第18話 [2023/3/19 7:40][千葉県湾岸部][ESS東湾総合研修センター][二年前3]
本日はこのあと22時に第19話も更新します。
それが夢である事はすぐに分かった。
「スプリガン?スプリガンだって?あはは、こりゃおかしい・・・」
ガンメタルのヘルメット、ブルースカッドのシグが肩を揺らして笑っていた。彼は消し炭になって死んだ筈だから、だからこれは夢だ。
「笑い事ではございませんわ」
紅茶を傾けながら空を見上げる。
鯨が泳いでいた。
「僕達が死んでからそんな事になってるなんて、一番嫌々だったのに、一番ブルースカッドしてるじゃん」
「基本給二十三万、寮社宅完備とは言え現実のヒーローは世知辛いですわ」
もちろん、手当の類は別途だ。今回も長期の潜入で三桁万円は入ってくる。
だが、命を懸けた対価に見合うかというと微妙なところだろう。もっとも、変動が激しいとはいえ中卒に大企業の重役並みの報酬を支払う組織なんて他にないだろうが。
テラスの外に目を向けた。
赤い電波塔が見えた。東京タワーだ。
ここは、恐らく思考ターミナルなのだろう。寝ていると夢みたいに迷い込んでいる時があって、色々な場所では色々な人と会うが、大抵が亡くなっている人だった。みんな、ここのことを天国か地獄だと思っているみたいだった。あの身体を奪われた子供もこの空間で見つけた。成り代わりが出た近くで寝起きしていると、身体を奪われた本人だったり事情を知る者と会える事があった。
広大な、もしかしたら現実世界と大差ない世界で、ほとんど毎回、私はシグと邂逅していた。
「そう言えばステアーの件、分かったよ」
「え?」
「あいつと会った?俺も結構うろうろしてるけど全然見つからなくて、でも、どうやらクリーナーに食われたみたい」
指差す空には回遊する鯨の姿、腹の辺りが透けていて、水筒みたいに透き通ったそこには赤く光る球体が浮かんでいた。
クリーナー、あれらは人を食らう。誰かはあれを魂の焼却炉だと言っていた。鈍感だが、見つかったら縄張りを抜けるまでしつこく追ってくる。
「見かけた奴がいて、自分から食われに行ったってさ」
「・・・そう、まあ、終わりのない地獄みたいなものですものね」
私には起床という終わりが来るし、迷い込むのも毎晩の事ではない。逃げ場がなく、しかし、それでも逃げるしかないという状況では精神の方が先に参ってもおかしくはないだろう。
「自分から諦めるなんて、ブルースカッドの風上にも置けないよ」
「・・・貴方は、嫌になりませんの?」
「ネバーギブアップ!・・・って言いたいところだけど、実はアガリの目がある勝負だと思ってる」
クリーナーを指差して言葉を続ける。
「あれと同じようなのが外に居るんだろ?」
「ええ、あれより大分小ぶりだけれど」
「中に入れたんだから、外に出れたっておかしくはない」
「・・・言わんとしてる事は」
わからなくはないが、
そう言えば・・・、
「バイオプリンターって知ってるかしら?」
「バイオプリンター?・・・いや」
「私もあまり良く知らないのだけど・・・」
あの白い空間で、白い男から聞いた話を思い出しながら話した。そう言えば、あの場で渡されたメダル、あれは何だったのか、身体を奪われた子供の記憶は目が覚めてもあったが、あの工場みたいな空間の事は覚えていなかった。
今、思い出した。
「・・・聞いたことはない、けど、何かヒントになる予感はあるな」
「なら良かっ・・・」
ギィィィィィッ・・・、
巨大な構造物が軋む音が響いた。空から聞こえた。
「そろそろ時間のようだな」
「・・・そのようですわね」
「君もさっさと起きちゃえよ」
シグはそう言ってそそくさと消えた。起きる、起きるか、一言でそう言われても中々難しい。何せ、主観的には今の私は覚醒状態で寝ている訳ではない。
カフェインを摂取しても、頬をつねっても現実の刺激として受け取るだけだった。
前は、ただ待つことしかできなかった。
「・・・やるか」
空を泳ぐクリーナーは私の存在に気づいたのか、ゆらゆらと回遊する円周を小さくしながら高度を下げていた。
最近になってようやく自発的に戻る手段を見つけた。
ぐぐぐ、時計回り腰を捻りながら力を撓め、右脇で拳をうちつける。
「おおおおお・・・」
乙女に、お嬢様にあるまじき唸り声を上げて、左手を後光を描くように頭上に回し、三十度に倒れたところで右肘を前に突き出す。
「変身!!」
コツは恥も外聞も捨て、全力でヒーローになりきる事だ。
おおおおお、マスクドライダー・ブレイズ、ここに・・・、
「見参!!」
