第22話 [2023/3/XX XX:XX][二年前7]
「本当に一人で大丈夫か?」
伽藍堂の国道沿い、ミニバンの運転席から顔を出したシグに頷く。
「お嬢様だからって甘く見られたら困りますわ」
おほほほほ、手の甲に口をあてて笑う私に少し呆れたように肩を竦めた。
「まあ、何かあったら言えよ。連絡とる手段なんてこの世界にはないけどよ」
雑に手をひらひら振るとミニバンはゆっくり進んで去って行った。
姿が見えなくなるまでそれを見送った。
「・・・・・よしっ」
頬を張った。お嬢様らしくない振る舞い、
でも、敢えてそうした。
通りに戻って目星をつけておいた、キーがついたままの軽自動車に乗り込んだ。エンジンをかける。ガソリンにはまだ余裕があった。
私にも、まだ余裕があるような気がしてきた。
縁石や止まったままの対向車に擦りながら、途中のスーパーで水と食料を、アウトドア用品店でシェラフなど、役に立ちそうなものを片っ端から拝借して後部座席に突っ込んで行った。
窃盗も無免許も、取り締まる警察はここには居ない。
銃砲店にも押し入っては見たが種類が多すぎて、結局、ディスプレイされていたものと同じ散弾銃と弾を持っていくくらいしかできなかった。
これで銃刀法違反も追加、しかし今更だ。
白い男との邂逅から数日、絶望に似た動揺を隠しながらただ生きるだけの日々を送ってゆく中で、ずっと考えていた。
私はもう、自分が生きてようが死んでようがどうでも良かったのに、それを知っているであろうあの男が契約だの、取引だのを持ちかける理由は何だろう。
思い出せ、とあの男はそう言っていた。
希望も絶望も周りには見せてはいけない。そう思ったから、何かある、かも知れない、そんなあやふやな感触を頼りに故郷に、かすみの国際のあの街に向かうとシグに告げた。
ミニバンを走らせながら考えていた。だから車体を何度も擦ったり、ぶつけたりしている内に、ふと、思った。
そうだ、バイクに乗らなきゃ、あの子を迎えに行くなら・・・、
「ッ・・・」
急ブレーキを踏んだ。
なんでバイク・・・ああ、ブレイズだからか、マスクドライダーと言ったらバイク・・・それよりも、迎えに行く?
あの子を、孝也を・・・・・どうやって・・・、
『彼らは記憶の保全がある限り、それを殺人とは認めない』
「・・・あ」
『恐れる必要はないよ、君は記録となり、永遠に存在し続けるのだから』
・・・・・・・・、
・・・・・・、
・・・ッ、
あるんじゃないか?孝也の記憶、保存されたバックアップが、この世界のどこかに、居るんじゃないか?
ここは死後の世界と大差ないが、しかしあのコイン、セルメタルがあれば、もしかしたら・・・、
私の中にもあるそれが、もしかしたら、
「・・・コア・ポゼッション」
目の奥が鮮烈な光を放った。額に指先を当てて『来い』と念じると、一瞬の間を置いて硬い感触が指を押し返した。
鼻先にコインが落ちて、
「お、うお・・・」
危うく取り落としかけるのを拾う。
「ほ、本当に・・・」
本当に、出てきた。
「・・・・・・・」
もしかしたら・・・本当に・・・、
鼻を啜る。目頭を袖で、まだ、涙は出ていなかった。まだ早い、希望というにはどうしようもないくらい儚くて、不確かで、でも、進みかけていた足を止めない理由にはなる。
それに、どうしようもないくらい残酷な目に遭わせてしまった。正気であれば、自ら死を望みたくなるほどの。
それでも、そうだとしても・・・、
「・・・生きてさえ、いてくれれば」
居ても立っても居られなくて、カーステレオを弄った。ラジオもかからないし、ネットも繋がらなかった。
無性に何か、音楽を聴きたかった。何でも良い訳ではなかった。
「・・・守りたいものを、守るため・・・」
あんなに二人で繰り返し観たのに、うろ覚えの歌詞を思い出しながら口ずさむ。
傷だらけに、なったとしても、
・・・涙の軌跡を・・・誇りに変えて、だったっけ?
