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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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第4話 [2020/5/10 13:18][かすみの国際総合高等学校][1年A組教室][五年前]

[五年前][2020/5/10 13:18]


 遠くに何かが動く気配がした。像を結ばない視界は水の中であるかのように茫洋としていて、空から降りかかる光、恐らく蛍光灯のそれだけが私の気を引いていた。


「白石、それは何の挙手なんだ?」

「え?」


 教卓の前で呆れ顔の男が額を押さえて、でもチョーク塗れだった事をすっかり忘れてたものだから、少し慌てて叩いて払った。


「あ、くそ」

「す、すいません」


 古典の授業中みたいだった。


「ったく、理系のやつらもちゃんと聞いとけよ?国立は必要なんだから」


 意識が急速に賦活してゆく感覚。手元のノートを見れば蚯蚓がのたくった細い線と折れたシャーペンの芯が転がっていた。


 とく死なさせ給ひて、菩提かなへ給え。


 平安時代の恋愛至上主義メンヘラ女の恨み辛み、退屈という名の非生産性の暴力は精神をかんなにかけて私を眠りに落としていた。


 細い線の蚯蚓の先を追っていくと、メンヘラクソ女と丁寧な字で書かれていた。興が乗っていたらしい。三行くらいみっちり書き連ねられていて、それはそれで呪物のような怪しさを放っていた。


 消しゴムをかける。


 目が覚めようとも、しかし、友達でもない女の、思い人への怨嗟の言葉が急に面白くなるなんて事はありはしなかった。


 スマートフォンにメッセージの着信を告げる短い震え、親のお下がりのiPhoneをこっそり教科書の影に隠す。


 弟からのLINEだった。


『ブレイズの新弾買ってきて』

「・・・はいはい」


 ブレイズとは小学五年生になったばかりの弟のお気に入り、マスクドライダー・ブレイズノヴァ、終了したスーパー戦隊のニチアサ枠で放送していた特撮ヒーローの事だった。


 劇場版の最終回を経て数年経つが、今でもニッチな人気を誇り、トレーディングカードまで出ているらしい。


 天に座す星屑の輝きを見よ。ごっこ遊びの決め台詞に付き合わされたのも、今となっては可愛げのある思い出だ。


 ぽすっと頭上に何か落とされる。


「白石ぃ・・・」


 教科書を丸めた先生が私を睨んでいた。息を吸い込んで怒鳴りかけて、しかしそうはせず、疲れ切った溜め息を吐いて私のスマートフォンを取り上げた。


「放課後、職員室まで来るように」

「は、はい」

「覚悟しとけよ」


 捨て台詞を吐いて教卓に戻る先生の後ろ姿を見ながら、現実逃避をするように声に出さずに呟いた。


「おもちゃ屋さん、間に合うかな」


※※※


 ブランコが不安定なリズムで振れるのを眺めていた。


「ほっ・・・ほっ・・・ほぁた!」


 ジャージ姿の男がサーフィンみたいにブランコ乗りこなしていた。上機嫌に笑いながら、缶酎ハイのプルトップを開ける。


「店の前でリードで繋がれてたわけ、でもチワワ可哀想じゃん?だから、リード外してあげたらさ、そしたらどっか行ったわ、チワワ」


 ケラケラ笑う男に「はぁ」と態と気のない返事を返すも、男は上機嫌で今日やらかした武勇伝とやらを語った。


「どうなったんですか、そのチワワ」

「さあ?家帰ったんじゃね?車とかに轢かれてないと良いけどな」


 自分でやっておいて人事な様子で語るその男は件の店、コンビニで出会ったばかりだった。話に付き合ってるのが何故かというと、男が美味そうに飲む酎ハイはさっき私が買ってあげたもので、その代わりに手に入れたのがポケットに突っ込んだカードバックと、やはり、思い返してみても今一つ分からない関係性でしかなかった。


 空は茜色の残滓を残しつつも、ほとんど夜だった。


 町内放送を告げる電子音が鳴り響く。曰く、イトウシロウさん、八十五歳、灰色のマクレガーのスウェットで徘徊中、見つけた方はご連絡をとの事。


 遅れて夕焼け小焼けが流れ始める。


「すぐ死ぬ癖に、五月蝿い蝿だ」

「は?」

「尾崎放哉、知らない?まあ良いや、気をつけてお帰り」


 頭を下げて踵を返した。


 停めていた自転車に跨って漕ぎ始めると生温い風が頬を撫でる。


 すっかり遅くなってしまった。


 放課後のお説教は思いのほか短くて済んだ。三年生で警察のご厄介になった生徒が出たらしくて、緊急の職員会議でそれどころではなくなったからだ。


 疲れた顔の先生からスマートフォンを返され、自転車に跨り玩具屋に駆け込むも、既に件のカードパックは売り切れ。一縷の望みをかけてコンビニ、ポケカの横に置いてないかなと帰り道を片っ端から巡り出会ったのが先ほどの男だった。

