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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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第10話 [2020/9/9 08:17][五年前7]

[2020/9/9 08:17]


【かすみの国際駅前で遺体の一部発見 茨城県警が捜査】


【かすみの国際】茨城県内の「かすみの国際駅」前広場で8日朝、遺体の一部とみられる物が見つかり、茨城県警は殺人事件の可能性があるとして捜査している。


 県警によると、8日午前11時ごろ、通行人から「不審な物がある」と110番通報があった。駆け付けた警察官が確認し、鑑識が現場で検証した。遺体の一部は回収され、身元の特定と死因の解明に向けて司法解剖を進める。


 捜査関係者によると、遺体の一部は駅前の天使像のモニュメント付近で見つかった。県警は周辺の防犯カメラ映像の解析や聞き込みを進めている。県警は「捜査中で詳細は差し控える」としている。


※※※


 人は必ず死ぬ。そして、死は突然やって来る。


 空の棺を見送った後で家に帰ると留守電が入っていた。所轄の警察署からで、父の物と思しき落とし物が届いていて、事件とは関係がなさそうだからと返してもらえる事になったらしい。


 その連絡だった。


 母が忙しくて、だから私が取りに行く事になった。窓口では「保護者の方じゃないと」と一悶着ありはしたが、たまたま近くにいた刑事が私の聴取を担当した人だったから、こっそりその場で委任状を書かせてくれた。


 返ってきたのは空のポーチだった。仕事に行く時、いつも父が持ち歩いているものだった。


 遺体は、帰ってこないだろう。


 証拠物として事件解決まで警察で管理される事になるとの事だから、ならばそれは、帰ってこないと、つまりはそういう事なのだろう。


 その事だけは分かっていた。


 私には、分かっていたんだ。


「ただいま」

「おかえり」


 弟はもう帰っていた。


「・・・お父さんの、何だった?」

「これ」


 リビングのテーブルにポーチを放る。


「これだけ?」

「そうみたい」


 ふうん、そう言ったきり、ぼんやりとそのポーチを眺めていた。


 会話はなかった。弟は、孝也は父の訃報を聞いただけで、その遺体を見てはいない。野次馬が上げた画像がネットには転がっているからいずれは目にするのだろうが、実感が湧かないのだろう。


 玄関が開く音がした。この家に帰ってくるのは私達を除けば後はもう一人だけだった。


「おかえり」


 リビングにあらわれた母は血の気の失せた顔をしていた。


「お母さん、病院はどうだった?先生はなんて・・・」

「・・・お父さんは」


 ぐりぐりと視線が彷徨ってテーブルのポーチに止まる。乱暴な手つきで拾い上げ中を探るが、何も入ってはいなかった。


「・・・・・」

「それだけだって、中は」


 少し不味いか、そう思いながらも言葉を続けた。


「何も入ってなかったって、見つかっても手帳とかスマホは直ぐには・・・」

「・・・・・ぃ」

「お母さん?」


 なんの慰めにもならない言葉は最後まで述べる事はできなかった。


「そんな訳ないじゃないっ!!」

「お、お母さん?」

「あ゛あ゛あ゛ああああ゛ああああああああああああああああ゛っ!!!」


 限界まで目を剥いて叫び始める母に、お母さん落ち着いて、落ち着いて、一生懸命呼びかけても届いた気配はなかった。血の気の失せていた顔を真っ赤に染めて、息が続かなくなると「そんな訳ない、そんな訳ない」と譫言のように呟いた。


「孝也、あんたは自分の部屋行ってな」

「あ、うあ・・・」


 母の狂乱に硬直する弟から背で遮る。こんな母の姿、見せたくなかった。


 検死の結果、父は生前、生きたまま内臓を抜かれ、標本に変えられた事がわかった。その死相は満面の笑顔で彩られ、眼球だけがその恐怖と苦痛を物語るかのように充血していた。


