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その女、お嬢様にして仮面のヒーロー 〜弟を奪われた少女は、お嬢様の仮面で怪物を殴る〜  作者: H.B.Archives


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第17話 [2023/3/19 2:13][埼玉県南西部の病院][HCU][二年前2]

 病院の中でも小児病棟は特別な存在だ。ここだけ空気が柔らかい。子供は怖がりだから、病院という空間が醸しがちな緊張感と死の気配を極力遠ざけている。


 親も一緒に泊まっている場合も多い。


 だから夜も静かだ。


 病室の戸が開き、中から寝巻き姿の子供が出てくる。目を擦りながら、ナースステーションの前を通っても当直の看護師達は気づいた様子はなかった。


 ゆったりとしつつも、目的地ははっきりしているのか迷いのない足取りだった。


 やがてHCUと書かれた自動ドアの前に立つ。


 大きく口を開けた。拳を丸呑みできそうな程に。


 自動ドアが開いた。


「え、誰・・・君、どうしたの?」


 規則的な電子音が鳴り響く、ほとんど機械に生かされている患者達のベッドが並んでいた。当直の看護師は見るからに迷い込んだと思しき子供に困惑した顔で駆け寄った。


「小児病棟の子かな、君、お名前言える?」


 その子供もどこか困惑した様子で看護師を見上げた。


「枝葉をつけ忘れたかな?」

「え、なに?」

「まあ良いか、今やれば」


 子供の頭が花弁のように咲いた。薄紅色の頭蓋の裏側を晒しながら、内側から透明の蛭みたいな何かがでろりと姿をあらわし、か細い腕で花弁の肉体から這い出ようとしていた。


「は、あ・・・」


 目を剥いて怯える事すらできていない看護師へ、それは手を伸ばそうとしていた。ぶよぶよとした透明の、どこかイルカに似たフォルムのそれには赤く光る球体が浮かんでいた。


 赤い球体がぷつりと千切れ、ビー玉みたいな小ぶりなそれがするすると指先へ移ってゆく。


「う、あ・・・」


 何が起きているのか、何をされようとしているのか、唐突な日常の破綻は恐怖すら拒み、理解を超える。ただ茫然と、終わりの時を待つしかなかった。

 

 ぷっくりと指先が膨れ、赤い球体がぶるぶると震え始める。


 まるで力を撓めているように、


 そして、その赤い球体は唖然と口を開ける看護師の女の目の前で、破裂音を響かせ弾け飛んで消えた。


 イルカ人間が熱い鍋に触れたかのように、さっと手を引く。


 よろよろと後ろに下がる。破裂が意図したものではない事は明らかだった。


 看護師の女の手には拳銃が握られていた。古びたリボルバー拳銃、357マグナムを吐き出したばかりの銃口から硝煙が立ち昇っていた。怯えた表情をかなぐり捨てて、イルカ人間に前蹴りを食らわせると、尻餅をついたそれに向け引き金を引きながら叫んだ。


「状況開始!状況開始!」


※※※


 叫びながら、起きあがろうとするイルカ人間を銃弾を叩き込んで邪魔をする。転ばせる事に成功はしたものの、まるでゴムを叩いたような音を響かせ貫通した様子はなかった。


「硬化確認!」


 撃ちまくれ、言い終わる前に患者のふりをしていた仲間達がアサルトライフルを撃ち始めて、扇状に囲んだ。


 着弾音は金属質なものに変わっていた。


「ロンギヌス起動確認!どけ!」


 男が駆けてゆく。箒の杖に二又のフォークがついた、聖なる槍の名で呼ぶには粗末なそれをイルカ人間に向けて突き込んだ。


 槍は硬化した表皮にカツンと阻まれるが、すぐにぐずぐずと煮えたって、表皮の内側へ穂先を迎え入れる。


「入った!やれ!」


 槍から伸びたコードの先で、アタッシュケースを前に屈む男が頷いた。カチッと音が聞こえて、その瞬間に槍の穂先がスパークする。バシィッ、爆ぜる音とともに空気中に漂い始めるイオン臭、煙を上げて発光しながら透明の中身が白く凍りついてゆく。


