第11話 [2020/10/11 1:38][五年前8]
本日はこのあと22時に第12話も更新します。
「わたくし、パンもケーキも食べませんことよ」
モストマスキュラーのポーズで言い放つ、
「鶏胸とササミ、ブロッコリーがあれば、それだけでよろしくてよ」
「あはははははははっ」
中途半端に縫われたドレスで放った決め台詞に孝也はひっくり返って笑った。ここ最近はかなり絞れてきている事もあって、スタイルだけならかなり完成度が高くなっている。
コスプレとしての完成度だが、しかし、お陰で余計にシュールさが際立つのだろう。
階下から乱暴に壁を叩く音が響いた。ドンっ、ドンっ、ドンっ、びくりと肩を震わせる孝也の頭を撫でて溜息を吐く。
「ちょっと、待ってて」
「え、その格好で?」
ふふん、と不敵に、少し高慢なお嬢様を意識して笑うと階段をかけ降りてゆく。
「お母さん、何?」
「・・・ふざけてるの?」
ソファの前に座り込んだ母が虚ろな眼差しで私を見上げる。
「お父さんがあんな・・・・・どういう神経してるの?信じらんない・・・」
ふざけては、確かにいた。惨殺された父をもつ娘にしてはあまりにも薄情で無神経、言葉につまりかけて、でも、弟の孝也は笑ってくれたんだよなと思い直す。
母は自分と同じように薄暗く落ち込んだ私が欲しいのだろう。でも、なら孝也はどうなる?私だってそうだ。うろみたいな暗闇ばかりを覗いてばかりいられない。その先に何もありはしない。
ふと、唐突に気づいてしまった。
「ねえ、何か言いなさいよ、無視?なに考えてるのよ」
人に見せる取り繕った表情や態度は、私みたいに人から求められて生まれてゆくのだろうし、だから八方美人なんて言葉が生まれるのだろうが、私はもう被る仮面を一つに決めた。
ふっ、ふっ、ふっ、態とらしく微笑むと、母は柳眉を逆立てた。
「何を笑ってっ」
「ごめんあそばせ」
少し勇気が要ったのは、馬鹿馬鹿しい言動の恥ずかしさもあるが、それ以上に母に対する『美人』をやめるということ、ならば、母から見える私はさぞ醜く見える事だろう。
ならば、だからこそ、私は人を小馬鹿にした笑顔を綺麗に貼りつけた。
「お母さん、私ね、お嬢様とかになろうと思うの」
ポカンとした母に「頭が高くってよ」と捨て台詞を吐いて踵を返し、しかし慣れないドレスの裾を踏んで思いっきり転んだ。
※※※
最近、よく夢を見る。奇妙な夢だ。ここではないどこかを歩いていて、ここはどこだと思いながら、やはりただ歩くしかない、そんな夢ばかりだった。
今日もそうだった。
「どこだっけ、ここ・・・あ・・・」
声が響いていた。夢にありがちだった望洋とした意識が焦点を結び始める。
やはり、歩いていた。
「あれ、ここは・・・」
不揃いな建物が続く無機質な街並み、すぐ近くのブティックのショーウィンドウに映る私の姿は氷雨色の縦ロールに薄ピンクのドレス姿のそれ、見覚えがあった。
腰に手をあて、しなを作りながら指をさす。
「頭が高くってよ」
誰も見ていないだろうに、それでも後から恥ずかしくなってくる。でも、窓に映った自身は思いのほか様になっているような気がした。
身体も、もう軽くはなかった。痩せたお陰で体感が近づいたのだろう。
あてどなく空虚な街並みを歩き始める。以前に比べればシルエットが近づいてきたから夢想するもう一人の自分、理想の自分、もしかして、今ならそれを再現できるのではないか。
微笑んで、急に気持ち悪くなってその場に嘔吐する。何もない、唾液と胃液を吐き出しながら、頭の中でかき消していたのは父の亡骸の笑顔、作られた、人形みたいなそれだった。
絶対に笑ってるはずなのに、それでも無理矢理作られた笑顔が己のそれと被った。
「・・・大丈夫だって、思ってたのにな」
少し焦った。このままでは母みたいになってしまう。このままでは、孝也と一緒に居られなくなってしまう。
窓ガラスに向けて、もう一度微笑んだ。最初は平気なのに、少しすると気持ち悪さがやってきて、口元を押さえて蹲る。