 父は、駅前のペデストリアンデッキのモニュメント、キューピーみたいな天使が天国へ誘うそれと一緒に飾られていた。


 モニュメントの題名は『幸福、そして解放』、まるでそれを成した者達からのメッセージのようだった。苦痛ばかりが人生だって、そう言われているかのようだった。


 母に薬を飲ませて寝かしつけると、部屋では孝也が布団を敷いて待っていた。


「ありがとう」

「・・・母さんは?」


 寝たよ、そう言って布団の上に転がると孝也が明かりを消した。もう、シャワーを浴びる気力すら湧かない。


 元々は別の部屋だったが、眠れていない様子だったから、ここ最近は私の部屋で一緒に寝ていた。母の奇行の事もあったし、無理もないだろう。


 孝也は寝つけない様子だった。


「眠れない?」

「・・・うん」


 おいで、スペースを空けて隣を叩くと、這い寄って、おずおずと寝転がる。抱き寄せて、ゆっくり背を撫でると強張りが徐々に解けてゆく。


「姉ちゃんは、大丈夫なの?」

「私?私は、まあ・・・」


 平気と言ったら、何か人としての欠落を抱えているような気がした。


「私が怖くなったら、その時は一緒に寝てね」

「・・・うん」

「キモいとか言わないでよ」

「言わないよ」

「あとね、頭とか撫でて」


 馬鹿みたいに聞こえる台詞ばかり探していた。探しているうちに寝息が聞こえ始めた。


「私は・・・」


 言葉を飲み込んだ。


 全ては、私の甘さが招いた事なんだ。唐突に訪れた非日常、その恐怖に浮かされるがままに首を突っ込んで、それは人を人と思っていない連中の尾を踏んでいた。


 父が死んだのも、母が狂ったのも、私の愚かさが招いた事だった。こうして怯える弟にこれ以上、何かを負わせる資格なんて私にはなかった。


 私は、愚かだった。


※※※

[2020/10/24 16:02]


 目下のところ、私は有名人だった。駅前の広場で惨殺された被害者の娘、地方紙の片隅に載っただけだが、学校では『噂の、あの』という感じで距離を取られる。友達なんて殆ど居なかったから、そのせいもあるかも知れない。考えてみればそうさ、もしかしたら私が母みたいなアレかと思えば、誰だって近づきたくはない。


 メディアの取材みたいなのもない訳ではなかった。駅前ではそれらしいカメラを見かけたし、私のところにも来た。聞いた事もない雑誌のルポライターだった。しつこく事件について聞きたがって、でも話せる事なんて多くはないから、随分とおかんむりな様子で帰って行った。


 試しに宇宙人とか、コンステルの事を話してやれば良かったかな。


 頭のおかしい電波と疑われるのがオチだろうが。


 でも、あった事と言えばそれだけだった。


 だからと言うべきか、私自身は比較的それまでと変わりない日常を送る事ができていた。


 肌寒くなり始めた雑居ビルの外階段を降りてゆく。全身には心地の良い疲労、シューズに汗を吸ったタオル、Tシャツを入れたナップザック、指先に引っかけていたが、そろそろ握力が限界だった。


 背負い直しながら階段から街の光景を覗く。


 日が暮れていた。夕暮れ、コートを羽織ったサラリーマンが、部活帰りの学生が、多分、家路についてゆく。


 夕方の街並みに老人の姿は少ない。


 そんなに遅くなるつもりはなかったが、でも、もうそんな季節か、転ばないように気をつけながら階段を降りて繁華街の街並みを駆けてゆく。


 通い始めてそれなりに経つキックボクシングのジム、その帰りだった。いつまで続けられるかわからないが、それでも貯金の続く限りは続けるつもりだった。


 そろそろまた、バイトとかしようかな、


 駅前の繁華街から徒歩十五分、人気も建物もまばらになったそこに公営のグラウンドがあった。かすみのフリーフィールド広場、元は駅から続くシンボルロードの終端にイベント会場も兼ねて設計された。


 当初の計画は随分と立派なものだったらしいが、TXの延伸計画が途絶した今となっては読んで字のごとく、少し綺麗な公園を備えた広場に過ぎない。


 市民に開放されているグラウンドに向かう。


 ユニフォームを着た子供達が野球をしていた。私はそれをグラウンド際のベンチに座って眺めて過ごした。私の通っている高校のそれより余程熱心で、その昔、プロの野球選手を輩出した事もあるらしい。