 

 ジリジリと街灯がノイズを走らせていた。ちかっ、ちかっと寝起きの悪い点き方をする街灯。この辺りはいつもそうだ。


 一瞬照らされて、でもすぐに暗くなるのを繰り返す。かえって暗く感じる通りが、やがて乏しい光とそれが届かない空というグラデーションを成してゆく。


 静かだった。お決まりのカラスの鳴き声も聞こえてこない。


 いや、子供が泣いていた。


 泣きじゃくっていた。


「どうしたの?」


 そんな、生来親切だとか、優しい性質だとかいう訳ではない。ただ、今ではすっかり生意気になってしまった弟と重ねて見ていたからかも知れない。


 でも、その子供は答えなかった。どうしよう、


「迷子とかかな。お家の電話番号とか、分かる?」


 子供は泣いてばかりで答えない。どうしよう、


 こういう時、誰に相談したら、警察?110で良いんだっけ、


「お姉ちゃん」

「うん、何?」


 しかしもう、子供の姿はそこにはなかった。


 戸惑いの言葉を漏らす事もできなかった。古今東西、その手の不気味不可思議な話は枚挙にいとまがないが、いざ目の前にすると本当に何も、


 戸惑いすら抱く事もできなかった。

 カンッ、カンッ、何かが打ち鳴らされる甲高い音が響いた。


 火の用心〜、マッチ1本火事のもと〜


 子供の声が遠鳴りのように聞こえる。麻酔をかけられたかのように鈍くなっていた精神がほっと緩んでいた。


 早く、早く帰ろう。


 また、子供が泣いていた。


「・・・・・・・・」

「・・・お姉ちゃん」


 私はそれに答えずペダルを漕ぎ出していた。心臓は早鐘を打っていて、車輪の回転がとろくてもどかしい。手足がバラバラに動きそうになるのを必死で束ねるような、そんな焦燥感。


 特別な誰かになりたかった。女の子なら誰だってそうさ。心は皆んなプリンセス、ガラスの靴とカボチャの馬車と、それから王子様をいつだって待っている。


 でも、こんな特別、求めちゃいなかった。


 特別な何かが迎えにきたとして、それが王子様かどうかなんて分からない。


 拍子木が鳴っていた。


「お姉ちゃん」「お姉ちゃん?」「お姉〜ちゃん」「あは」「あははは」「お姉ちゃん、お姉ちゃん」「あははははは」


 毒林檎を持った老婆の方がまだマシだったかも知れない。


 滲んだ涙を瞼で落として、でもそれが行けなかった。ほとんど限界に近い速度を出していた自転車のハンドルが暴れる。怖気付いてブレーキを握ってしまったのが行けなかった。


 転けてそのまま気でも失えれば良かった。


 咄嗟についた手のひらは擦り切れ、痛いというよりも熱かった。


 拍子木が残りの時間を告げるように間隔を狭めてゆき、拍の狭間に笑い声が響く。


 笑い声と一緒にみしりと軋む音が聞こえ始める。みしみし、みしみしみし、見下す街灯の明かりがどんどん遠くなってゆくような気がして、見上げた。


「あはははははははははは」


 街灯だと思っていたものは、それは奇妙なまでに細い足で身体を支えた人影だった。色素を失った肌の先にはぼろぼろの子供服、明かりを灯していたのはその髑髏の虚ろな眼窩。


 ・・・ああ、


 見上げる目の端から涙が溢れる。拭う事すらその恐怖が許さない。人が何故神様に祈るのか、唐突に理解してしまった。逃げ場がなくなって、本当にどうしようもなくなって、そうしたらもう、神様に祈るくらいしかできないからだ。


 でも、私には祈るべき神様なんていやしなくて、だから、誰か、と祈った。


 拍子木は早鐘を打っていた。


 誰か、誰か助けて、


 お母さん・・・、


 チャ〜ララチャラチャチャ〜♩チャチャ♫チャ〜ラララチャラ〜♪


 スピーカー越しのひび割れた管弦楽、忙しない拍子木を邪魔する能天気なそれと一緒に低く唸るような、これは、バイクのエンジン音か、


 スロットルをせっかちに捻り、エンジン音を嘶かせながら、やがてそいつはあらわれた。


「ファイティング!ブルースカッ!!ゴーアヘッ!ブルースカッ!!」


 ふんぞり返るようにシートに身を預け、ハイハンドルから手をぶら下げるハーレースタイル。スカイブルーのライダースーツにブルースチールのボディアーマー、ミラーバイザーの同じ色のヘルメットからそいつは太い鉄パイプみたいな杖を街灯人間に向けた。


