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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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第9話 [2020/8/25 05:30][五年前6]

[2020/8/25 05:30]


 布団を蹴り上げる。カーテンを透かして届いた朝日が宙を漂うタオルケットが目に映り、ああ、そうか、とっくにそんな季節だったなと思い出す。


 朝五時半、三十秒前。アラームが鳴り響く前にスイッチを切って目覚ましを黙らせる。


 寝巻きを蹴り飛ばすように脱ぎ散らかしてTシャツと短パンに。まだ寝ている家族を起こさないように階段を降りて、外に出て軽く柔軟を済ませると走り始めた。


 いつもの、そろそろそう言っても差し支えないだろう朝だった。


 随分と身体が軽くなった。誰も見てないのを見計らってTシャツを捲ると、随分と引っ込んだ腹があらわになる。


 良い調子だった。


 最近になってバイト代と小遣いを注ぎ込んでキックボクシングのジムに通い始めた。インドカレー屋の二階の、ミャンマー人がやってるタイキックという訳の分からないジムだが、結構熱心に教えてくれていた。


 家に戻ると家族はまだ寝ていたから、シャワーを浴びるのを後回しにして部屋に戻る。勉強机に置いたiPhoneをタップ、SMSが入っていた。日付と時間、そして短く『出動』のメッセージ。


 相変わらず不親切極まる業務連絡に、『出動』じゃないよとボヤくと、『了解』と短く返す。


 でも、心のどこかで、その連絡を待ち望んでいた。


※※※


 宝井の娘の結婚式から三ヶ月が経った。夏休みも、もう終わりに近づいている。あんな強烈な経験をしたのだから、あの二人なら躍起になってエイリアン探しに熱を入れそうなものだったが、意外な事に週一のパトロールにしか声はかからなかった。


 二人だけで何かしてるという風でもなかった。


「それで、また横浜ですか?」


 もはや、いつもの集合場所となりつつある国道沿いのコンビニで、見知ったワンボックスに乗り込むと、何故かまた宝井の姿があった。


 会話もなく進み始めた車内で何ともなしに発した言葉、聞いて初めて気づいた。


 妙に空気が重かった。暗い表情の宝井が言った。


「・・・その必要はねえよ。娘は、翔子は、今、うちに居るから」


 え、離婚?たった三ヶ月で、もう?私の視線に気づいた宝井は唇を横一文字に引き結ぶ。助手席のシグも、ハンドルを握るステアーもその言葉に追求はなく、何となく知らないのは私である事を悟る。


 頼む、と宝井は私に向けて頭を下げた。


「娘を、翔子を一緒に守ってくれ、陽介さんが殺されちまって、まだ狙われてる」

「・・・どういう事ですか?」

「どうもこうも」とステアーが振り返る。ウィンカーの音、交差点の赤信号の下を車両が左右に流れてゆく。


「こいつの宇宙船あったろ」

「ああ、前にえらい目にあったあの」

「あれを寄越せと詰め寄った輩がいたらしい」


 痛ましい顔をしながら宝井は言葉を次いだ。義体のその顔にあらわす表情とは、一体どこまで彼の内心を表しているのだろうと、どこか浮ついた気持ちでそれを眺めていた。


「当然、断った。俺達⟡⟡⟡⌬⌬⌬にとってあれは故郷でもあり、命そのものなんだ・・・でも、アイツら・・・」


 元は仲間だったらしい。


「地球人ですか?」

「・・・ああ、俺以外はな」


 個にして全、全にして個、セルメタルに魂を移し、完全並列によるクラスタリングでコントロールプレーンを持たない彼らは限りなく不死にして不滅に近い存在、


 今ではコンステル、そう名乗る彼らはその不死性を自ら”神”と位置付けた。


「俺は抜けたんだ。ヤバい思想ぶちまけ始めたから。でも、あいつら、また急にあらわれて残りを寄越せって」


 まあ、そこまでなら頭のおかしい誇大妄想ということで


 曰く、人類文明の発展へご支援願いたいとの事。


 さながら、神のような台詞だった。


 最初は値段交渉だと思って札束を積み上げていたそいつらも、頑として首を縦に振らない宝井に業を煮やして路線を変更したらしい。アタッシュケースから出された贈り物とやらはプラスティネーションまで施された人体標本、娘の夫になった男のそれだった。