 暗くなって、ボールを目で追うのも苦労するくらいになって彼らの練習は終わりを告げた。三々五々に迎えに来た親の元に散る子供達の一人が私の元に駆けてくる。


「お待たせ」

「帰ろっか」


 弟の孝也を連れて帰路に着く。ここ最近、毎週土曜日の恒例行事だった。


 どんなに凄惨な事件が起きたとしても、街の時間はお構いなしに進む。一ヶ月も経てば誰も彼も他人事だった事を思い出して、抱いた恐怖すらも霞ませてゆく。


 遺族である私達にしてもそうだ。悲しみも喪失感も、もちろんあるし、もしかしたら一生拭い去れないのかも知れないが、でも、そんなもの関係なしに時間は流れてゆく。


 私も学校には通わねばならない。


 そして、いつかは働かねばならないのだろう。何せ、一家の大黒柱を失ったのだから。保険金でしばらくは保つにせよ、決して悲嘆に暮れて人生を棒に振る猶予を与えてくれる程ではない。


「たまにはさ、食べて帰ろうか」

「え、でも・・・」

「たまには良いじゃん、ちょっと疲れちゃった」


 何食べたい?


 孝也はしばらく悩んだ後に「ラーメン」と答えた。


「いや、う〜ん、でも・・・」

「精々悩むことだね」

 

 ちょっとした心境の変化、と言うほどちょっとでもないが、ここ最近で悩んでいたのは進路の事だった。


 今までは漠然と大学進学を考えていたが、そうなると自然、奨学金を頼る事になるだろう。実家から、通える範囲で、就職で家を出るにしても、それまでずっと半ば正気を失った母と一緒、弟の孝也はもっとだ。


 心がもつだろうか?


 心の壊れた母に、もちろん情はあるし、願えるならば元に戻って欲しいとも思う。見守って、助けてこその家族だとも理解はしている。


 どうすれば良いかは分かっていた。


 でも、それを選んで良いのか、人として、それは許される道なのか、がらにもなくずっと悩んでいた。


 その答えが出た。


「何食べるか決まった?」

「もうちょい待ってよ」


 この子を連れて家を出よう。ここではない何処かで、一から生活を立ち上げて、働いてこの子を養ってゆく。


 その選択が正しいとは思わないし、むしろ間違ってもいるだろう。でも、この子を見てるとそうしたいとも思うし、そうするべきだとも思った。

 

 問題は、いつ、どのように言い出すか、


「ねえ、あなた、白石さん?」


 声に振り返ると、男が無遠慮な足取りで近づいて、スマートフォンの画面をずいっと前に出した。


 男の顔には見覚えがあった。


「確か、久瀬さん?」

「・・・久我だよ、名刺渡したじゃない」


 間違えたのはわざとだ。正直に言って、すっとぼけてそのままかわしたい相手だった。


 裏路地ファイル編集部

  現場ルポ担当 久瀬 涼介・・・だったか、洋介だったかのどちらかだ。事件が起きたばかりの頃にしつこく話を聞き出そうとしてきたのがこの男だった。


「それよりもこれ、あなただよね」


 そう言って見せてくるスマートフォンには確かに私が写っていた。紺色の作業着でシグやステアー達も一緒で、数枚スライドすると宝田まで写っていた。


 横浜に送り迎えしていた頃のだろう。


 そしてさらに次の写真、そこには蝉みたいに義体を脱ぎ捨てんとするグレイ型宇宙人の姿、俯いた義体の顔がまるで口をぱくぱくさせる金魚みたいでおかしかった。


「説明してもらおうか」


 鬼の首をとったみたいに胸を張る久瀬、自身の正しさを押し付ける事に慣れた態度が、何となく事件で関わった刑事に雰囲気が似ているような気がした。


「姉ちゃん」

「大丈夫」


 怪しげな背景があると、確かそんな話だったような気がする。


「どうなんだ、何も知らないって言ったじゃないか」

「・・・あまりしつこいと、警察呼びますよ?」

「呼んでみろよ」


 開き直れば大抵の相手は怯んで素直になるのだろうな、


「じゃあ、呼びますね」


 間髪入れずに携帯を出す私に「おい、ちょっと」と手を伸ばしてくる久瀬、私はその股間を鞭のようにしなる一撃で蹴り上げた。


「ぬっ、おおおおおおっ」


 孝也の手を引いて駆け出した。後ろで久瀬が呻きながら叫ぶ。


「後悔っ、後悔するぞ!逃げるな、後悔するぞ!」


 後悔ならとっくにしているよ、心の中で呟きながら、口に出したところで答える者も理解し得る者ももういない。その事実に心が冷たくなってゆくような気がした。



読んでいただきありがとうございます。

次回は5/4(月・祝)20時更新予定です。

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