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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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第12話 [2020/10/31 13:38][かすみ野国際駅前][五年前9]

[2020/10/31 13:38]


 駅前のロータリーは人で満ちていた。かすみの国際の駅前で、これほどの人混みを見ることはそうはなかった。


 行き交う人々もいつもと違う。ゾンビに吸血鬼といった古典的なクリーチャーから、アニメのキャラと思しき衣装、クオリティは千差万別だったが、一様にして浮かれた雰囲気というのは変わらなかった。


 今日はハロウィン、詰まるところ、祭りだ。


 バスの来ないバス停のベンチで、一人ぽつりと古びた文庫本を開いて読んでるふりをする。昼休みに机に伏して寝たふりするのと同じだ。本を読む方ではなかったが、でも、こうしていると一人ぼっちが自身で選んだ結果になるから。


 でも、喧騒に意識が取られて、どうにも活字を追う目が上滑る。


「お姉さん、それ何のコスプレ?」


 無遠慮にジョーカーが顔を覗き込んで来る。


「めっちゃ本格的じゃん」

「お姉さん、一人?俺らと遊ばない?」


 スパイダーマンに、それからアロハシャツ、コスプレでも何でもない男が囲むように並んだ。


 私の格好は氷雨色の縦ロールに薄ピンクのドレス姿、夢の記憶を頼りに再現した理想のお嬢様ルック、当然、アニメにも漫画にも出てはいない。


 ナンパだった。


「・・・すいません、約束あるんで」

「なになに、友達?なら、その子も一緒に遊ぼーよ」


 少し前の私だったら緊張して何も言えなかっただろう。でも、今はお嬢様に身を包んでいて、だからという訳じゃないが心の中のお嬢様がそれらしい台詞を囁いていた。


 仕方のない殿方ですわ、ダンスの誘いなら一人ずつ、せめて縦に一列に並ぶくらいできないのかしら。


 当たり前だが口には出せない。


 恥ずかしいから。ならばやはり、押し黙るしかない訳だが、意外な事に助け舟が出された。


「おーい、お前らー、何やってるー」


 男の声に振り返り、固まる。


「ナンパすんのは構わんけど、強引な真似はすんなよ」


 薄ピンクのツインテール、白いフリルが印象的な衣装に木の枝みたいなステッキ、態とらしいくらい魔法少女然とした、やはり男だった。


 それもかなりゴツい。巡視員と書かれた緑の腕章を付けている、恐らくはボランティアか何かだろうが、それにしても、しかし、


「あ、あの、俺達、ちょっと話聞いてただけで、そうだ、バス停何処っすかね」

「だいたいあっちだ。駅前は今日一日止まってるからな、結構混んでると思うぞ」


 ジョーカー達はぺこぺこ頭を下げてステッキが指した方向に駆けて行った。


「君も、一人だと危ないぞ?みんな浮かれてるから」


 安っぽい派手なカツラの下に覗く男の顔には見覚えがあった。


「もしかして、安藤先生?」


 数学教師の安藤だった。担任ではないが私のクラスも担当していて、いかにも体育教師然とした見た目をしていて、確か生徒指導の持ち物チェックで校門にもよく立っていた。


「えっと、君は」


 そう言いつつ、生徒である事を悟ったのだろう。顔が引き攣っていた。白石です、一年の、そう答えるとしばらく経って思い出したのか「ああ」と答えてそのまま項垂れる。


「どうしたんですか?その格好」

「・・・・そっくりそのまま返してやりたいが」


 私はその台詞に「ふふ」と笑って返した。


「でも、似合ってるでしょう?」


 安藤はがっくりと肩を落とした。


「・・・お前、友達は、一緒に来たんじゃないのか?」

「私に友達なんて居ません」

「悲しいこと言うなよ」

「弟と来たんですけど・・・」


 孝也は早々に友達と合流してどこかに行ってしまった。手持ち無沙汰にどうするか考えていたところに声をかけられたのだ。


 一人で楽しむようなイベントでもないし、昼ごはんがまだだった。お腹も減ったし、そろそろ帰ろうかと思うと告げると「送ってく」と返した。


「バス停までな」

「じゃあ、お願いします」


 二人で歩くと随分と注目された。私もお嬢様ルックの出来栄えには自信があったが、それ以上にイカついおっさんの魔法少女というのがシュールな絵面として完成度が高かったからだろう。


「それ、まどマギですよね」

「・・らしいな、よく知らんが」

「どうしたんですか?なんて言うか・・・」


 何故そのチョイス?どちらかと言えば世紀末でヒャッハーなものの方が似合いそうな安藤教諭、見回りは毎年恒例で去年は北斗の拳のケンシロウだったらしい。


 去年というより、そもそも安藤は毎年ケンシロウだった。祭りの雰囲気を壊さないようにという配慮で、本来はそこまで関心がないのだろうと思っていた。


「ほら、うちの剣道部がインハイ出ただろ?」


 安藤が顧問をしている剣道部は男女共にそれ程強いとは言えず、男子生徒は団体戦が組めない程で女子もギリ二軍が組める程度、インターハイに出れたら焼肉連れてってやると約束したのはまだありがちな話、