 どたどたと防護服で身を固めた男達がHCUに入ってきて、真っ白な彫像になったイルカ人間へ電極のようなものを貼り付けてゆく。


 やがて、テープや緩衝材でガチガチに梱包されて運び出されて行った。


 私はその場にへたり込んだ。


「終わった」

「まだ、気を抜くんは早いだろ」


 アサルトライフルを構えていた入院着の男が私の肩を叩く。ルポライターの久我だった。


「すぐに県警の連中が飛んで来るからな、ずらかるぞ」

「相変わらず、火事場泥棒みたいな言い草ですね」

「似たようなものだろ。盗むのは宇宙人だけどな」


 時間がないのは本当だった。HCUから出かけて、思い出してベッドの一つに駆け寄った。


「おい」

「すぐに済ませますよ」


 規則的な電子音を響かせるベッドに向かう。そこだけ一人、起き上がっては来なかった。


 父と呼んだ男がそこに居た。


 目が開いていた。


「・・・じゃあね、お父さん」


 勝手に娘を名乗った事は謝るよ、戸籍から絶縁状態の娘が居る事はわかったが、数度の転居を挟んでそこから先は追えなかった。


 男も過去に興信所を使って探そうとしたみたいだったが、それでも見つからなかった。


 もしかしたら、もう死んでるのかも知れない。


 男から背を向けて病院の廊下を駆けながら、でも、と思う。でも、娘を騙る赤の他人があらわれて、詐欺師同然のその女に、自分は意識朦朧、呼吸もままならず何も言えなくて、それでも、脳みそをくり抜かれて死ぬよりはよほど良いだろう?


 何度も通った病院の廊下を駆けていると、何故か涙が流れそうだった。ああ、もうここに来る事もないんだなぁと、きっと家族を見送った後に去来するであろう感傷が私を満たした。


 あの男は赤の他人だし、まだ死んでもいないが、

 

