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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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第21話 [2023/3/21 XX:XX][白石 孝也][二年前6]

[2023/3/21 12:27][白石 孝也]


 僕の家族はすっかりおかしくなってしまった。


「今日どうする?」


 薄暗くなったグランドで誰かが言った。白かったはずの練習用のユニフォームも、薄汚れて落ちた日の陰に隠れてしまいそうだった。野球部の先輩と仲間達は「う〜ん」と悩んだ様子を見せて、一人が「今日は辞めとくわ」と言った。


「小遣いやべえんだわ」

「俺も、塾遅れたらマジで殺される」


 練習帰りの細やかな宴、近くのコンビニの裏手で繰り広げられるそれは安いアイスを買ったり、ジュースを回し飲みしたりと本当にささやかなもの。


 学校からは表向き禁止されているから、その背徳感もまた楽しみの一つではあった。


 しかし、一人、二人と欠席者が出ると意気は萎むもの、じゃあ、また今度で良いかと三々五々に帰路に着き始める。


 じゃあ、また明日、そう言って一人、自転車を漕ぎ始めた。


 家族がおかしくなってしまったと思うのはこういう瞬間だ。


「ああ、疲れた」


 一人で居ると知らぬ間に時間が流れている時がある。野球の練習をしている時とかもそうだ。無心に走ったり、バットを振り続けたり、後に残っているのは心地の良い疲労感だけだった。


 練習の時だけかとも思ったが、一人で慣れた事をしている時は大抵がそうだと自覚したのはかなり最近になってだった。


 だってほら、気がついたら塀に囲まれた団地みたいな我が家に着いて、風呂に入ってご飯を食べて、


 何もかもがオートメーション、偶に「あ」と我に返ると何かをしている途中だったりする。


 哲学的ゾンビなんてどこかで聞き齧った言葉が頭の中に浮かぶ。もしかしたら人って、一人になるとそうなのかも知れないな、そんな事を考えてる内に宿題して寝床に入っていて部屋が暗くなっていた。


 姉ちゃん、早く帰って来ないかな、


 眠りに落ちていたと自覚したのは、その浅い眠りがサイレンに邪魔されてからだった。


「な、なんだ」


 戸惑いながらも財布を突っ込んだままのリュックを担いで外に出た。


 パパッ・・・パパッ・・・パパパッ・・・、


 散発的に響く花火みたいな音、しかし、それは吐いた息を凍らせるような冷たさがあった。


 火の手が上がっていた。


 階段を駆け降りる。施設内の通りに出た。


「早く行け!外にトラック停めてあっから!」


 怒鳴っているその男が、社宅の管理人をしている彼だとすぐには気がつかなかった。いつもニコニコしていて、箒を片手に行ってらっしゃいとか、おかえりとか言ってくれる彼は見たことないくらい切迫詰まった顔で指差した方と反対を睨んでいた。