「それじゃあ足りねえって騒がれてな」


 スマホの画面を見せてくる。焼肉屋と思しき店内で引き攣った表情の安藤とガタイの良い少女達、動画になっていて、タップすると再生が始まった。


『俺は人間を辞めるぞ!』


 そう言って肉を勢いよく掻っ込むのも女子部員だった。


 たぶん、


「剣道には階級がないからなぁ」

 

 辞めたのは女の子の方だと思う。


「あ、せんせ〜」


 そんな声がしてわらわらと、見る間に色とりどりのコスプレをした少女達が寄ってくる。


「見つけた〜」「誰あの子」「やっぱ帰ってなかったじゃん」「何で逃げたし」「ナンパ?ナンパ?」


 姦しいとは正にこの事、少女達が安藤をニヤニヤと囲んだ。


 青髪のカツラを被った少女が前に出て言った。


「記念写真がまだじゃん、やっぱ顧問が居ないと、ね?」

「こ、こんな時だけ、お前らっ」


 いや、いや待て、と私を指差し捲したてる。


「今は巡視員の仕事中なんだ!」


 じっと視線が集まる。何だろう、気の狂った母より圧を感じる視線だった。


「あの、私はもう大丈夫なので」

「し、白石、お前」

「だってさ、行こ!」


 安藤は少女達におしくらまんじゅうされながら連れてかれて行った。思いのほか逃れようと必死だったが、まあ、必死にもなるだろう。何せその記念写真とやらは即座に彼女達のLINEグループで共有されて、ほどなく学校中にばら撒かれる事になるのだろうから。


 楽しそうだったな、と思わなくはない。でも、人混みに紛れる彼らの後ろ姿はもう遠くて、その楽しさが遠ざかる実感だけが残った。


 また一人になってしまった。


 しばらく歩いて、バス停が見え始めたところでまた声をかけられる。


「ちょっと、話良いかな?」


 横から仮面ライダーのお面が覗き込んでくる。いかにもなナンパムーブにうんざりした気持ちで「時間ないんで」と足早に立ち去ろうとする。


「待って、俺だよ、俺!」


 お面を取る。見知った、という程でもない辛うじて覚えのある顔、ルポライターの久我だった。咄嗟に携帯を出す私に「待って、待って!」と止めに入る。


「話を聞いてくれ、俺から話すだけだから」


 思いのほか必死な様子の久我に周囲の目が集まる。このままでは私がしなくても誰か通報するかも知れない。


「・・・三十秒だけ時間あげます」

「あまり聞かれたい話では・・・」


 そう言って辺りを見渡す久我、喫茶店の類はどこも人でごった返している。昼営業している居酒屋にも仮装客が出入りしていて、しかし、一つだけ人気の少なそうな店を見つけた。


 墨色の下地に赤い行書体で書かれた看板、いかにも高級そうな店構えのそれは都市部を中心にチェーン展開している焼肉屋だった。


 見た目の通りかなり高級だった筈だ。何せお品書きに値段が書かれていない。


 久我は引き攣った顔で私を見た。


「な、なあ、腹、減ってないか?」


※※※


 網の上に乗せた赤身がジュウと音をたてた。熱で少しずつ繊維を縮ませながら、落ちた油が薄い煙を上げる。


 そろそろかな、そろそろだよな、


 ひっくり返して綺麗な焼き目がついてるのを眺め、ただ無心で待った。


 取り皿に小鉢から岩塩を乗せる。何せここは高級店、焼肉と言ったらお決まりの甘辛のタレもあるが、店員さんのおすすめは岩塩だった。


 そして赤身、脂身が乗った部位よりも肉の甘みを感じて、カルビやハラミよりも好む人も多いらしい。


 いけるよな、そろそろだよな、


 ぺりっと肉を剥がして取り皿の上で岩塩をつける。勢いよく頬張りかけて、湯気に躊躇、熱くて味わえないのではあまりにも勿体ない。息を吹きかけて、少し湯気がおさまったのを見計らって齧った。