 病院のすぐ側に路駐されていたSUVに乗り込んだ。定員オーバーのまま、シートベルトも着けずに進み始める。


 途中でぽつり、ぽつりと人が降りて行って、運転手が入れ替わったり、荷物を入れ替えられてゆくのを後部座席の窓ガラスに頭を預けながら眺めて過ごした。


「良いご身分だな」


 入れ替わった運転手の男が言った。久我だった。


「・・・十分働いたでしょ、私は」

「責めてる訳じゃねえよ、ただの軽口だろ」


 車内は私達二人だけだった。


「このまま直行で良いだろ?」

「・・・ええ・・・私の荷物は?」

「後ろだけど」


 のろのろと後ろを覗いて見慣れたスーツケースを引っ張り出した。中には薄紅色のドレスが入っていて、私は着ていた服を勢い良く脱ぎ散らかして着替えてゆく。


 揺れる車内に苦労しながら、丁寧に化粧を施してゆく。


「精が出るな、仕事終わりはそういうの落としたがるもんじゃないのか」

「・・・待って、もうちょっと・・・」


 顔に別人を塗り重ねてゆくにつれて、欠けていた何かが充足してゆくのを感じた。


 そして化粧を終えて、氷雨色の縦ロールのカツラを着けて完成する。


 完全無欠お嬢様、桂花院咲良子様だ。


「ふぅ」

「毎度良くやるな」

「仕方がありませんわ、この姿じゃないと真面に人と話せませんもの」


 父が惨殺された事件から一年半の月日が流れた。ハロウィンに紛れて久我から声をかけられた私は、自らの愚かさから目を背けるように逃げ出した。


 しかし、結論から言えば私は彼に手を貸している。手を貸すどころか彼ら、スプリガンの一員になって宇宙人を手にかけてすらいた。


 きっかけは弟の小学校で失踪者が相次いだ事だった。しかし、数日経つと何もなかったかのように戻ってきて、何事もなかったかのように生活を送り始める。


「そう言えば弟さん、来年中学生だっけか」

「そう、でしたわね、もう春休みかも」


 その子供達も、側から見れば姿を消す前と何も変わりはなかったそうだが、十中八九、そこには宇宙人の影があるだろう。


 あまり、時間が残されていなかった。


「あとお前、今年は学校どうするんだ?」

「え?」

「そろそろだろ、このまま休学するんなら顔出せって、先生言ってたぞ」


 久我を頼り、一年の終わりにあの街を離れた。スプリガンには構成員に向けた住居も用意されていて、そこはあの街の自宅に比べれば遥かに安全なものだった。


 彼らの探している思考ターミナル、そのありかと詳細を語るのと引き換えに組織に入れてもらった形になる。


 それにしても学校、学校か、


「二年生からやり直すのも何だか癪ですわね」

「暇な時は暇なんだがな」

「それに今さらあの街に戻るつもりも・・・・・いいですわ、最後に退学届を叩きつけて来てやりますわ」

「まあ、時間あるし考えれば良いさ」


 SUVが止まる。サイドガラスを下ろして警備員にIDカードを見せる。


 スプリガンの拠点は千葉県湾岸部、表向きは危険物の保安研修を主眼とする企業、東湾セーフティ&ソリューションズ株式会社を隠れ蓑としていた。空港と港湾の危険物、衛生検査の応急対応を事務補助が主な業務で社員のほとんどは組織の構成員だった。


 本社が置かれているここ、ESS東湾総合研修センターは元は保健所だった施設が民間に払い下げられ、それをスプリガンが買い取ったものだった。危険物事故や検疫補助を想定した造りだったため、医務区画、宿泊棟、資機材倉庫がそのまま残っていて、何故か備えていたグラウンドを半分潰して世帯者向けのアパート、社宅を設えている。


 それにしても、スプリガンか、取り替え子をする妖精を名乗るとは、名付けた奴は厨二病を限界まで拗らせた皮肉屋に違いない。


 社宅の前でSUVが止まる。見た目は少し綺麗な団地みたいだった。


「じゃあ、俺は車返してくるから」

「私、結構荷物が多いのだけれど?」

「知るか、俺より握力ある癖に」


 スーツケースを担いで降りるとSUVは走り去ってゆく。ガラガラとスーツケースを引っ張って自室の前までくるとインターホンを押した。


 鍵を探すのが面倒だった。


『はい』

「私ですわ!」

『ああ、はいはい、お帰りなさいませ、お嬢様』


 しばらくするとエプロン姿の少年が姿をあらわす。


「米は仕掛けてございますよ」

「メインはなんでして?」

「肉を焼こうか、刺身でも買ってこようか迷って、今に至る」


 ふむ・・・、


「焼肉とか?あとは鍋?」

「白菜ないんだよな。人参と長葱しかない」

「・・・ひとっ走り行ってきますわ、ヤマザキならまだやってるし」

「なら、食後のデザートも買ってきて。ダッツが良い」


 了解、なんとなく釈然としない気持ちを抱えながら玄関に向かった。生意気な弟は、私が仕事で放ったらかしにしているせいで随分と逞しくなってしまった。


 もう、一緒に寝てくれない。


 ヒールに足を通しかけて、隣のニューバランスに目を向ける。いやいや流石に、でも本当に走るならこっちか?


 さらに隣のエンジニアブーツに視線を移す。仕事でもたまに使っているが、ソールがビブラムになっていて見た目よりかなり動きやすい。


「姉ちゃーん、あとコーラよろしくーっ」

「・・・はいはい」


 これ以上荷物を増やされてはたまらない。ブーツの履き口に爪先を突っ込んだ。


読んでいただきありがとうございます。

次回は5/10(日)20時更新予定です。

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