王家の谷の地下に
「御兄様、フェリクスがエルスカインの元に向かうかも知れません! いったん銀ジョッキの操作を御兄様にお任せしてよろしいですか? いまの内に探知魔法を走らせてしまいたいと思いますので」
よし、俺の聞き間違いじゃ無かったようだ。
「そうだな、頼むよシンシア!」
「ではやりますね、銀ジョッキをお預けします」
「おう!」
シンシアに代わって俺が操作台の前に陣取る。
とは言え、いまは銀ジョッキも天井近くのポジションに固定されているから特に操作する必要は無い。
もしもフェリクスが動き出したら追う必要があるけどね。
このまま銀ジョッキに錬金術師を追わせようかという考えもチラリと横切ったけど、どうせフェリクスが使う時にはそこまで行くに決まっているのだから、錬金術師の様子を見ているよりも、フェリクスを見張っている方が大事だと思い直して静観することにした。
シンシアが小箱からサラサスの地図を出して手をかざす。
探知魔法を起動させると見覚えのある波紋が揺らぎ、やがてその輪が地図上で綺麗な同心円となった。
その中心辺りが、いまフェリクスのいる場所のハズだけど、パッと見た感じでは『ルリオン平野のどこか』って感じだな。
「サラサス全体の地図だよね? これだとあまり詳細な場所を追えないんじゃ無いかいシンシア?」
「いえ、サラサスはミルシュラントに較べれば国土も狭いですし、ルースランドの時のように遠く離れていません。それに絞り込む手はずは整えています」
「そうなのか? 例の三角形...三角探知法は使わないんだろ?」
「ええ使いません。代わりに探知魔法その物を改良し、縮尺の異なる複数の地図に跨がって共通の探知先を使えるようにしてあるんです!」
「なにそれ凄い!」
「有り難うございます御兄様」
「それにしても、よく考えついたね、そんなこと...」
毎回毎回、魔法や魔道具になにか新機軸を出してくるシンシアの行いには慣れっこになってきたけれど、これもうアレだよな・・・アルファニアの王宮魔道士達が束になって掛かってもシンシア一人に勝てないな。
「ほら御兄様、以前、旧ルマント村で転移魔法の基準点について考えたことがあったでしょう?」
「ああ、そう言えば」
「あの時に思いついたんですけど、私は転移魔法陣に埋め込んである基準点を暗号化した上で、その正確な位置を詐称してあります。ですので、基準点を詐称できるのなら、いったん『仮の基準点』を設定して、そこから地図の縮尺や変形具合に合わせて探査位置を絞り込むようにすれば出来るかなって思ったんです!」
「うん、その仕組みの理屈はサッパリ分からないけど、シンシアが凄い発明をしたってことは分かるぞ! これはアレだよ。『方位の魔法陣』みたいに世の中を変える魔法だな!」
「そうでしょうか?」
「絶対そうだよ!」
そう言いつつも、『貴族達は、探知魔法のペンダントで連れ合いの浮気を調べている』と爽やかに語ったエマーニュさんの笑顔が脳裏を横切る。
色々な方面への影響を考えると、コレも迂闊に表に出せない技術かもしれないな・・・治安部隊限定とか?
