第3話 [2025/4/20 17:17][その女、お嬢様にして3]
ユワラヤ屋の入っていた複合商業施設の裏手、数台停まって車列を成していた中のハイエースに転がり込んだ。
「遅れましたわ」
「遅い」
「だから遅れたと言いましたわ」
運転手の男は鼻を鳴らして車両を発進させた。
「お前、マジでその格好で学校行ってんのか。正気かよ」
「伊達や酔狂でお嬢様は務まりませんわ。私のは”コス”ではありませんのよ?」
お嬢様を極めるというのはそういうことだ。理想のお嬢様への道を前に己が正気かどうかなんて些末なこと、
再び鼻を鳴らした男は、しかし、それ以上憎まれ口を叩こうとはしなかった。フラットにされた後部座席はスモークに覆われ、薄っすら暗くて外界とを遮断していた。
後部座席の片隅に置かれたスーツケース、ゴツい錠前を開くと中から暗く分厚いツナギみたいなものを取り出した。
「・・・よし」
頬を叩く。お嬢様には似つかわしくないかも知れないが、それで良い。
今日はもう、お嬢様の時間は終わりだ。氷雨色の縦ロールのカツラを外して放るとドレスを手早く脱いだ。下着も全部脱いであらわになるお嬢様とは程遠い鋼の肉体、全身を覆う裂傷火傷銃傷手術痕、全てを黒のツナギで覆い隠してゆく。
さらにスーツケースから取り出す燻んだ銀色のプロテクター、同じ色のグローブにブーツを出して留め具を嵌めてゆく。
「お前がモタモタしてたせいで時間がない」
「県警のバカどもが先走ってしくじったからでしょ、この街でコンステルは私の専権事項だって言ったはずだ」
コンステル、人倫に背き、世に仇なす魔境の人外、私の敵だ。
私だけの敵だ。
首に赤いスカーフを巻いて素肌を隠す。残った最後のパーツ、装甲と同じ色を放つヘルメットは吊り上がった赤い双眸を備えていて、眉間からツノみたいな触角が二つ伸びていた。
「その格好もその格好で、正気とは思えねえな」
「・・・それは本当に、そうですね」
私の弟は仮面ライダーが好きだった。クウガにアギト、ファイズはあまり好みじゃなかったらしいが、付き合わされて観ていた私が一番好きだったのは龍騎だった。
そして何よりファースト、藤岡弘は素晴らしい。
「突っ込む!カウントするぞ!」
ヘルメットを嵌めた。首の裏側のスイッチを押し込む。
「5!」
暗いヘルメットの中が点灯して、生で見るのと遜色ない視界をモニターに映し出す。人間の限界の視界を超えて上下、左右の下部に死角を消したサブモニターが映った。
「4!」
パススルーになった聴覚に重なって、ノイズとともに無線の声が乗ってくる。
『おい!撃って来てるぞ、誰か、応援を!』
「3!」
混乱しているようだな。フロントガラスに向かってクラウチングスタートで構える。
「2!」
『ば、化け物だ、助けて、うわあああっ!』
男がドアを開いて外に転がり逃れてゆく。
けたたましく鳴り響く銃声、落ち終わりの間際に聞こえた獣声、咆声、
良いさ、相手になってやる。
全身を砕くような衝撃とともに、何かに激突したフロントが潰れながら迫りくる。やるべき事はさほど多くない。軸をぶらさないように気をつけながら、残骸となりつつあるフロントガラスに向かってジャンプする。ただそれだけ。
正気とは思えないカタパルトで打ち出された私はガラスを突き破って撒き散らしながら空を飛んだ。多分、雑居ビルの一階か何かに突っ込んだのだと思う。突き破ったガラスが一枚や二枚じゃなかった。
点描みたいになった景色を駆け抜け、正面に人影を捉えた。
直撃コース、計算通り。
泥濘に溶けた時の流れの中で急拡大しつつ解像度を上げてゆくその人影、雑に染められた金髪にジェイソンマスク、親の顔より見慣れたAKの銃口を蹲る誰かに向けていた。
現金輸送車でも襲ってそうな出で立ち、ギルティ、四捨五入で死刑。
加速度の勢いのまま、宙で身体を捻って体勢を整える。
体勢?何の?