 ステアーは「そんなもの」と言いかけて、シグに肩を叩かれる。信号が青になっていた。アクセルを踏みながら「そんなもの、さっさと渡してしまえば良かっただろ」と続けた。


「だから、俺達の命そのものだって・・・」

「俺らに言ってどうする。分かってるのか、次はお前の娘だぞ?」

「・・・分かってる、だから、取引には応じる・・・・・つもりだ」


 故郷にして命と言ったそれを手放すと決意した宝井の、その表情は果たして。疑いかけて視線を逸らせた。結婚式のあの日、あんなに感動していたではないか、その思い出も、あれを疑うなんて人としてどうかしている。


「だからと言って、俺達が命をかける理由にはならない」

「頼む、連中にはもう連絡したから、交渉がまとまるまで良いんだ!」

「危険な事には代わりないだろ」

「・・・ステアー」


 諌めるようにシグが言葉を挟んだ。何となく二人の間にギクシャクしている気配、もしかして意見が一致していないのか?


「隠れ家から出なければ手出しはされない筈、取引相手もそう言ってるんだよね?」

「あ、ああ、あくまで取引が終わるまでの避難場所って、あいつらが」


 宝井の娘に賞金がかかっているらしい。かけたのもコンステルとやらだろうが、取引を終えたら取り下げるという約束になっているそうだ。そして、その隠れ家とやらを用意したのもコンステル、要は籠の鳥という訳だ。


「危険はないはずなんだっ」

「なら、親子揃って引きこもっていれば良いだろ」

「ステアー、その言い方は」「黙ってろ、シグ」

「頼む、いざという時で良いんだよ、いざという時、翔子を連れて逃げてくれれば、俺はちゃんと命を懸けるから!」


 路肩に停車する。ステアーが振り返って言った。


「決を取る」

「え?」

「票が割れてるからな。それに俺達三人でブルースカッドだろう?」


 そうだろう?スミレ、ステアーが私を見た。シグはちらりと私を見て、すぐに窓の外に視線をやった。


「頼む、礼はな必ず、借りは返すから」


 宝井のその言葉に、私は、


※※※


「少し、ナーバスになってるから」


 マンションの一室。廊下から覗く辺りの見渡す限り田園と疎な住宅地だった。盆地になったその場所は四方に山が囲み、宝井の宇宙船が隠された山も近かった。


 これで良かったのだろうか、悩みながら宝井に続いて振り返るとステアーが笑った。その向こうでシグがそっぽを向いて視線を逸らす。


「どうした?」

「その、すいません」


 私の一票で判断を傾けてしまった。俺達三人、そう言われて嬉しかったから、ならばそれを繋ぎ止めているブルースカッド、正義のヒーローの通りの行動をなぞるのが正しいように思えた。