後は、確か・・・立ち上がれ、そう、立ち上がれ、だった。
何度でも、何度でも、何度でも、
何度でも、立ち上がれ、
「燃えろ、ブレイズ」
紅蓮の心で闇をぶち抜け、
「ッ・・・」
心臓がばくんと弾んだ。飲み込んだ唾が熱い劇薬になって血流を巡ってゆく。全身の生毛が逆立つ、そんな感覚・・・、
・・・いや、違う、これは、
これは、そう、”点火”だ。何かに火が点いたんだ。
アクセルを踏んだ。向かう先が正しいかなんて分からない。
でも、あの街には”奴”が居る。
“点火”した炎が口から出て、その隙間を、喉と肺を、そして魂を震わせた。
「おおお・・・」
滲んだ涙を拭って、メーターを見たら百キロを越えていた。不味い、事故でもしたら、そう思ってブレーキに足をかけ・・・、
対向車線から迫り来る車に急ブレーキをかけた。
「え」
白いセダンが私を追い越してゆく。すぐ真ん前を、振り返るとトラックがすぐそこまで迫っていて、思わず目を瞑るも激突の衝撃がやって来る事はなかった。
違う車、今度はタクシーが迫って来るが通り抜けて行く。
すぐ側を自転車が追い越して行った。
「・・・・・やっぱり」
一つ、仮説があった。この世界であてどなく彷徨っていると、時折り人と出会ったり、こうしてこことは違う、現実世界の景色を見る事があった。北に向かう程、この手の”人気”は多くて、こちらを認識して、つまり、私と”同じ”人達と出会う機会も多かった。
白い男は、セルメタルは思考する地形を創造すると言っていた。その地形がこの世界で、思考が私の記憶から来るものならば、
この世界で、私が私に辿り着いたならば、その時は、
進もうとして、できなかった。影絵みたいに私らを放っておいて歩みを止めない世界の景色、前方の道を、ワンボックスが横に停まって塞いでいる。
あれは・・・、
シグ達の車だ。運転席にガンメタルの人影、外に出てこっちに歩いて来る。
「・・・・・・・」
助手席に転がしてあった散弾銃を手に外に出た。
近づいてゆく。おお、と手を挙げるシグ。
「物騒だなぁ」
「・・・まあ、クリーナーに襲われたら焼け石に水ですけどね」
「大丈夫だろ、この辺は居なかった筈だ」
何故そんな事を知っている?この辺りに来た事があるのか?
いや、そんな事よりも、
「シグは何でここに?」
「まだるっこしいのはやめよう、セルメタルを手に入れたよね?それ、譲ってほしいんだ」
何故それを、という意外さはなかった。
何故なら、
「・・・翔子さんの為ですか?」
「・・・・・やはり、バレていたんだな」
ヘルメットを脱いだ。あらわれたのは薄暗い白銀の、グレイの顔だった。
・・・・・・・ああ、
・・・ああ・・、
ああ・・・、
「・・・信じたくはなかったですけどね」
「何故?」
宝井はきょとんと首を傾けた。
・・・ああ、
それすらも分からないのか、やはり、宇宙人は、
「・・・宇宙人という事、ですかね」
「言っている意味が分からんが」
空から落ちてきた何かが砂埃を舞い上げた。
細っそりとした、白銀の騎士みたいな人影が片膝をついて、その赤く染まった悪魔みたいな鉤爪をシグの前で仰向けにして広げた。
「セルメタルを渡してくれ。あの子に必要なんだ」
悪魔の手のひらに乗る。ゆったりと持ち上がり、一段高いところから私を見下ろす。
巨人の兜が嘴のように開き、頭蓋の内側を晒した。
「お断りです」
「・・・そうか」
そう言って飛び込んだ宝井の姿を飲み込み嘴が閉じる。ヘルムのスリットから覗く双眸に光が灯った。
『なら死んでくれ。死んでくれれば許可は不要となる』
赤い鉤爪が掴もうと迫る。後ろに跳んでそれを避けながら猟銃を向けた。引き金を引いた。無数の鉛玉が装甲に弾かれ散った。
全然ダメ、スラッグってやつを試すか?
『無駄な事をしないでくれ。そうすれば楽に・・・』
逃げるしかないな、車は、捨てて行くしかないか、
『弟さんみたいに脳みそくり抜かれたくないだろう?』
今さら動揺はない、ないが、しかし、
それを知っているという事は、
「・・・あの男と繋がってますね」
『誤解するなよ、コンステルのセルメタルは六個セット、残った一つに記憶が流れてくるってだけで、話がついたというのもちゃんと嘘だ』
心臓が跳ねてゆく。どっどっどっ、何がセルメタルだ。記憶を保存すれば殺人にならないって?