 まずは半分、弾力を意識して顎を閉じるが、しかし前歯に挟まれた肉は噛み切った事を意識する間もなく、解れ、千切れて口の中に転がった。


 そう言えば赤身ってどんな味だったっけ、そもそもお肉ってどんな味だったっけ、赤身を噛んだ瞬間に口の中に脂と甘みが広がる。


 初めての味わい、ああ、これが肉か、


 私が焼肉だと思っていたのは、ニンニクと塩の旨みに過ぎなかったのだと否応なく理解させられる。


「・・・ご満足いただけたようで良かったよ」


 テーブルの向こうで久我が疲れた顔で言った。


「食いながらで良いから話を聞いてくれ」


 肉の味わいを邪魔されたくはなかったが、スポンサー様の言う事だ。素直に頷いておく。


 久我はテーブルに数枚の写真を広げた。若い男、年配の女、子供、どれも盗撮されたものだった。


「これは?」


 久我は答えず、追加で数枚写真を広げる。そこには前に広げた何人かの、その皮とも呼べる義体を脱ぎ捨てるグレイ型宇宙人の姿があった。


 宝井と同じ、他にも同類が居たのか、


「これはどれも君のお父さんが、すまない、事件が起きる前に撮ったものだけど、君は宝井と名乗るこれと面識があった。そうだよね?」

「・・・・・まあ」

「ああ、何か責めようって訳じゃないんだ。単なる確認で、それで・・・」


 写真を横一列にして順番を入れ替える。


「確か時系列はこうだったかな、こいつらはどれも同じタイミングで撮られたものじゃないんだ」

「・・・それが?」


 言いたい事がわからなかった。ただ並べ替えただけのように思えたからだ。


 私の様子に気づいた久我が「ああ」と言葉をつぐ。


「言い方が悪かったな、こいつらは入れ替わり立ち替わりで、同じタイミングで顔を揃えた事がないんだ」

「同一人物って事ですか?・・・あ」


 なら、宝井もそうだと言う事か?つまり、ここに写っている者達は、もしかして全て宝井?


 久我が深く頷く。


「君が会った宝井って奴も、中身は同一人物だと踏んでる」


 驚きがない訳ではないが、しかし、とも思う。服のように身体を入れ替えられるなら、別の身体を持っていたとしてもおかしくはない。


「大半は過去に長期の入院をしていた経歴を持っている。恐らく病死のタイミングを見計らって入れ替わったのだろうが、ただ・・・」


 写真を回収してゆき、二枚、残す。


「篠原貴子三十七歳と篠原翔也九歳、親子だ。息子の方は小児がんで入院していた過去があるが母の方、篠原貴子はいつ入れ替わったか不明だ」 


 言いたい事がわからないほど察しは悪くない。


「・・・殺して入れ替わったと?」


 肉が一気に不味くなるような話だった。


 だが、相手は宇宙人だ。理知的には見えたが、その内心では私達とは全く異なる倫理観や論理を腹の内に抱えていたとしてもおかしくはない。


 むしろ自然だろう。


 人の皮を被った、社会的行動すらもそう装った獣、しかし、宝井はもう死んだのだ。仮にそうだったとして、今さら真実を明らかにして何になる。


 写真を回収して、さらに一枚、写真を広げる。


 篠原親子の写真、二人とも笑顔で写る仲睦まじそうな写真、その笑顔が永遠に失われたものだとしても、今さら、何も・・・、


「その写真は先月撮られたものだそうだ」

「え?」

「数ヶ月ぶりに親子揃って姿をあらわしたって訳だ。拉致監禁されてて解放されたのならほっとできる話だが、そうでなければ人の皮を被った何者かが二人に増えたという事になる」


 どうだ、と私を正面から覗き込む。私は視線を空の取り皿に落として逸らした。


「どうだ?少しは危機感が湧いたか?」


 だからって、私にできる事なんて、


「協力してくれないか?思考ターミナルを押さえたいんだ」

「・・・は・・・え?」

「俺もあんま知らされてないんだ。仮想空間だとか、宇宙船だなんて話もあって」


 燃え盛る、あのマンションが見えた。そしてつば広の帽子の、木のうろみたいな目をしたあの男が浮かんで、


『申し訳ない事をしたなあ』


 誰かの笑顔が見えた。ぬらりと光を返すその顔の記憶を辿りかけて、「ひっ」と思わず声を漏らす。寒かった。急速に温度が消えて、吐く息が震えた。


「何か知ってたら教えてくれないか?」

「・・・協力は、でき、ません・・・」


 震える唇で何とかそれだけを言った。久我はなおも、危険は及ばないだの、君の事は伏せるだのと口にしていたが、既に私の父は・・・、


 引き絞られた食道が酸っぱいものを口に広げるのを押さえながら席を立つ。


「すいません、今日はご馳走様でした、でも、言える事は何も」

「あ、ちょっと・・・」


 個室を飛び出して這うように逃げ出した。通りを覗く久我の視線からも、それが追いかけてこない事を心の底から望みながら、それがまるで、マンションで見かけたあの男の視線のように恐れながら、


 ただ、それだけの為に必死だった。

ここまで五年前編です。

次回は5/5(火・祝)20時更新予定です。

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