「だったら嬉しいです。ともかく今はフェリクスの正確な位置ですね。フェリクスの逃亡した様子から言って、目的地はアーブルよりはかなり遠いはずですが、それでも最初の探知から見れば平野部のどこかにあるはずです」
そう言ってシンシアが二枚目の地図を出し、上に手をかざした。
そちらの地図はルリオン平野にフォーカスした縮尺で、地図上の中心部にルリオン市街があり、そして平野部の中央を流れる大河の河口にアーブルの街があることも分かる。
他にもいくつもの街や村の名前が書かれているけど、俺に分かったのは唯一、バティーニュ准男爵家が三十年がかりの開発に携わったと話に聞いた、東部を流れる大河付近を干拓した田園地帯だけだ。
早速探知を始めたシンシアが、ふいに戸惑うような声を出す。
「えっ、ここは...」
「どうしたシンシア? なにか変か?」
「変というか、私の探知が間違いでなければ...なのですけど...」
「うん?」
「いまフェリクスがいる場所はルリオンの王宮です」
「は?」
シンシアが手をかざしている地図を見ると、確かに波紋の中心は地図上の中心部、ルリオンの辺りだ・・・俺の目には市街地かどうか判別できないけど、シンシアは王宮の方だと判断したらしい。
「いやいやいやいやシンシア、なんでそうなる?!」
「分かりません。フェリクスに探知魔法の存在を勘づかれて、裏をかかれたのでしょうか?」
「うーん...そこまで賢かったら、銀ジョッキにも気付かれるかも...いや、そもそもフェリクスは地下牢から転移門の罠経由でブリュエット邸に直行してるんだ。俺たちもずっと監視してたし、そんな小細工をする間合いは無かったと思うよ?」
「シンシア殿、フェリクスが地下牢で脱いだ服の方を検知しちまってるってコトはないのかい?」
「私も最初にそれを考えたんですアプレイスさん。でも、服の方は詩集とは別にルフォール侯爵家の別邸に持ち込まれてから動いていません。この縮尺なら判別できます」
「となると...どういうことだライノ?」
「俺に聞くなよ」
「ただ御兄様、王宮と言うよりも城壁の内側と言った方が正確かも知れません。つまり『王家の谷』の中ですね」
「あ...なあシンシア、それってつまり『獅子の咆哮』だよな?」
「そうですよね...」
まさかシンシアが探知魔法を改良した過程でミスっているとは思えない。
現にフェリクスの服や、ブリュエットの持ち込んだ詩集は問題なく追跡できていたのだし、嫌な感じだ。
「ここはストレートに考えようシンシア。俺はシンシアが探知魔法でミスをしたなんて到底考えられないし、フェリクスやマディアルグも地下牢で服を脱ぐ程度の機転は利かせても、高度な魔法を弄くれるほど賢いとは思えない。これは偏見無しで思うことだ」
「では御兄様は?」
「うん、つまり今、フェリクスは王家の谷にいる」
「いや待てってライノ、だったらなんで、面倒だってブツクサ言ってたフェリクスは、わざわざアーブルまで夜の道を馬で走ったんだ? ブリュエット邸から王宮とアーブルじゃあ距離が数倍違うだろ?」
「でもさー、アプレースは王宮にフェリクスが忍び込めると思うー?」
「つっても元王子だろ? いつぞや話したみたいな秘密の抜け道くらいは知ってそうじゃねえかパルレア殿?」
「いや、アプレイス。俺はそうじゃないと思うんだ」
「なんでだ?」
「フェリクスは城壁の中や、ひょっとしたら王宮の建物内には忍び込めるかもしれない。でもきっと、『獅子の咆哮』には忍び込めないんだよ」
「いや、いま現にソコにいる訳だろ?」
「違うよ。俺たちが知ってる『獅子の咆哮』は地上の黒い岩壁だけだ。マリタンが中を探ろうとしても出来なかったし、結局は出入口も見つかってない」
「御兄様、それってつまり...」
「ああ、フェリクスは獅子の咆哮の『地下』にいるんだと思うよ。そして、その場所には転移門以外の方法では出入りできないんじゃ無いかと思うんだ」
「あっ! そうですね!」
シンシアが意表を突かれたという表情をしているけど、獅子の咆哮の地下がそういう場所であっても、なんの不思議も無いはずだ。
それにしても、俺ももっと早く気が付くべきだったよなあ・・・エルスカインがモグラのように『いつも地下に籠もってる存在じゃないか?』って話し合ったのは、いつのことだったろうか。
いつぞやのエルダンの城砦地下だって、運用上はそれに近かった。
あの大広間にドラゴンを連れてくるのも、逆に連れ出すのも階段経由ってのは有り得ない。
ドラゴンどころか、犀やグリフォンだってガラス箱に入れた状態じゃ無ければ階段を通せないよ・・・転移門以外の方法じゃ不可能だ。
あそこにいた魔法使いや錬金術師だって、いったん転移門が開いた後はソブリンの離宮やウルベディヴィオラの地下工房とも転移門で出入りしていたのだ。
確かにエルダンにもソブリンにもウルベディヴィオラにも、普通に地上と出入りするための経路は存在していた。
それもあって、出入口の見あたらない『獅子の咆哮』は、なんとなく『施設』では無く『魔道具』だと、つまり空間では無く殺戮兵器その物だと思い込んでしまっていたのだ。




