生活は安定、信仰は不安定
異世界へ来て、一か月ほどが経った。
「青葉草十五、隠れ苔草三、月雫花一……っと」
ギルド受付前。
俺は採取袋の中身を確認しながら、今日の成果を並べていく。
「最近ほんと安定してますねぇ」
受付嬢のエマさんが感心したように言った。
「《隠れ苔草》なんて、普通はベテランでも毎日は見つけられませんよ?」
「まあ、ちょっとコツ掴んだというか」
実際にはカメラのおかげだ。
一度記録した植物なら、《撮影》越しに輪郭が浮かぶ。
完全に反則。
ただ、それをそのまま説明しても意味不明なので、最近は“観察が得意”ってことにしていた。
「はい、今日の報酬です」
革袋が渡される。
ちゃり、と鳴る硬貨の音。
最初は感動していたそれも、最近はかなり聞き慣れてきた。
「ありがとうございます」
「あと、借金完済おめでとうございます」
「……おお」
思わず間抜けな声が漏れる。
そう。
ついに。
異世界初日から積み重なっていた、
- 宿代
- 着替え代
- 飯代
その他諸々の借金を返し終えたのだ。
「おめでとー!」
受付の奥からレオが手を振ってくる。
今日は討伐帰りらしく、革鎧が泥だらけだった。
「借金卒業だな!」
「長かった……」
「一か月で返せたなら早い方ですよ」
ミーシャが微笑む。
その横でリズが頷いた。
「普通もっとかかる」
「え、そんなに?」
「新人は討伐で怪我して赤字になること多いですぅ……」
トマが震えながら言った。
怖いこと言うな。
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「でもトール、最近ほんと採取効率いいよな!」
宿への帰り道。
レオが感心したように言う。
「前より明らかに見つける速度上がってる」
「まあな」
実際、かなり慣れてきていた。
どんな場所に薬草が生えやすいか。
どの時間帯が効率良いか。
湿度。
日当たり。
土。
そして《撮影》による記録。
全部積み重ねだ。
「あれだろ?観察眼ってやつ!」
レオがどや顔で言う。
「なんかすげぇよな!俺全然分かんねぇもん!」
「レオは見つける前に踏み潰すから」
リズが冷静に刺した。
「ひどっ!?」
「でも実際、トールさんの薬草知識かなり助かってますよ」
ミーシャが笑う。
「最近は私たちも採取ついでに高価薬草探せるようになりましたし」
「……おお」
なんかちょっと嬉しい。
攻略情報を共有してる感じだ。
元攻略動画勢としては、かなり気持ちいい。
「まあ俺たちも負けてないけどな」
レオが得意そうに言う。
「若手の中では討伐数トップなんだって?受付のお姉さんが言ってたぞ」
「そうなんだよ!ゴブリン討伐も慣れてきたし、そろそろゴブリンの巣行けるかも」
「僕はまだ怖いよ…」
「何言ってんだよ!トマ!お前の魔法が一番成長してるじゃねぇか!」
「でも…」
「まあまあ命あっての物種だから無理しないようにな」
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宿へ戻る途中。
パン屋のおばちゃんが手を振ってきた。
「あらトールちゃん!また森帰りかい!」
「どうもー」
「最近ちゃんと食べてる?前より顔色良くなったねぇ!」
「あー、まあ何とか」
最初の頃はかなり死にかけ顔だったらしい。
自覚はある。
「そういやこの前教えてもらった薬草、腰痛に効いたよ!」
「マジですか」
「ほんと助かったよー!」
元々はポーション材料。
でも軽い煎じ薬にも使えるらしく、最近は街の人からそういう相談をされることも増えていた。
……いや。
なんか普通に異世界生活に馴染んできてるな俺。
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『で?』
頭の中へ声が響く。
『布教の方は?』
「うっ」
宿へ戻る途中。
いつものようにルミアから念話が飛んできた。
『最近ちょっと生活安定して満足してません?』
「いやだってまず生きるの大事だろ」
『それはそうですけど!』
ぷんすかしてるのが伝わってくる。
『信者数、まだ1なんですよ!?』
「分かってるって……」
実際、布教は全然うまくいっていなかった。
街の人との関係は悪くない。
むしろかなり良い。
薬草の知識。
観察眼。
森の情報。
そういう部分で少しずつ信頼は得られている。
でも。
「“観測の女神ルミアを信仰しませんか?”って言うと、急にみんな微妙な顔するんだよなぁ……」
『かなしい』
頭の中でルミアがしおれていた。
『やっぱりマイナー神って時点で弱いんですよ……』
「まあ俺も知らん神の宗派入れって言われたら困るし」
『ぐぬぬ……』
「しかも他の神、普通に強いんだよな」
『何か布教方法テコ入れしないといけないかもですね…』
「そうだよな、観測神信仰してもご利益なさそうだしなあ……」
『ありますぅ!! お前が生活できてる時点でご利益ですぅ!!』
戦神。
豊穣神。
商業神。
信仰したらご利益がめっちゃありそうだ。
それに街を歩くだけでも、人気神の神殿はかなり目立つ。
人も多い。
寄付も多い。
なんというか。
完全に大手配信者だった。
『うぅ……企業勢め……』
「Vtuberみたいに言うな」
『個人勢はつらいんですよ!!』
妙な生々しさがある。
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その日の夜。
宿のベッドへ寝転がりながら、ぼんやり天井を見る。
異世界生活。
最初はどうなることかと思った。
だが。
飯は食えている。
借金も返した。
街にも馴染み始めた。
レオたちとも普通に笑い合える。
少しずつ。
少しずつだが。
ここで生きていける感覚は出てきている。
でも。
「……信仰、増えねぇなぁ」
そう呟いた瞬間。
頭の中でルミアが即反応した。
『増やしてくださいよぉ!!』
「うるせぇ寝るぞ!!」
『使徒のやる気が低い!?』
騒がしい女神の声を聞き流しながら、俺は目を閉じる。
異世界生活は、案外悪くない。
……今のところは。
でも、やっぱりここは異世界で、元の世界よりも命が安い場所だったんだ。
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ルミア『ご入信もお待ちしております』