 轟音。煤煙を撒き散らして飛び出した何かが命中、子供服を吹き飛ばして臓物の雨を降らした。


 低すぎて聞こえない音叉みたいな音がして、すっと街頭人間が薄れて消えてゆく。


「くそ、一発でダメになりやがった」


 鉄パイプの杖を放り捨てる。先端が花弁のように裂けていた。遅れてやって来る濃密な黒色火薬の臭い、花火なんかとは比べ物にならないそれは恐らく銃だった。


「カマン、シグ!カマン!カマン!」


 古びた軽トラが遅れてやってくる。


「早いって、フライングじゃんよ」


 運転席から同じ意匠の、ガンメタルのヘルメットが身を乗り出していた。


「練習通りにやれよ、フォーメーション決めたのお前だろ?」

「仕方あるまい!時間がなかったのだ!」


 そう言ってヘルメット二人の視線が私に集まった。能天気な曲が終わってバイクに乗せていたスピーカーが全然違う曲を流し始める。ブルースチールはそれを慌てて元の曲に戻した。


 レミオロメンか、多分、普段から聞いてるのだろうな。


「・・・おい金田、この子」

「ステアーと呼べ!作戦行動中は!・・・街灯に化けた人もどきにやられかけてた」

「となると、もしかして・・・」

「ああ、要救助者だ」

「・・・おぉ」


 理解できない万感の思いを込めて拳を握るガンメタル、肩を揺らして、もしかして、泣いている?


「お、俺ら、マジでブルースカッドやってる・・・」


 謎の感涙に咽び泣くガンメタル、ブルースチールもその肩を抱いて私には理解不能な感動を分かち合っていた。見ればガンメタルの方は首から下はジャージで、足元も安っぽいクロックスのサンダル、ありふれた日常を感じる装いが余計に状況を理解不能にさせる。


「あれ、もしかして君は・・・」

「おい、今は先にこいつら片付けるぞ」

「・・・よしきた」


 そう言って荷台に置いてあったチェーンソーを抱えるとスターターを引いた。


「うおおおおおおおおっ!」「はあああああああああああっ!!」


 狂ったように雄叫びを上げて斬りかかる二人を、街頭人間は樹木のように立ち尽くして避けようとすらしない。しかし、そのけたたましく鳴り響く電動の刃を受けた瞬間、音にならないくらい低く、地鳴りのように空気を震わせた。


 そして、


「ッ・・・」

「こりゃ、強烈だなあ!」


 平衡感覚すら定かでなくなるほどの頭痛。ぐにゃりと景色が溶けて、走馬灯のように家族の顔が浮かんだ。


 虚ろな眼窩から血の涙を流して、何で、どうして、お前のせいだ、お前のせいだと責め立てる、死を選びたくなる程の絶望感。


「シグ!歌うぞ!」

「ああ!」


 二人はその能天気な曲に合わせて歌い始めた。


「「BLUE SCAD〜♫」」


 鉄の鼓動で 明日を起こせ


 TRUE DREAM 闇を越えて


 希望は命令じゃない 奪い返すもの


 BLUE SCAD 燃える青で


 世界の影を切り裂け


「「TRUE DREAM〜♫」」


 不思議なもので、


 本当に不思議なもので、目の前の光景はコスプレした気狂い二人が現実とは思えない化け物に、特撮ヒーローのオープニングを熱唱しながら吶喊しているに過ぎない。


 側から見たら自殺行為、正気の沙汰とは思えない。


 でも、本当に不思議なもので、その歌は私から恐怖を遠ざけてくれた。不思議なくらい、心が勇気で満ちた。


 その歌は曲が終わっても、続きでレミオロメンの粉雪が流れ始めたけれど、それに抵抗するように二人はがなりたてて、辺りの街灯人間を全て切り倒すまで続いた。


 やがて全ての街灯人間を切り倒したところであの悲鳴が止んだ。


「サイレンは遠く、夜明けは近いぜ!」


 ブルースチールのそいつはガラガラになった声で決め台詞らしきものを言うと、拳を握った両腕を脇の辺りで十時にした。


「TRUE DREAM!それが合言葉さ!」


読んでいただきありがとうございます。

次回は4/28(火)21時更新予定です。

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