前兆
「……少ない」
森へ入って最初にそう呟いたのは、リズだった。
「え?」
僕は杖を抱えながら振り返る。
リズはしゃがみ込み、地面を見ていた。
細い指で土をなぞっている。
「足跡」
「あー、ゴブリン?」
レオが軽い調子で聞く。
リズは頷いた。
「最近より少ない」
僕には正直よく分からなかった。
でもリズは昔から森に強い。
痕跡を見るのも上手い。
「いいことじゃね?」
レオは気楽に笑った。
「最近この辺かなり狩られてるし!」
「……かも」
リズは少し考える顔をした後、それ以上は何も言わなかった。
その時の僕たちは。
その違和感を、深く考えなかった。
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最近、僕たちは調子が良かった。
ゴブリン討伐。
街道警備。
簡単な護衛。
若手の中ではかなり成果を出している方だ。
レオなんて、完全に自信がついてきていた。
「俺たちもうDランクの中でも上の方じゃね?」
「調子乗ると死ぬよ」
リズが即座に刺す。
「分かってるって!」
……本当に?
少しだけそう思う。
でも。
最近、本当に上手くいっていた。
僕の魔法も前より当たる。
レオの剣も速くなった。
リズの矢はほとんど外れない。
ミーシャの治癒も安定してる。
だから。
なんとなく。
今日も同じ日になる気がしていた。
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「最近トールさん見ないね」
休憩中、ミーシャが水筒を傾けながら言った。
「あー、最近採取の方忙しいんじゃね?」
レオが答える。
「あの人、薬草見つけるの異常に上手いしな」
「トールさんの観察力すごいよねぇ……」
僕も頷く。
正直、かなり助かっていた。
薬草の見分け。
危険地帯。
森の情報。
トールさんが共有してくれる知識はかなり役立つ。
戦えないのに。
森で生き残る能力だけは妙に高い。
「まあでも」
レオがニヤッと笑う。
「戦闘は俺たちの方が上だけどな!」
「それはそう」
リズが即答した。
ちょっとだけ空気が和む。
---
その日遭遇したゴブリンは、一匹だけだった。
しかも。
弱かった。
「うおおおっ!!」
レオが突っ込む。
ゴブリンがナイフを振る。
でも遅い。
僕の火弾が肩へ当たり。
リズの矢が脚へ刺さる。
最後に。
レオの剣。
血飛沫。
終わり。
「よっしゃ!」
レオが剣を振る。
「最近マジで余裕あるな!」
「……簡単すぎる」
リズが周囲を見回していた。
「ん?」
「ゴブリン少ない」
「だから狩られてんだろ?」
「違う気がする」
その時。
風が吹いた。
妙に冷たい風だった。
森が静かだった。
鳥の声も少ない。
葉擦れも弱い。
でも。
僕たちはその違和感を、深く考えなかった。
「ま、今日は当たり日だったな!」
レオが笑う。
僕も、少し笑ってしまった。
だって。
最近、本当に順調だったから。
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ベルクハイムへ戻った後。
宿の食堂で。
「――でさ! 一匹しか出なかったんだよ!」
レオが楽しそうに話していた。
「最近ゴブリン減ってる気がする!」
「あー、それ俺も思った」
別の若手冒険者が頷く。
「最近森入りやすいよな」
「新人でも奥行けそう」
そんな会話が飛び交う。
みんな少し浮ついていた。
成功体験。
慣れ。
油断。
多分。
そういう空気だったんだと思う。
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「……ねえレオ」
ミーシャが少し真面目な顔で口を開く。
「ん?」
「森、最近ちょっと変じゃない?」
レオは少しだけ考えて。
「まあ、でも」
笑った。
「俺たち強くなったってことじゃね?」
その言葉に。
僕は、少し安心してしまった。
ああ。
そうかもしれないって。
最近上手くいってるのは。
僕たちがちゃんと冒険者になれてるからなんだって。
そう思いたかった。
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その夜。
宿へ戻る途中。
僕はふと森の方を見た。
夜の森。
真っ暗だった。
なのに。
妙に視線を感じた気がした。
「……?」
立ち止まる。
でも。
何もいない。
当然だ。
僕は少し疲れてるだけ。
そう思って。
そのまま宿へ戻った。
宿へ戻った後、僕たちはそのまま眠った。
明日もきっと同じように森へ行って。
同じようにゴブリンを倒して。
少しずつ強くなる。
その時は、本気でそう思っていた。
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一方その頃。
ベルクハイムの外周。
街壁沿いの夜道を、トールは走っていた。
「……っ、はぁ……っ!」
かなりきつそうだった。
というか、普通に遅い。
フォームも素人っぽい。
でも。
止まらない。
一定のペースで走り続けている。
『えらいですねぇ』
頭の中で、いつもの女神の声が響く。
『トールさん、意外と真面目じゃないですか』
「うるさい……っ」
息を切らしながら、トールさんが答える。
「生き残るためだよ……」
異世界へ来て一か月。
少し生活は安定した。
薬草採取も軌道に乗った。
でも。
戦えないことだけは変わっていない。
『今更筋トレでどうにかなるステータスじゃない気もしますけど』
「それ言う?」
ルミアがくすくす笑う。
『でも最近、かなり身体動くようになってますよ?』
「まあ、森歩き続けてるからな」
敏捷C+。
元々そこだけは少し高かった。
最近は薬草採取で山道を歩き回っているせいか、多少体力もついてきている。
それでも。
まだ弱い。
ゴブリンと正面からやり合ったら普通に死ぬ。
それは変わらない。
「……でもさ」
トールさんが夜空を見上げる。
「レオたち、最近楽しそうなんだよ」
『ふむ?』
「冒険者としてちゃんと前に進んでる感じがする」
走りながら、小さく笑う。
「なんかさ。ああいうの見ると、ちょっと羨ましいんだよな」
『ほほー』
「俺も、いつか一緒にまともに冒険してみたい」
その言葉は。
少しだけ子供っぽかった。
でも。
多分、本音だった。
薬草採取。
生活。
それも大事だ。
だけど。
せっかく異世界へ来たのなら。
仲間と。
森へ潜って。
強敵と戦って。
攻略して。
そういう“冒険”をしてみたい。
そんな気持ちが、少しずつ芽生え始めていた。
『青春ですねぇ』
「茶化すなよ」
『でもいいことです!』
ルミアが楽しそうに笑う。
『使徒が前向きなのは大変よろしいです!』
「まあ、まずは死なない程度にだけどな」
『そこ重要です』
トールさんは苦笑しながら、再び走り始めた。
夜風が吹く。
遠くで、森が揺れていた。
まるで。
何かを待つみたいに。
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ルミア『ご入信もお待ちしております』