決まってる。喰らえ、ライダー・・・、
「キックっ!!」
蹴り足の左から全身に突き抜ける衝撃。軋みを上げる身体、苦痛も恐怖に絶頂すら覚えそうな生を感じた。
さあ、ロックンロールだ。
「な、な、何だテメェ!」
目出し帽の男が私に拳銃を向けようとしていた。隠していてもわかるチンピラ感、手首を握り潰してそのまま隣で惚けるもう一人の男に向けさせた。
「ぐぁぁぁあっ」
「へ、え?」
引き金を引くと眉間に吸い込まれた弾丸は男の前頭葉をめちゃくちゃに撹拌して、飛び出すくらい目をひん剥いて倒れた。撃った、というか撃たせた男は銃声に驚きつつも痛みでそれどころじゃない様子で、だから永遠に止めてやる事にした。
その痛みを。首筋に手をかけて、しかし頸椎を破り砕く前に百八十度身体を入れ替える。複数、連続した発砲音、全て中口径の拳銃弾。ならばあまり警戒する必要もなかったか。
「な、何なんだ、お前!」
「コイツらがどうなっで良いのか!」
傍に銃を向ける目出し帽、その銃口の先にはへたり込む誰かが複数人、点描だと思っていた景色の一部は人質だという訳か、しかし私は「好きにしろ」と言い放って近場にあった事務机を抱え、持ち上げ投げた。
このスーツを着るといつもそうだ。丈夫さだけが取り柄のライダースーツ、でもこれを着てる間は心臓が早鐘を打って全身に無限に等しい力を送り込み続ける。
本当に何の力もないスーツ、でも、今は私は、お姉ちゃんはライダーだから、
投擲に巻き込まれた人影がピンボールみたいに吹き飛び、
「ふふ、ははは、っはっはっはっは・・・」
低く喉で鳴らすような笑い声がフロアに響き渡った。
「相変わらずなザマじゃあないか、ええ?ライダー」
倒れ伏した人影の一つが、ぬらあと立ち上がる。つば広の帽子を頭に乗せて、簾のような髪の狭間からうろのような瞳を私に向けていた。
さっきとは別人、しかしそいつを私は知っていた。
「・・・コンステル」
「ライダー・・・ノヴァ・・・っはっはっはっは!」
哄笑が響き渡る、
「トゥルースを随分殺してくれたそうじゃないか、模造劣化の消耗品とは言え、仇は討ってやらねばならない」
「・・・何が真実だ。ただの化け物だろ」
「いいや、真実さ!見ろ!」
手近にいた人質の男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「や、やめてくれ!」
「空洞化させた自我は、肉体に本性を映し出す」
六角形のメダルのようなものを摘んで、掴み上げた男の額にあてがおうとしていた。
させるか、
障害物がなかったとしてもなお、一足一刀とは言えない数メートルの間合いを一息に潰す。
ライダーキック、帽子の男の顔面を捉えた前蹴りは、頸椎を後ろ九十度に折り曲げつつ吹き飛ばしたが、私の目が追っていたのは直前に指で弾いた六角形のメダルだった。
人質の女がすくっと立ち上がって、縛られたままの手でキャッチする。
「え?」
何故そんな、自身でも理解できない戸惑いを浮かべ次の誰かへパス、その誰かも同じ様子でコインを投げて、それが何度も何度も何度も、繰り返されてゆく。
助けた男が「ありがとう、ありがとう」と縋りついてくるのを蹴ってどかしつつ言った。
「思ったより必死になってくれてるようで嬉しいよ」
「あはは」「あは」「あははは」
メダルを受け取った女が、男が、順番に笑い声を上げてゆく。
「そりゃあそうさ」「あははは」
「たった一つ」「たった一つの」
「大事な」「大事な」
「命だもんなぁ」
ォォォォ・・・、
低く鳴動する空気、人質達が、横たわるチンピラ達も、助けた男すらも口を大きく開いて低く、低く喉を鳴らしていた。
何が”たった一つの命”だ。
乗せられるな、いつもの手だ。
「エキストラが豪勢だなぁ、おい」
オオオオオオ・・・、
コンステルは、こいつらは私の敵だ。私だけの敵だ。人の命をなんとも思っていない、どころか自身の命すら複製を繰り返して永遠に近しい、あるいは消費可能な紙切れ同然にしか見ていない。
こいつらに、みっともなく命乞いをさせるのが私の夢だった。
オオオオオオオオオッ・・・、
「そのメダルがお前の命か、随分と安っぽい命だな」
乗せられるなよ、私はヒーローなのだから、怒りのままに誰かを傷つけたいと思ってしまったら、それは正義では・・・、
・・・正義か、ははは、私は馬鹿かよ、マジで自分がヒーローだとでも思ってたのか?