ふざけんな、この現実かも定かではない世界でもなお、泣き、笑い、痛みを刻むのは肉の身体じゃないか、
ふざけんな、
『だから、なあ、頼むよ、死んでくれないか?』
「ふざけんな」
外部スピーカーに溜息の気配が微かに響く。
『・・・じゃあ、俺がそうするしかないか』
鉤爪に赤黒い輝きが灯る。視線は残したまま、踵を返して駆け出した。宝井は『おいおい』と呆れたように半歩前に進んだ。
ほとんど路地裏と言っても良い狭さの通りに駆け込んだ。居酒屋にスナック、パチンコ屋が並ぶ通り、宝井は遮る物を薙ぎ倒しながら追いかけてきていた。
現実に干渉できる、とするならば、
通りを出た瞬間、信号を待っていたバイクに乗った男に蹴りを入れる。
「な、何しゃがんだテメェ!」
転んでアスファルトに手をついたまま動き出して、しかし私の姿を見失ったのか、「え?」と視線を左右に振った。
バイクに跨ってアクセルを捻る。
「借りてくよ」
「あ、待って」
バイクは好きだ。風になれるから、それにライダーはバイクに乗ってこそだし、でも、ああ、最近買った新車のカワサキ、W800、まだ、ろくに乗れてないのに基地に置きっぱなしだ。
きっと、燃えてしまったのだろうな。
後方からドンっ、ドンっ、ドンっと地響きとともに駆けてくる気配、
『無駄なんだから、辞めようぜ、こういうの、なあ?』
どうする?どうする?どうする?
大目標は現実世界への復帰だ。あの男、セルメタルの簒奪者達からそれを取り戻し、魂を地獄の釜の底に叩きつけてやる。
でも今は、兎にも角にも今、追われてるこの状況をどうにかせねば、
手近な誰かにオーバーライトするか?
下手したら人一人を殺すハメになるが、知ったことか、しかし、それで逃げ切れるとは限らないし、それに回数制限があるかも知れない。
少なくとも弟の孝也を助け出すまで、あと六つか七つはセルメタルを集めねばならない。
長期戦だ。
打てる手は?打てる手は?打てる手は?
『頼むよ、俺だって知り合い殺したくなんかねえよ』
だから自分から死んでくれって?ふざけんな、
全開にしていたスロットルと小刻みに戻しながら、左のつま先でシフトペダルを掻き上げてゆく。上がってゆくギアの合間に、エンジンがもどかしげに嘶いた。
分かってる、分かってるさ、だから、もう少し待てよ、
ギアが一番上まで入った。さあ、
「フルスロットルで行こうか!」
シルクのグローブに包まれていた細腕に火花が散って、白銀のごついグローブが手を覆ってゆく。火花は枯れ木に燃え広がるように全身に広がってゆき、やがて、私の全てを”ライダー”に塗り変えてゆく、
『くそ、厄介だな』
この姿でもあのロボットには敵わない、が、ちょこまかと這い回る羽虫としての煩わしさは増したのだろう。
しかし、このままではやはり、あの時と同じようにジリ貧だ。
打てる手は?次の手は、何か弱点とかないのか、
弱点・・・・・、
「・・・・・・・・・」
頭をよぎったアイデア、およそ”ヒーロー”とは程遠いが、しかし、同じ苦しみを味わわせてやりたいという昏い気持ちすらあった。
どの道、他に手はない。車体を横滑りに倒しながら、百八十度回頭、忙しなくシフトペタルを掻き上げながら、再びトップスピードに乗った。
屈んで捕まえようとする巨人の股を抜けた。
『ちょこまかと・・・ッ・・・待て!!』
気づいたか、しかし、もう遅い、
戦いというのは拮抗した瞬間から、後はどこまでやるかの覚悟の勝負になる。私はあの巨人には敵わないが、でも、宝井もまた雑な手段で私を殺す訳にはいかない。
セルメタルを奪わねばならないからだ。
『待て・・・このっ、翔子に手を出すんじゃねえ!』
景色が溶け出した点描になって左右に流れてゆく、
背後からチリチリと空気の焼ける音と熱波の気配、来るか、
バイクをドリフトさせるように横倒しにしながら、そのまま倒れ転がってしまおうとするのを、ブーツの踵をアスファルトで削りながら、進行方向を三十度、強引に変える。
赤黒い光の槍が貫いた隣を駆け抜けてゆく。
『待て、行くな!待て!』