「・・・おはよう、姉ちゃん」
「お、おは、おはおはおは・・・」
弟の孝也が見下ろしていた。ソファにひっくり返る私を、
割と、しょうもないものを見る目つきで、
「俺、もう学校行くからね」
無事に、戻ってはこれたようだった。
※※※
[2023/3/21 14:27][かすみの国際駅前]
一年半ぶりの故郷だった。夕暮れ時に降り立ったかすみの国際駅前は私が暮らしていた頃と変わらなくて、父が飾られていたペデストリアンデッキには一日を終えた会社員や学生が疎に歩いていた。
みな、私を避けていた。別に、被害者遺族である事を悟って遠巻きにしている訳ではない。
パニエの内ポケットからガラケーを拾い、見もせずにキーを押す。
ワンコールで相手は出た。
「現着ですわ」
『始めてくれ』
了解と返しかけて、それはあまりにも硬質でお嬢様らしくない響きだから躊躇った。
考えて、結局は何も返さず鼻で笑って電話を切った。
一年半ぶりの故郷、表向きは休学中の高校の面談と、精神病棟に入院している母の見舞い、しかし実態はそんな悠長な温度感とはまるで違う、いわば『任務』だった。
しばらく時計を気にする素振りを見せた後、スーツケースをがらがらと引き始めた。予定があって目的があると、そんな雰囲気を出しながら繁華街の方に向かう。
お嬢様ルックの私は何処に行っても携帯のカメラを向けられて、注目の的だった。
それが狙いだった。
ロータリーでバスを待っていると、前に並んだ小さな女の子が「お姫様だ〜」と指差した。
こら、と叱る母親に笑いかけながら指を振る。
「のんのんのん、お姫様じゃなくてお嬢様、ですわよ?」
「え〜、違うの〜?」
「お嬢様は」
あれ、何で今否定したんだ?ディズニープリンセスへの憧れが始まりだったのに、
「・・・プリンセスは王子様が来ないと何もできませんのよ?自力救済は物語が許しませんわ。けど、お嬢様は違う」
「どうして〜?」
「お嬢様は力を行使する事ができますわ。権力、金銭、そして暴力、善悪もそこには関係ない」
ただ欲しい、ただ成し遂げたい、そんなわがままとも言える衝動を肯定する存在、それがお嬢様だ。
女の子はポカンとした様子だったが、母親の方は引き攣ってて明らかにヤバい奴を見る目をしていた。
不味い不味い、
「・・・タクシーの方がよろしいかしら」
失礼、と列から背を向ける。
結論から言うと、私がここに居るのはスプリガンの上層部がじれた結果だった。どうやら、コンステルは思考エレベーター掌握のきっかけを掴みかけている、らしい。全ての権限を掌握すれば世界征服だって夢じゃなくなる力のようだから、連中みたいに倫理観の欠片もない奴らがそれを握れば、それはつまり終わりという事だ。
私に事情を言い含めたお偉方は、世界の命運が掛かってると言っていた。
タクシーにはすぐ乗る事ができた。
「トランク開けましょうか」
「あまり大きくないし、このままでよろしいかしら?」
「構いませんよ」
「じゃあ、国際通りグラウンドまで」
正直に言えば、関わりたくなかった。
でも、弟の孝也は、私ですらもその安全は組織によって賄われていた。特に私はこんな格好をしていないと精神の均衡を保てなくなりつつあったから余計に目立つ。
もしかしたら、上は私を使い潰す腹づもりなのかも知れなかった。
しかし、仮にコンステルよりも先に押さえられたとしてどうする?悪用する気満々の連中は論外なのは理解できるが、それを管理するのはスプリガンの上層部になるが、本当にそれで良いのか?
そんなものを人が手に入れて良いのか?
窓の外に流されてゆく景色の中に、影を見つけた。影、人影には違いないがしかし、やはり影としか捉えようのない人影だった。
つば広の帽子に簾のような髪、あの男だとすぐに分かった。
そうとしか思えなかった。
「どうしました?」
「い、いえ」
振り返っても、すぐに小さくなって、人混みに紛れて見えなくなった。
「止まりましょうか?」
「・・・いえ、知り合いかもって思っただけで・・・大丈夫です」
思わず、素に戻っていた。
「知り合い?ふふ、なら少しは挨拶した方が良いんじゃないかな?」
運転手が、つば広の帽子を直しながら曖昧に笑う。簾みたいな髪の狭間から黒々とした瞳、カラスみたいなそれを私に向けていた。
心臓の鼓動が跳ねるが、しかし同時にゆったりと引き伸ばされて視界が霞んでゆく。
男は何か私に語りかけていた。いや、私の耳に届いているかお構いなしで、独り言のように言葉を重ねていて、その何一つを聞き取れなかった。
続きは本日22時更新です。