急に可笑しくなってきて、その行いすらも、だから、笑う事にした。
ふは、ふふふ、はっはっはっは・・・、
「あっはっはっはっ」
自然に笑えた。
オ゛オオオオオオオオッ・・・、
「私が、全部叩き割ってやるよ」
そんなものを、たった一つの命と呼ばねばならないなんて不幸でしかあり得ない。でも、だからこそ、惜しむべきじゃあないんだ。
だって、支払って、何も手に入らないのだとしたら、
あまりにもチープだ。
「スポ少の参加賞かよ」
メダルをパスする手が一瞬止まる。
「なに、全部弁償してやるよ、百円くらいで良いか?」
パスは続く、ああ、そうだ、
「その百円に命だが何だか移せよ、できるなら、ああ、できるだろ?何せ百円で賄える命だ」
ゴミみたいな命だ。いや、ゴミ袋を買うにも金がかかるから、でも、流石に命につける値段として百円は流石に安すぎるか?サラリーマンの生涯年収は二億から三億だと聞いたことがある。
だが、まあ、良いか、こいつらが人に与えられるものなんて死の恐怖と悲しみばかり、労働と納税をする人達とは同じ地平にすら立てないだろうから、
まあ、良いか、
「まともな金の稼ぎ方覚えたら千円に増額してやるよ」
かんっとメダルが中途半端な位置で落ちる。音程の不揃いな合唱が止む。唐突に訪れる無音の静寂、それを私はさざなみ程度の戸惑いとともに眺めていた。
なんだ、まさか、怒ったのか?
会話の整理しない怪物に、聞かせるつもりのない恨みつらみを口にしているつもりだったが、まさか、本当に?
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛・・・、
再び始まった大合唱には狂瀾怒濤、何か琴線のようなものに爪弾かれた不安定さがあった。
「・・・はは」
可笑しくって目の端に涙が浮かんだ。
叫び声を上げていた彼らが一斉にコインに殺到する。骨と肉がぶつかりあい潰れる音が響いた。それだけじゃない。生木が割れた音と肉が蠢く湿った音の間に聞こえてくるのは咀嚼音、彼らは互いに互いを食い合っていた。
やがて薄ピンクの巨大な肉団子と化した。
内側から光が明滅し、それは胎動というには忙しない勢いで強まってゆ木、ボコォッ、そんな水っぽい音を響かせて風船みたいに膨れた。急速に拡大する肉の表面積が雪崩のように迫った。
一心不乱に駆け出した。なりふり構わぬ逃げの一手、外に飛び出すと四車線の向かい側、警察車両が遠巻きに囲んでいた。
ボンヤリしやがって、カカシかテメェら、
「逃げろ!」
死んじまうぞ、背後で爆発が起こって続きの警告を発する暇は与えられない。吹き飛ばされつつも、何とか体勢を整えて振り返る。
オ゛ッ、オ゛ッ、オ゛ッ、オ゛ッ・・・、
まるで笑っているよな、低すぎてそうとはわからない咆哮、およそ六階建のビルの屋上が弾けて、灰まみれの疎らに禿げた頭蓋と、うろのような洞穴を晒す眼窩が姿をあらわす。
ふしくれだった白い腕が外壁を突き破り、殻を破る雛のように纏わりつく建造物を振り払って、その姿の全貌を晒す。
体高三十メートルには及ぼうかという白亜の巨人、痩せ細った手足に反して胴体はぶくぶくと肥え太り、小さな頭部は顔の半分を埋め尽くす乱杭歯が並ぶ口、虚ろな眼窩にぽぉっと鬼火が宿り、辺りを睥睨しつつあの笑い声を上げた。
粘ついた笑い声だった。
「う、撃て、撃てええ!!」
パンパンパン、クラッカーみたいな音でニューナンブの音が響く。四本腕はそれを煩わしそうに、ちっとも可愛くない猫みたいな唸り声を上げるとそれに向けて地団駄を踏んだ。
私は強い。今ならタイソンやアリも真正面から殴り倒せるし、ウサイン・ボルトよりも速く走れる。
きっと、多分、でもこれは、
ウォッ、ウォッ、ウォッ、ウォッ・・・、
人類という枠組みでは抗いようのない絶対的な破壊、暴力。恐怖はもはや超えて、それは津波や巨大な積乱雲を前にしたかのような圧を放っていた。
私にだって恐怖はあった。人の痛みも悲しみも、自身のそれに置き換える事だってできるが、それでも、
仮面の奥で薄く笑った。ヒーローが誰にも見せない、一番キツい時に浮かべるひっそりとした微笑み。
鬼火が宿る眼窩を目指して拳を突き上げる。
そうしていると本当に勇気が湧いてくるんだ。
「あなた、図が高いですわ」
おっといけない、今はお嬢様の時間じゃなかった。
恐怖を感じる必要はない。友人恋人、家族の走馬灯を抱く必要もない。そんなもの、目の前で手を広げ遮る何もかも、障害を打ち払うには至らない。
なら何が、何が助けてくれるのか、
私の道を開いてくれるのか、
私はそれを知っている。
「拳、ですわ」
さあ、行きますわよ、
読んでいただきありがとうございます。
次回は4/27(月)21時更新予定です。




