若葉の風
レオは昔から、勇者役だった。
「うおおおおっ!! 魔王めぇぇぇ!!」
木の棒を振り回しながら、村の広場を全力で駆け回る。
それを見て、幼い僕――トマは、後ろから魔法役として枝を構える。
「ファイアボールっ!」
「うぎゃあああ!!」
吹き飛ぶふりをするリズ。
そして。
「みんなー! 怪我してないー!?」
白い花冠をつけたミーシャが、慌てて駆け寄ってくる。
いつもの光景だった。
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僕たちが育った村は、小さな農村だった。
ベルクハイムからさらに半日ほど離れた、本当に何もない村。
畑。
風車。
森。
それだけ。
子供の頃は、それでも世界の全部だった。
でも、大きくなるにつれて分かってしまう。
ここには未来がない。
レオの家は農家の次男。
僕も同じ。
リズは猟師の三女。
ミーシャは神殿付き薬師の娘だったけど、兄がいた。
結局。
誰も“継ぐ側”じゃなかった。
だから。
「冒険者になる!」
レオがそう言った時。
みんな、少しだけ救われた顔をしていたんだと思う。
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「絶対さ、俺たちなら勇者パーティーみたいになれるって!」
夕暮れの丘。
まだ子供だった僕たちは、寝転がりながら空を見ていた。
「レオは勇者役好きだもんね」
ミーシャが笑う。
その笑顔を見て、レオが少し照れたように頭を掻く。
「べ、別に役じゃねぇし!」
「はいはい」
「ミーシャひどっ!」
二人が笑い合う。
その空気が。
昔から、少しだけ特別だった。
僕は知っていた。
レオがミーシャを好きなこと。
ミーシャも、多分レオを特別に思ってること。
見てれば分かる。
ずっと一緒だったから。
だから僕は。
自分の気持ちに気づかないふりをした。
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「トマ、また見てる」
突然、隣から声がした。
「ひゃっ!?」
振り向く。
リズだった。
いつの間にか隣へ座っている。
「……な、何を?」
「ミーシャ」
図星だった。
リズは昔から妙に鋭い。
「べ、別に……」
「ふーん」
興味なさそうに空を見る。
でも。
少しだけ機嫌悪そうに見えた。
……まあ、昔の僕は気づかなかったんだけど。
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冒険者になるって決めた日。
村の大人たちは、半分呆れた顔をしていた。
「まあ、次男坊だしなぁ」
「食い扶持減るなら助かる」
「死ぬなよー」
そんな感じだった。
反対は、されなかった。
期待も、されてなかった。
だから逆に。
僕たちは本気になれた。
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ベルクハイムへ着いた日のことを、今でも覚えている。
人。
屋台。
冒険者。
ギルド。
全部がキラキラして見えた。
「すっげぇぇぇ!!」
レオなんて完全に子供みたいにはしゃいでいた。
「ほら見ろ! 冒険者だぞ! 本物だ!」
「うるさいよレオ……」
「でも、ちょっと分かるかも」
ミーシャも笑っていた。
リズだけは、
「……人多い」
って顔してたけど。
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最初は、本当に雑用ばかりだった。
荷運び。
掃除。
薬草採取。
時々、街道の見回り。
でも。
それでも。
毎日が楽しかった。
「今日の報酬で肉食おうぜ!」
「また全部使うの……?」
「いいじゃんか!」
「計画性……」
そんな風に笑いながら。
僕たちは少しずつ冒険者になっていった。
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初めての討伐依頼は、街道近くの見回りだった。
「新人向けだから安心!」
受付嬢はそう言っていた。
今思えば、あれは“比較的マシ”って意味だったんだろう。
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森へ入って三十分ほど。
僕たちは完全に無言になっていた。
緊張で、誰も喋れない。
草が揺れるだけで心臓が跳ねる。
木の軋む音にびくつく。
「……静かだな」
レオが小声で言う。
「そうだね……」
ミーシャも声が硬い。
リズだけは周囲を警戒し続けていた。
弓へ矢をつがえたまま、一言も喋らない。
そして。
最初に見つけたのは、向こうだった。
「――ッ!!」
茂みが揺れる。
緑色の影。
小柄な身体。
濁った黄色い目。
ゴブリン。
本物だった。
ゲームでも物語でもない。
生きている化け物。
「ギ、ギギッ!!」
叫び声。
その瞬間。
僕の頭が真っ白になった。
怖い。
怖い怖い怖い。
足が動かない。
詠唱が飛ぶ。
息ができない。
「トマ!!」
レオの声で我に返る。
ゴブリンが、もう目の前まで走ってきていた。
錆びたナイフ。
汚い牙。
臭い。
獣みたいな臭い。
「ひっ……!」
反射的に杖を向ける。
「ファ、ファイア……!」
噛む。
魔力が散る。
失敗。
ゴブリンが笑った。
その瞬間。
ヒュッ!!
矢が飛ぶ。
リズの矢だった。
ゴブリンの肩へ突き刺さる。
「ギャッ!?」
体勢が崩れる。
「うおおおおっ!!」
そこへレオが飛び込んだ。
木剣じゃない。
鉄の剣。
振り下ろす。
鈍い音。
肉を叩く感触。
ゴブリンが悲鳴を上げる。
でも。
死なない。
「っ……!?」
レオの顔が引きつる。
人を斬る感触なんて、誰も知らない。
ゴブリンが暴れる。
ナイフを振り回す。
「レオ危ない!!」
ミーシャの叫び。
次の瞬間。
僕は半分泣きながら叫んでいた。
「ファイアボルト!!」
今度は出た。
小さな火弾。
ゴブリンの顔面へ直撃する。
「ギィッ!?」
怯む。
そこへ。
リズの二射目。
レオの斬撃。
そして。
最後にミーシャの震える声。
「か、神よ……!」
淡い光。
レオの腕の切り傷が塞がる。
その瞬間。
レオが、半分叫ぶみたいに剣を振り抜いた。
ゴブリンが倒れる。
静寂。
誰も動かなかった。
ただ。
ゴブリンの血の臭いだけが残っていた。
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「……勝った?」
レオが呟く。
誰も答えられない。
僕は、自分の手が震えていることに気づいた。
止まらない。
リズも顔が青い。
ミーシャなんて、泣いていた。
でも。
その時。
レオが、震えながら笑った。
「……俺たち、冒険者っぽくね?」
その一言で。
みんな少しだけ笑ってしまった。
怖かった。
本当に怖かった。
でも。
あの瞬間だけは。
確かに夢へ近づいた気がしたんだ。
そして。
初めてゴブリンを倒した日。
あの日、レオは震えていた。
「……俺、人型の生き物斬っちゃった」
夜の宿。
小さくそう呟いた。
普段のレオなら絶対言わない。
「でも、レオがやらなかったら危なかった」
ミーシャが静かに言う。
「うん……」
「怖かったよね」
「……うん」
レオはその時、初めて泣いた。
僕も。
リズも。
みんな怖かった。
でも。
翌日にはまた森へ向かった。
そうしないと、生きていけなかったから。
---
少しずつ。
少しずつ。
僕たちは強くなった。
ゴブリンにも慣れた。
連携もできるようになった。
レオの剣は速くなって。
ミーシャの治癒は上手くなって。
リズの矢は外れなくなって。
僕の魔法も、前よりちゃんと当たるようになった。
そして。
ギルドで言われた。
「若手ではかなり有望」
その言葉が、嬉しかった。
本当に。
嬉しかったんだ。
だからきっと。
少しだけ。
調子に乗っていた。
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ルミア『ご入信もお待ちしております』