 銃だ。映画でしか見た事のないそれを構え、引き金に指をかける。


 銃口の向かう先には炎を纏う影、影としか言い様のない人影が逃げようとする誰かを捕まえ、抱き締める。


「ぎぃっ、あっ、熱いっ、熱いいいいいいっ」

「くそっ!行けっ!さっさと行っちまえっ!」


 僕は逃げ出した。言われるがままに、走るのなんて大の得意だったはずなのに、もつれて、立ち向かう勇気なんてよぎりすらもしなかった。


 燃えろ輝け超新星、終わりを告げる残光よ、


 子供の頃から好きだった変身ヒーローのフレーズだけが頭をよぎった。何で叫ぶんだよ、馬鹿馬鹿しいと思っていたけれど、唐突に理解してしまった。


 怖いからだ。叫ばないと、立ち向かう勇気すら湧かない。


 切られた金網の穴を潜った時、初めてそうやって僕以外にも逃げている人達が居るのに気づいた。


「あなた達が乗ったらさっさと出すように伝えて」


 そう言って金網の前の土嚢に銃を乗せていたのはエプロンを着けた食堂のおばさんだった。いつも食べ盛りなんだからって、勝手にご飯大盛りしてくるおばさんだった。


 僕は太りやすいのに、厚かましくて少し苦手だったそのおばさんは、それ以上何も言わず、ただ銃口を向けた先を睨んでいた。


 僕は、僕達は逃げ出した。


 後ろで銃声が聞こえてくる。その音から逃げ出すように路肩に停まったトラックの車列を目指した。


 数十メートル、たったそれだけの距離が永遠のように長く感じた。


 姉ちゃん、


 初めて人の心配が頭をよぎったのかと思った。


 でも、違った。


 姉ちゃん、やっぱ怖えよ、


 車列が光に包まれ爆ぜた。吹き飛ばされて気を失っていたのだと気がついたのは、アスファルトの上で痛みに呻きながら身体を起こしてからだった。


 影に囲まれていた。


「見つけた」


 つば広の帽子を被った影、影としか言いようのない人影がそう言った。


「見つけた」「見つけた」「見つけた」「見つけた」「見つけた」「見つけた」「彼がそうか?」「どうするつもりだ?」「知らん」「プライマリーの指示だ」「知らん」


「本人に見せるつもりなのだろう」

「悪趣味、かも知れんなぁ」

「オーバーライトするのか?」


 いや、と一人、前に出る。その手には赤く光る球体が乗せられていた。


「スロットの空きが少ない。シェルノードに差し替える」


 赤い球体がふわりと浮いた。透明な液体が湧き出て、それは地面に落ちずに球体に纏わりついて、波打つ外殻を形成した。


 透明なイルカみたいだった。嘴があって鰭があって、でも目はなかった。


 姉ちゃん、


 細長い腕が蜘蛛のように生えて、僕の肩を腕を、足を、頭を押さえた。


 そのうち一つが刃のように鋭く尖り、震えて甲高い音を撒き散らす。


 ィィィィィッ・・・、


 姉ちゃん、


「恐れる必要はないよ、君は記録となり、永遠に存在し続けるのだから」


 怖いよ、姉ちゃん、


※※※


 高周波の刃が頭蓋骨を削る音がした。


『痛いっ・・・嫌だっ、姉ちゃん・・・ああっ・・・あぁ・・・ぁ・・・』

「あははは、頑張れ、あともうちょっとだ、ほら、お姉ちゃんも応援してやらなきゃ」


 ラップトップの画面越しに額から下を血みどろにする孝也を見て、私は笑っていた。あははは、あははは、あ〜あ、可笑しい、可笑しい、


 ほとんど顔は赤く染まっていて表情は分からない。でも、血の流れから歪めて歪めて皺だらけで、多分、見えたとしてもその表情に名前なんてつけられなかっただろう。


 あははは、はははははは、見せろよ、もっと見せろよ、笑いたいんだ、あははは・・・、


 愉快さと裏腹に身体の芯が冷えてゆく。


 自身の笑い声に合わせて、鼓動が暴れ狂ってゆく。


 面白すぎて気が狂いそうだった。


 苦しい、もっと落ち着いて、楽しもうぜ、


 画面の中で透明の手が孝也の髪を乱暴に引いた。何かを引きちぎる音とともに、ぶらりとその指先で頭蓋骨の上半分が浮いた。


『ぁ・・・』


 孝也は目を見開いていた。血の浮いた薄ピンクの脳を晒しながら、私を見ていた。


 透明のイルカは形を変えて切り開かれた頭部全体を覆った。クラゲみたいだった。


 脳が浮力に浮かされたようにぐっと上に持ち上がってゆく。


『ぁ・・・あが・・・あ・・・』


 ぐるんと白目を剥いてゆく。


 ぶつりとクラゲの中に脳が浮かんで、すぐに外に吐き出されてアスファルトの上で潰れた。クラゲはぎゅるぎゅると身体の中に入り込みながら容積を小さくしてゆき、やがて頭蓋骨の蓋を閉じた。


