ……!」
見えた。
レオたちがどう追い詰められたのか。
ゴブリンはただ襲っていたんじゃない。
役割ごとに殺し方が違う。
その瞬間。
棍棒が肩をかすめた。
「ぐあっ!?」
痛みで視界が白くなる。
まずい。
近すぎる。
『逃げてください!!』
「ああ、十分だ!!」
俺は砂を蹴り上げた。
ゴブリンが一瞬怯む。
その隙に木々の間へ飛び込む。
《隠密》。
気配を殺す。
呼吸を浅く。
足音を消す。
背後でゴブリンが怒鳴る。
さらに奥から、別の鳴き声が返ってきた。
増援。
やっぱり呼ぶ。
「……撮れた」
俺は走りながら、震える手でカメラを握りしめる。
槍持ち。
棍棒持ち。
増援の合図。
追い込み役。
牽制役。
逃走方向への反応。
全部、撮れた。
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森の外へ転がるように出た時、俺はその場に膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ、死ぬ……」
『本当に死ぬところでしたからね!?』
「でも……」
俺はカメラを見た。
赤い録画ランプが、まだ灯っている。
「これで、戦える」
怖い。
痛い。
足は震えている。
でも。
情報は揃った。
ゴブリンは怖い。
強い。
けれど。
「攻略できない敵じゃない」
俺は血の滲む肩を押さえながら、笑った。
「待ってろよ」
レオの仇。
トマたちの絶望。
全部まとめて。
「攻略してやる」
明日からは毎日19時台に1日1話掲載という形にします。
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ルミア『ご入信もお待ちしております』