 むしろ、ステアーこそ真っ先に賛成しそうなものだが、


「あの、何で・・・」


 つんざくような悲鳴が言葉を邪魔する。リビングに駆けつけると部屋の隅で部屋の隅で蹲る黒髪の女性、宝井翔子の姿があった。


「来ないでぇ、来ないで化け物・・・」


 部屋は手当たり次第に物でも投げたのかめちゃくちゃで、宝井は怯える娘を力なく眺めていた。


「翔子」


 コンステルの手の者が彼の正体を知らせたらしい。新婚の夫が無惨な死を遂げた事も相まって精神を病んでしまっていた。宝井は私を振り返って言った。


「すまんが、よろしく頼む。同じ女性の方が色々と都合が良いだろうから」

「俺達は?」とステアー、

「ちょっと外で話せるか?」


 三人は出て行った。二人残される。


 蹲って覆う手のひらの隙間から、私の方を見ている気配がした。


「あの、私、白石桜って言います」

「ッ・・・ひ、いや、近づかないでっ」


 私は人間ですよ。そう言いかけて、それがどれ程の安心材料になるか考えた。


「あ、ああ、私は、その、お父さんの友達で・・・」


 失敗を悟る。友達、その言葉を聞いて私を見る目が人間に向けられたそれではなくなる。


 ・・・ああ、かけるべき言葉を色々と考えたが、結局、私は誤解を解くのを諦めた。ダイニングのテーブルに身体を預けながら、じっと私の様子を窺う視線を無視しながら部屋を眺めた。


 テレビもソファもあるが、しかし生活感のない部屋だった。民泊ってやつだろうか。


 しばらくすると宝井達が戻ってくる。


「待たせたな・・・って、どうした、何かあったんか」

「いや、お父さんの友達って言ったら・・・」

「・・・ああ、そうか」


 話が着くまであと二、三日はかかる。そう言われて、そうなると自然、泊まる羽目になる訳だが、今日は特に親には何も言っていなかった。母親にLINEを送るとすぐに返事が来た。


『彼氏?避妊はしなさいよ』

「違うわ!」


 全員の注目が集まって笑って誤魔化す。それにしたって年頃の娘を、もう少し心配してくれたって良いのに。ステアーがダイニングの椅子に座り、シグが台所に向かって煙草を吸い始める。三々五々、やる事のない部屋で己の居場所を探し始めた。


 私も、あまりにやる事がなくてテレビを点けると、見た事のないサスペンスドラマがやっていて、本当にやる事がなかったから膝を抱えて観始めた。こっそり覗き見ると宝井翔子も観ていた。シグとステアーも、宝井も、多分全員がやる事がなくてそれを観ていた。


 安全な筈だからだ。安全と言えば、そう言えば、


 CMが始まってちょうど良かったのでステアーに聞いてみる。


「あの、いつものスーツ持ってきてないんですか?」

「ブルースカッドのか?一応、荷台に突っ込んであるけど・・・・・そうだな、ちょっと取ってきてくれよ」

「わ、私一人でですか?」

「良いからやれ、アルバイト」


 放り投げてきたキーを何とか受け取る。まあ、仲間とはいえ雇われている身の上だし、不承不承、CMがあけて再開したドラマを背に日が沈んだ部屋の外へ出た。街灯だけではいまいち光量の足りてない駐車場の、車の荷台からぱつんぱつんになったドラムバッグを肩にかけ部屋に戻る。


 エレベーターがなくて階段で登る羽目になってしまった。結構な重量、階段を登るごとに汗が滴ってゆく。後でシャワー借りようと心に誓って部屋に戻ると、ステアーがシグの方を向いて「お前はどうする?」と声をかける。


「?」

「じゃあ、お願いしようかな」

「え、それってまさか・・・」

「もう一往復だ。アルバイト」


 シグのスーツを持ってようやく戻ると、今度はバスルームへ逃げ込もうとする私に別の何かが放られた。無視して避けたい気持ちで一杯だったが、さして豊かでもない胸にジャストミート、そのまま拾ってしまう。


 財布だった。


「これは?」

「腹が減った。夜食買ってこい」

「・・・流石に疲れたんですけど」

「良いから行ってこい。風呂入れといてやるし好きなもん買って良いから」


 さっきら矢鱈と私の事を追い出したがるな。もしかして、宝井と何か内緒の話でもしたいのだろうか。


 分からないけど、多分、そうな気がする。


 へえへえ、どうせ子供ですよ、少し不貞腐れながら階段を再び降りた。


 飛び石のようになった住宅街の街灯の間を小走りに抜けながら、そもそも、何で私はこんな事に手を貸しているのだろうと不思議に思った。だって、普通に考えて逃げるところだろう?


