第7話 [2020/8/07 14:19][神奈川県みなとみらい][五年前4]
約束を果たさねばならない。
宇宙人の男、人間社会では宝井と名乗るその男は事あるごとにそのような事を言った。約束って何をと聞くと、キョトンとした顔であの聞き取れない言葉で知らない理由を述べるのだ。
根本に何を抱えているかわからない。爬虫類のような不気味さが宝井にはあった。
当たり前だ。彼は宇宙人なのだから。
でもその日、結婚式場の片隅で礼服姿で小さなデジカメを抱える宝井は少し、違う。茫洋と、言うなれば何もなかった。
「宝井さん、宝井さん」
結婚式場に似つかわしくない紺の作業着で声をかけると、宝井は「ああ、ああ、嬢ちゃんか」と今気づいたかのように言った。
「結婚式はどうでしたか?」
「あ?・・・ああ、何というか、凄かったな」
ぼんやりしていた顔を皮肉っぽく歪める。
「知ってるか?今日一日でとんでもねえ額が飛んでくんだ」
目を背けて、気持ち早口に語る。
「軽く新車が買える値段だぜ?まあ、俺はちょっとしか出してねえけどよ、スピーチが向こうさんで助かったぜ」
なおも口早に何か話そうとする宝井が式場のスタッフに呼ばれる。
「おう、何だ?悪いな、もうちょいかかりそうだから外で待っててくれや」
※※※
式場の外に出るとビルが建ち並んでいて、結婚とか、その手の甘く暖かな雰囲気は感じ取れない。どちらかと言えばオフィス街と繁華街を足して2で割ったような雰囲気で、事実としてそこはそうだった。
「どうだった?」
路肩に停まるワンボックスの助手席からシグが顔を覗かせる。
「もう少しかかりそうです」
「そう・・・まあこれで、横浜出張の生活ともおさらばか」
割りの良い仕事だったんだけどね、そう言って窓枠に凭れる彼の前をスーツ姿の女性が通りかかる。それ以外にも沢山人が居て、それぞれがそれぞれの行先を目指してどこかに向かおうとしていた。
私達は宝井の付き添いで横浜まで来ていた。これが初めてという訳ではなく、週末の日帰り小旅行はここ一ヶ月の習慣とすらなっていた。
しばらく待っていると、新郎側の家族と出てきた宝井が互いにぺこぺこ頭を下げながら出てくる。
それじゃあ、ええ・・・、それじゃあ、また、
ええ・・・、そうですね、ええ、
そんな会話とも言えない感嘆符を繰り返して私達の方へやって来る。
「悪いな、待たせた」
ワンボックスに乗り込むと車がゆっくりと進み始める。東京のど真ん中ではないが、それでも遜色ないくらいには人通りが多くて車通りも多い。
ところによっては徒歩の方が速いくらい、
「・・・やっと、荷が降りた」
「感慨に耽るのも良いが、案内してもらうぞ」
「わ、わかってるよ」
スミレ、ステアーが言った。
「今日は大丈夫なんだろうな?」
「はい、親には友達のところに泊まるって言ってあります」
数少ない中学時代の友人に口裏を合わせてもらっている。それにしても私は「スミレ」なんて名前じゃないというのに、でもまあ、言っても無駄なんだろうな。
親族同士の打ち合わせから始まり、会場の下見、細々としたやり取り、そして最終日の今日に宝井の宇宙船、その残骸へ案内される予定だった。
「悪いな、俺だけだったら、また小銭せびられてたところだ」
隠れ住んだ宇宙人の間では縄張り争いのようなものもあるらしく、特に都市部は組織化された半グレじみた連中までいるらしい。私達がいちいち付き添っているのも、そう言った連中への、いわば熊除けの鈴だ。
その手の連中は逆に地球人には手を出さない。宇宙人を目の敵にしてる、ステアー達を100倍苛烈にしたエイリアンハンターみたいな連中が目を光らせているからだ。
その目も私が住んでるような地方までは届かない。
安全を考えるならば、やはり都内に引っ越すべきなのだろうが、でも、どうしたら良い?
親に仕事を辞めてもらって私と孝也は転校を、
ダメだ、現実的ではない。命の危機があると思えば安いものかも知れないが、どうやって説明を?
正直に言う?
頭を疑われるのがオチだろう。実際に目にすればフィクションを疑う気持ちも吹き飛ぶだろうが、でもそれは危険に近づくという事でもある。
やがてワンボックスが高速に乗った。
宝井が黙ってカーナビに打ち込んだ場所は、私達が邂逅したあの山中で、つまりは最初からあの場所から始まっていたという訳だ。
何とも意外性のない話だ。
「あの」と何ともなし、手持ち無沙汰に宝井に話しかけた。
「あん?どうした?」
「えっと」
別に話しかけたのに理由はない。強いて言うなら、目を背けていたかったからかも知れない。
私達の世界が横たわる薄氷の、その薄さに。
「・・・あの、約束って」
「約束?」
「たまにボソって」
「うん?」
宝井は本当に心当たりがないかのように悩んで、しばらく経って「ああ」と答えた。
「ああ・・・あー、言っとくけど態とじゃないぞ?構ってちゃんで聞いて欲しくてとか、そう言うんじゃ・・・癖になってたんだよな」
毎日、鏡に向かって話しかけていた。宝井はそう語った。当たり前の話だが、自身の発した言葉の他に返ってくるものはない。
だが、地球に降り立って早々、目の前で息を引き取った男の亡骸を義体に加工し潜んだ男の家庭、それは家庭というには冷え込みんでいて、しかし、身を潜めるには都合が良くもあった。
「妻が、と言ってもこの身体のなんだけど、まあ、死にかけててな、末期癌だった」
仕事場はゴミ処理場の運転管理だった。遥か進んだ文明に育ち、外宇宙船を操り遥かな旅路を経てきた宝井にとっては難しい仕事ではなかった。言葉もそうだ。高度に規格化され、工業製品と言っても良い精度で生み出されるされる彼らは生まれながらに完成品だからだ。
「多分、俺らは召使いとか、元は誰かから使われる為に作られた生命体なんだろうな。じゃなきゃ・・・・・ああ、脱線したな。妻、妻だったよな」
恐る恐る病院に向かった宝井を迎えたのは、モルヒネでほとんど正気を失っていた妻、宝田法子の存在だった。
「ちゃんとしてって、そればっかでな」
適当に打っていた相槌が何に向けられていたかを知ったのは、その妻が亡くなった後だった。病状を書き記していたノート、そのページの一つに書かれていたのは、何というか、愚痴、だった。
非行少女の女が家に帰って来ない。自分はもうすぐ死ぬというのに、そもそも身体の具合が悪くなったくらいからそうだった。それもこれもあの人がしっかりしてないから、まったくもう、ちゃんとして欲しい。
「それで、どうしたんですか?」
「無理矢理連れ帰って、後はもう取っ組み合いの大喧嘩よ」
ちゃんとした訳さ、そう言って黙った。軽く言いはしたが、しかし、何度か顔すら合わせてる宝井の娘は小綺麗な、ありふれた女性に見えたし、二人が話しているのもごくありふれた親子に見えた。
そう簡単な道のりではなかった筈だ。
ちゃんとする、病人の譫言に適当についた相槌、ただそのためだけに何でそこまで出来るのだろう。
問われた宝井は少し寂しそうに笑いながら言った。
「言っただろ、多分俺達、そういう風に作られてんだ」
読んでいただきありがとうございます。
次回は5/1(金)21時30分更新予定です。