 ぐるぐると左右バラバラに眼球を動かしながら、両手で帽子みたいに位置を調整する。


 私は笑いながらそれを見ていた。


 可笑しく過ぎて、心臓が暴れ狂って苦しい、


 あははは、あははは、


 面白くって、網膜が映す光景が白みながら周囲の黒を狭めてゆく、


 あはは・・・、


 音が遠くなり、やがて視界が、意識すらも真っ白に染まってゆく中で、猛烈な吐き気を感じて私は床に吐瀉物をぶち撒けていた。


「見てきたようだな」


 白い男が私を見下ろしていた。


「ここは・・・ぐ・・・」


 また吐いた。何もかも我慢ができなかった。心臓が暴れ狂い、全身の穴から液体が噴き出してゆくかのように涙と鼻水を、鼻水かと思ったら、これは血か、


 どうでもいい、何もかも、何もかも、


 苦しい、苦しい、苦しい、


 背を丸めてえずく私の背を白い男が撫でた。


「落ち着け、今度こそ終点だから、後がない」


 孝也、孝也・・・孝也・・・、


 何で、私は笑っていたんだ・・・あんな、私に助けを求めていたのに、私はなんで、


「記憶とは本人が鑑賞する限りにおいて過去となる」


 うるさい、


「うるさいっ!!」


 私は、私で、孝也は、私の弟で、家を出て、弟と一緒に、一緒に、だから私が守らなきゃって、布団の温もりがよぎった。抱きしめると、私の胸に顔を埋めて、


「あああああああああああっ!!」


 溢れ出した何かに名前なんてない。


 悲哀悲嘆慟哭、どれも違うだろう。大切な人を亡くして、それを笑って見ていた人間の言葉なんて、名前なんてついてるはずがない。


 どこか冷静にそう思った。そう思った事をどこか冷静に思った。


 どれだけ長くそうしていただろう。


 ずっとそうしてたようにも思えた。


 気づいたら宙に浮いて、手を引かれていた。空、手をひく男の遥か向こうに地上に広がる街が見えた。


「もう、生きたくない」

「そうはいくか、返事を聞かねばならない」


 ・・・例の取引というやつか、


「どうでも良い、もう、どうでも」

「私には既知の事実なのだがな、しかし・・・・・ふむ」


 ビルの間を抜け、クレバスに沈んでゆく、


「コンステルのエージェントは倫理観の欠片もない人でなしばかりだが、それには理由があったはずだ」

「・・・何を」

「思い出せ、私に言えるのはここまでだな」


 そう言って静止した焚き火の前にも戻って来た。


「これは魂の通貨、通貨の本質とは価値の移転にある」


 男は手のひらにあの六角形のメダルを乗せて、私の手を掴んで乗せた。


「式句を唱えろ」

「式句?」


 頭の中に声が響いた。

 

『心で見なければ、本当のことは見えない、


 星から星へ、起源を離れ、どこへゆくのか』


 何だ、このポエムは、


「セキュリティも兼ねている。さあ、唱えろ」


 何もかもがどうでも良かった。生きてようが、死んでようが何もかも、だから言われるがままにそうした。


「・・・心で見なければ、本当のことは見えない」


 もう、何も見たくない、


「星から星へ、起源を離れ、どこへゆくのか」


 もう、どこにも行きたくない、


 男が言葉を紡いだ。


「セット、リインカーネーション」


 その瞬間、合わせた手に光の奔流が起こって私を包んだ。ずるずると引き込まれてゆく感覚、抵抗しようとしたけれど、すぐに気力が尽きた。


 濁流に流されるような感覚が止んだ。目を開けようとしてもできなくて、でも、男が手のひらに転がるメダル摘んで、


「これで、価値の移転はなされた」


 と言ったのがわかった。耳から聞こえている感覚とも違った。


 心で見なければ、本当のことは見えない、どうでもいいと思っていたそのフレーズが何故か心に響いた。


 男はメダルをメダルを、手を伸ばしたまま固まる私の、私とは思えない私の額にあてがって言った。


「コア・ポゼッション、オーバーライト」


 再び意識が光に包まれた。


「簒奪者からセルメタルを取り返してくれ。全ての回収を確認したあかつきには、その内一枚を分け与えよう」


 一枚、たった一枚か、随分とケチ臭いな、


「そう言うな、それは思考する地形、我らが故郷、宝であり、魂であり、全て」


 契約を結ぶならば、その意を示せ、


 我らが力の一端を貸し与えよう、


 言葉が止んだ。


 光も止んだ。


「何やってんだ?」

「え?」


 焚き火へ手を伸ばす私を、シグが訝しむように見ていた。


「・・・いや、なんでも」


 手を戻す。


「少し眠い、かも」

「そうか、まあ、眠れるんならそうした方が良い」


 アウトドアチェアに背を預けて、身をかき抱いて俯きながら、それでも瞳は揺れる焚き火を眺め続けていた。


読んでいただきありがとうございます。

次回は5/13(水)21時更新予定です。

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