それを何度も何度も繰り返した。
でも、一向に良くはならなかった。
どうしたら・・・、
でも、諦めるという選択肢はなかった。だって、それは母と同じように薄暗さに身を浸して、家族にも、大切な人の気持ちとか幸福にも目を向けないという事だ。
心に寒さを感じながら、表情をぐりぐりと動かして、そうすると、ますます父の死に顔を思い出して気持ち悪くなりもしたが、でも、ときおりふっと軽くなったような表情があった。
これは、ただの変顔、ダメ・・・これは?・・・タコっていうか、ひょっとこ・・・、
ぐらぐらと煮えつくような胃のムカつきを抑えながら、それが楽になる顔の動きを探してゆくと、笑顔と言えば笑顔なのかも知れないが、犬歯を剥いて睨み返すなんとも好戦的な笑顔だった。
これは無し、でも、気分が良かった。
やがて、まあまあ及第点の笑顔を見つけた。
「・・・これは、ありなのかな・・・」
自信が滲む不敵な笑顔、普段の私から程遠いお嬢様のそれ、父の亡骸の記憶よりも、憧れに近いナルシズム、我が身ながら綺麗だとも思ったし、似合っているとも思った。そうあるべきだとも思った。
気がつけば無心にお嬢様ポーズを取り続けていた。
おほほほほほ、それっぽい挑発的な笑い方が気に食わなくて何度もやり直していると、低く鼓膜を揺るがす雷鳴が響いた。
オ゛ッ、オ゛ッ、オ゛ッ、オ゛ッ・・・、
雄叫び、聞き覚えの恐怖に全身の毛が逆立つ。ずしり、ずしりと地響きが近づいてくる。慌てて周囲を見渡して、何の遮蔽物にもならないガラス張りの建物の影に隠れた。
息を止めた。地響きが近づいてくる。
耳をすませた。心臓の鼓動が耳鳴りみたいに邪魔をする。
「え?」
そして走り去って行った。三人、必死に駆ける、見覚えのある誰かを追って、あの白い怪物が。
今の、もしかして、追いかけて確かめたい気持ちとしばらく戦っていたが、ふと思い出した。
これは夢だ。なら、良いだろう。
おっかなびっくり、へっぴり腰で追いかけた。そんな調子だから、追いついた時には既に三人の姿は無くて、怪物の亡骸の上に立つロボット、白銀の装甲で全身を覆う、細っそりとしながらも力強く敏捷そうな騎士の形、右腕だけが赤く、悪魔のそれのように鉤爪になっていた。
『うん?お前は・・・』
私に気づいたロボットが、その頭部の、恐らくカメラか何かのレンズが私を捉えた。
「あ、あの、宝田さん、私っ・・・」
『・・・ああ、デブリか・・・』
そう言って赤い手のひらを向けた。
ィィィィン・・・、
甲高い、徐々に回転を上げるエンジン音のような音が聞こえた。手のひらに光が集まり、燐光のように儚いそれから急速に強まってゆく。
それはまるで小さな太陽だった。
『弾けろ出来損ない、弾けろ、デブリ』
太陽が弾けた。光が私の全てを飲み込んで、白んだ視界が一瞬にして暗転、暗転、暗転、暗転暗転暗転暗転・・・・・・・・・・・・、死んだ?死んでもおかしくない何かが起きた気はする。
でも、望洋と解けゆく意識は眠りに落ちる、あるいは覚めるそれで、これを死と呼ぶにはあまりにも緩やかだった。
だから、死んでない。死んでいないんだと、必死で意識を手繰り寄せていた。
私は誰だ。私は誰だと自身に問いかけ続ける。
そうしないと本当に死んでしまうような、そんな気がしていたから。
「姉ちゃん」
視界は暗闇だった。でも、微かに何か、何もない以上の何かを映している気配があった。
「姉ちゃん、大丈夫?うなされてたけど」
孝也の声だった。
夢だった。
「一緒に寝てあげようか?」
何か言葉を返そうとして、唇が震えていた。素直に甘えたい気分だったけれど、でも、パジャマが汗でぐっしょり濡れていた。
このままでは眠れそうになかった。
「・・・シャワー浴びてくる」
「着いてかなくて大丈夫?」
悪戯っぽく笑う孝也の頭を当てずっぽうで叩く。指先に触れる短髪、体温の気配、孝也は確かにそこに居た。
その事が、たまらなく心に温もりを灯した。
続きは本日22時更新です。