 どうかしてるんじゃないのか、私は、


 どうかしてるんだろうな、私は、


 あの帰り道、弟から頼まれたカードを買う為にした寄り道で、私が無条件に信じていた社会の安全や何事もない幸福が、びっくりするほど薄い氷の上に成り立っている事に気づいてしまった。


 恐怖をまともに感じる勇気も、今の私にはもう残されていないのかも知れない。


 コンビニが見えてきた。夜闇から覗くコンビニの明かりって、何であんなに安心するのだろう。弁当コーナーをぼんやり流し見しながら、ジュース、そしてアイスの順に見てゆく。


「あ」


 そう言えばそもそも、財布にいくら入っているか確認してなかった。

 

 結構入ってた。万札が一枚、二枚、五千円札と千円札が雑多に紛れて、後はクレジットにどこの店かも分からないポイントカード。


 レシートが一枚だけ入っていた。万札に近い位置に、態とらしく、分かりやすく。


 何の店だろう。覗いて、しかし、それはただの白い紙だった。


 そして一言、乱暴に殴り書きをされていた。


『返ってくるな』と。


※※※


 店の外に出るとサイレンの音が聞こえた。遠くが明るく、ああ、火だ。


 あのマンションの辺りだ。気がつけば私は駆け出していた。それに向けて、返ってくるなというステアーの忠告を無視して、その明るさの元に。


 自分でも、正気とは思えなかった。


 でも、そうしないと気が済まなかった。


 一人になってしまう。それが堪らなく、怖い。弟の大好きなブレイズを思い出した。クラシカルな変身ヒーローのブレイズは大抵が孤独で、だから似たようなシーンがあったような気がした。


 正気とは思えない。こんな孤独、こんな恐怖、普通の人間には耐えられない。


 そして着いてしまった。人集りが出来ていた。赤い車両、放水車。火事だ。


 燃えていた。あのマンションが。見間違いじゃない。あのワンボックスが、暗闇を赤黒く照らす炎に照らされて。


「ガス漏れ?そんなに古くなかったよな」「怖いわぁ、うち大丈夫かしら」「どいて!ホース通ります!」


 燃え盛るエントランスの向こうに影が見えた。見間違いかとも思ったが、確かに見えた。人だ。生存者、と言う割にはゆったりと落ち着いた足取りだった。


 外へ、出てくる。


 それは確かに人だった。


「おや、こんなところにまだ残りが」


 その、恐らく男は、つば広の帽子を傾けて私に視線を合わせたのだと思う。簾のような長い髪の狭間から私を見ていた。


 男だけではない。周りの野次馬も私を見ていた。


「お嬢さん、名前は?」

「し、白石、桜・・・」

「彼らとの関係は?」


 男が振り返ると、炎の中から出てくる人影、一人、また一人と姿をあらわすそれは大半が手ぶらだったが、何人か黒焦げの何かを引き摺っていた。


 赤熱したヘルメット、胸甲も、歪んでしまって元が何だったかもわからないそれには見覚えがある、ような気がした。


「わ、私は」


 喉がひくついて言葉にならない。


 私は、ヒーローになれるつもりでいた。でも、固めた決意も何もかも、意にも介さず鋳溶かしてしまう死の恐怖が目の前にあった。


「私は、アルバイト、です」

「アルバイト?なら、もしかしてオーラム・ハバーの事は知らない?」

「へ?」


 聞いた事のない言葉に私はそれしか声を出せなかった。


「・・・ああ、しまったなあ」


 男は隠すように顔を手で覆って、しばらくした後に「金を無駄にした」とボソリと溢した。


「申し訳ない事をしたなあ。まあ、運が悪かったと思って勘弁しておくれよ」


 人集りが一人、また一人と夜闇に消えてゆく。男はつばを下げて顔を隠すと後に続いて、その後には誰一人として残っていなかった。


 ただ燃え盛るマンションだけが残されていた。


読んでいただきありがとうございます。

次回は5/3(日・祝)20時更新予定です。

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