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ユニコーン聖女は祈らない

「……は、はは」


 最初、その声が自分の口から出たものだと分からなかった。

 

「……さて、どうしましょうか」


 もはや立ち上がる気力さえ残っていない。

 どんどん絶望の色が濃くなり、このまま眠ってしまいたい気持ちが強くなる。


「……どう、すれば」


 魔物の咆哮と、足音がどんどん近付いている。

 おそらく膨大な魔力に反応しているのだろう。


 悩む時間は残されていない。

 すぐに結界を復活させなければ、確実に食い殺される。


「……どうやって?」


 私は残った魔力を使い切った。

 頼みのアルスも姿が見えない。

 心の支えだったシャロも、返事をしてくれない。


「……とにかく、動きましょう」


 震える声で自分に言い聞かせ、遺物を探す。

 その途中、何かを踏みつけた。


「……ユニコーンの、角」


 どうやら握り締めたままだったらしい。


「……これを突き刺せば、動いたりしないでしょうか」


 角からは微かに魔力を感じる。

 きっと、いくらか足しになるだろう。


 だが、まるで足りない。

 現状あの遺物を発動する手立てが、無い。


「……いっそ、自分の胸に突き立てれば」


 あっさりと折れた角だが、恐らく根本が脆いだけで、先端ほど硬く鋭い。私の心臓を貫く程度はできる。生きたまま魔物の餌になるくらいなら、いっそここで自死を選んだ方が楽に思える。


「……ふざけるな!」


 自らを鼓舞して、立ち上がる。


「まだだ。まだ終わっていない」


 私はシャロやアルスの亡骸を見たわけではない。

 シャロは先程の閃光に驚いて気絶しているだけかもしれない。アルスは再生に時間が掛かっているだけかもしれない。


 可能性はある。

 私が諦めるまでは、決して消えない。


「考えろ!」


 周囲を見て、遺物を見つける。

 そこを目指しながら必死に思考を続ける。


 魔力が足りない。

 ──まずは、この前提を疑うことにした。


 アレに触れた時、膨大な量の魔力が必要と分かった。万全の私でも足りるかどうか分からないような量だ。


 先代の聖女達は、どうしてアレを動かせた?

 揃いも揃ってアルスのような魔力量を有していたから?


 ありえない。

 何か別の要因があるはずだ。


「……膨大な魔力と、僅かな願い」


 そうだ。願いだ。

 お師匠様は魔力の他に願いが必要だと言っていた。


「足りない分を補うための、祈りか」


 遺物の前に立ち、それを睨み付ける。

 それから角を強く握り、突き刺した。


「誰が、祈るものか!」


 角に残っていた魔力が急速に薄れる。

 これが吸い尽くされた後、次は私の番だ。


「私は冒険を始める! シャロと共に!」


 誰かに命令されたわけではない。

 運命とかいう不確かなモノに定められたわけでもない。


 これは私が決めたこと。

 私自身の力で成し遂げるべきことだ。


「何が祈りだ!」


 歴代の聖女は、きっと祈ったのだろう。

 特に初代には国を護りたいという強い願いがあったのだろう。


 私には、そんなものない。

 こんな国は亡べばいい。しかし、誰が道連れになるものか。


「動け! 私の願いを叶えろ!」


 今の私が作れる最も大きな感情は怒り。

 故に叫ぶ。全身に力を込め、喉が千切れる程に。


「動け!!」


 そして──遺物が光を放った。

 最初に見た時と同じ神々しい光。


 私は思わず角から手を離し、仰け反る。

 すると遺物はゆっくりと宙に浮かび上がった。


 息を止め、見守る。

 遺物は光り輝き、周囲から魔力を集め始めた。


 無数の属性を持った魔力が、遺物を中心に渦を描く。

 ユニコーンの角を折った時よりも遥かに膨大な魔力が集まり、そして何の前触れもなく解き放たれた。



 *  ?  *



 とある国が滅びたという噂は、ゆっくりと広まった。


 最初に気が付いたのは、商人だった。

 注文していた荷物がいつまでも届かないことから、護衛と共に取り立てに向かった。そこで目にしたのは、崩れた城壁だった。


「──そんで驚いた商人が慌てて逃げ帰って、噂が広まったってわけだ」


 噂の国から遥かに離れた国。

 大陸の中央に位置しており、あらゆる商品と情報が集まる国。


 その隅っこにある小さな屋台。

 久々の女性客に気を良くした店主の声が響く。


「その商人は、国の中には入らなかったのですね」

「それなんだけどよ、結界だけは残ってたらしいぜ。噂だと、魔物に食い殺された聖女の亡霊が、今でも祈り続けてるって話だ」

「まぁ、それは健気なことですね」


 店主の話を聞いて、二人客の一方、顔にそばかすのある少女が微かに肩を揺らす。それから、冗談っぽく言った。


「案外、遺物に突き刺さったユニコーンの角が、勝手に魔力を集め続けているだけかもしれませんよ」

「はは、それは何かの御伽噺かい?」

「御伽噺。なるほど、それも面白いですね」


 その少女が楽し気な声で言うと、隣に座る赤髪の少女が溜息を吐いた。


 それを見て店主は悟る。

 多分、小さい方の子には虚言癖があるのだろう。


「お二人は、何か目的があってこの国に来たのかい?」

「旅の途中です」

「ほう、それは良い。目的地は決めてるのか?」

「ラノウルです」

「なんだって!? やめときな。お嬢ちゃん達が行くような場所じゃないよ」


 店主は親切心から言葉を尽くした。

 しかし、そばかすの少女は笑みを浮かべるばかり。


 やがて二人は立ち上がり、店を後にした。

 

 ──それから数年後、奇妙な噂が流れ始める。


 どこか遠くで滅んだ国。

 未だ結界だけが残る場所で起きた真実について。


 崩れた城壁の内側では、百人かそこらの生き残りと、それらを守護する不死身の騎士が、のんびり暮らしているらしい。


 結界を維持する遺物にはユニコーンの角が刺さっており、周囲から魔力を集め続けているそうだ。


 それを起こしたのは一人の聖女。

 国を救う代価として、最後の王女を浚って旅に出た変人。


 聖女の力を持ちながら、決して祈ることの無い彼女のことを、人々はユニコーン聖女と呼び、面白おかしく語り継いだ。


 二人のその後については、一部の英雄達だけが知っている。

 

 ラノウル。

 人類と魔物が戦い続ける土地。


 血にまみれた歴史を終わらせた七人の英雄。

 彼らに関する書物は不思議な程に少ない。


 ただ、そのうち一人については、なぜか常にユニコーンと共に描かれるらしい。これを後世の学者は「清らかな聖女であることの隠喩」と解釈したが、全くの間違いであることを当人達だけが知っている。


 真実を描いた原本が、世界にひとつ。

 英雄たちの子孫の誰かが持っているらしいが……その書物が公になることは、決してなかったそうだ。



以上、完結です。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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