待つものかよ、
それに、もう遅い、宝井達のワンボックスはすぐそこまで迫っていた。中に小さな人影、あれだ。見つけた。
あともう少し、しかし、ワンボックスが動き始める。
小さな女の子一人しか乗っていない筈なのに、
『逃げてくれ、翔子!その悪魔から!』
悪魔で結構、驟雨の如く降り注ぐ赤い雷を避けながら、弾けて飛んだアスファルトの塊を掴んだ。
投擲、リアウィンドウを粉砕した塊はフロントのそれにヒビを入れて中に落ちた。
タイヤを狙うべきか、行手を遮ろうとする雷の間を抜けながら野球ボール大の塊を掴み、再び投擲、
右の後輪を狙ったそれは、その目前まで迫り、しかし雷に落とされる。
が、その迎撃はあまりにも近すぎた。
バーストした後輪が車体を揺らし、そのままワンボックスは横倒しになって転がり滑った。
バイクを横に滑らせ強引に減速しながら乗り捨てる。ひび割れて中の見えないフロントガラスに身体ごと拳を叩きつけた。
額から血を流し、気を失う少女を車外に引き摺り出して叫んだ。
「撃てるものなら撃ってみろ!お前の娘も道づれにしてやる!」
『や、辞めてくれ、その子は関係ないだろ!?』
孝也だって関係はなかった。
全ては私の愚かさが招いた事だったんだ。
「関係があるかは私が決める。抵抗するな!降りて来い!娘を殺すぞ!」
『・・・・・』
「運びやすくしてやっても良いんだ!」
後ろから首を絞めながら、引っこ抜くように腕を引いた。肩の骨が外れて、服がみしみしと音をたてた。
少女は気を失ったままだった。
『わ、わかった、待ってくれ、今、降りる』
頭部の嘴みたいなハッチが開いて、溢れるようにガンメタルの人影が落ちてくる。着地に失敗して転び、右足が膝から逆方向に折れ曲がっていた。
「そのスーツも脱げ、中身がお前だと思うと反吐が出る」
「・・・分かった、今、脱ぐ」
プロテクターとツナギを脱いで、中からグレイ型の宇宙人が姿をあらわした。
「さあ、脱いだぞ、翔子を放してくれ」
私は動かなかった。
「這いつくばって手を上げろ。そのデカブツを遠くにやれ」
宝井もまた動かなかった。
場が凍ったように動かなくなり、しかし、ちりちりと焦げ臭い緊張感だけが漂ってゆく。
言葉はなかった。
がくりと少女の首が傾いて、宝井の気が逸れる。今しかない、少女を投げ捨てて一気に距離を詰めた。
「おおおおおおおおっ!」
「ッ、くそ、行け!」
やはり動き始めた巨人の腕をかい潜り、タックルで地面に引き倒した。首に手をかけるが、しかし、ぶよっとした、およそ生物とは思えない感触が返ってきた。
「やれ!この悪魔を排除しろ!」
首を絞められてもなお、平然と叫んだ。
鉤爪の影に覆われ、視界が真っ暗に染まった。ずるり、ずるりと手元から逃げてゆく感覚を無我夢中で掴んでいた。
ふざけるな、逃げるな卑怯者、
「くそ、放せっ・・・」
気を失っていたのだ。
・・・逃すかよ、
私も、ここで負ける訳にはいかないんだ。
「・・・おお、おおおおおおおっ・・・」
首を掴んだまま、渾身の力で割れたアスファルトに膝を立てた。腹を、腰も脚も、全ての筋繊維を引き絞るよう固めて背で少しずつ巨人の手のひらを押し返してゆく。
私はヒーローだ。ヒーローならできる筈だ。
子供を人質に取ろうなんて、ヒーローと言えないかも知れないけれど、構うものか、私は孝也だけのヒーローだ。
でも、もう・・・、
孝也はもう・・・、
・・・居ない。
「ぐっ・・・」
「ははは、そのまま潰れちまえよ!」
力が抜けかける。ヘルメットが割れて落ちる。
孝也はもう、居ないんだ。あんな酷い終わりを遂げさせてしまった。
全部、私が悪いんだ。私のせいで、孝也は・・・、
私のせい・・・?
・・・・・、
「おおお、あああああああっ!!」
ふざけるな、
宝井の皮を引き千切った。内側から色のない透明の血肉を噴き出して、赤く輝く球体が転がった。
「んな訳っ、ねえだろうがよおおおおおっ!」
球体を踏み砕いた。
読んでいただきありがとうございます。
次回は5/15(金)21時30分更新予定です。




