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 それからまたしばらくして。


 暇を持て余し、オスカーの手紙で誘われた庭園に向かおうと古城の廊下を歩いていた時だ。


 ふと何事かの話し声を聞いて、エリシアはふとそちらに足を向けた。

 話が聞こえる一室の扉をそっと押せば、そこは図書室のようだった。


「んん……出だしはこうだ。『我が妃エリシアへ この間贈った本はどうだっただろうか? 面白かったのなら幸いだ。実はこの本には続刊が』……いや、ダメだな。ちょっと前のめりすぎた。続刊を薦めるより図書室の利用を薦めてみるべきか」


 窓辺の机にひとり、侍従らしき男が座って書き物をしている。

 その男に指示を出しているのは窓の外。窓枠に軽く頬杖をついてそうぼやくのはオスカーだった。


「……ん?」


 と、彼らのことをつい見つめていれば、オスカーの視線がこちらにジロリと流されてエリシアはハッと背を竦ませた。


「やあ、エリシア。本を読みに来たのか」

「え、いえ……」

「王都の王立図書館にはさすがに敵わないが、ここにもそれなりの蔵書を揃えている。何でも好きなものを読んでくれ。もし読みたいものがなければ使用人に申し付けてくれれば取り寄せよう。ここは辺境だから、ちょっと時間がかかってしまうのだけれど」


 曖昧に濁すエリシアにオスカーはそう告げる。

 相変わらず低くしわがれた声音は獣の唸り声のようだったけれども、話す内容は友好的だった。


「カイル、手紙はもういい。エリシアに図書室を案内してやってくれ」

「かしこまりました」

「それじゃあ、エリシア。良き読書時間を」


 そうしてエリシアが何かを言う前にオスカーが窓辺を離れ、のし、のしと足音を響かせながら去っていく。

 山のような巨躯を呼び止めることもできずに立ち尽くしていれば、


「エリシア様」


 ふと侍従にそう呼ばれて我に返った。

 こちらの指示を待つように立ち上がって佇む侍従の姿に申し訳ないことをした気持ちになって、エリシアはそっと視線を落とす。


「も、申し訳ありません……邪魔をしてしまったみたいで」

「いいえ、殿下も伝えたいことを貴女に直接お伝えはできたようですので、むしろちょうど良いタイミングだったかと」

「私に……伝えたいこと……」


 侍従の言葉にエリシアは彼が書き物をしていた机へと視線を向ける。


 見慣れた便箋に見覚えのある文字。

 ここに来てからオスカーが自分に宛ててくれた手紙と同じものだった。


「あの……もしかして今までの手紙はあなたが……」

「はい。殿下はあの通りペンを執るのも難しい体であらせられますので、僭越ながら私が代筆をさせていただいておりました」


 そんな随分な手間をかけて自分なんぞに手紙を送っていただなんて。

 あの体を思えばすぐにわかったことだろうに、そこに思い至れなかった自分が恥ずかしい。


 同時にそこまでして何故自分のようなものに手紙を送っていたのかがわからずに言葉に詰まってしまう。


「……第一王子殿下は……」


 俯き、彼のことを考える。


 彼にとって自分は押し付けられた妃だということは初日の会話で知っている。


 それでも気にかけるようにしてくれるのは彼が優しい人だからというのは薄々感じていた。

 けれどもその一方で彼はエリシアを避けるような動きも見せていた。


 夫婦となったというのに部屋は別であるし、食事の時間も分けられている。

 先ほどだってエリシアが現れればすぐに立ち去った。


 なるべく自分と顔を合わせないようにしていることは明白だった。


「どうして私に手紙を……?」


 手間暇をかけて気にかける素振りを見せる一方で避けるような行動を見せる彼の気持ちがわからずにそう疑問を滑り落とせば、侍従がきょとんと瞬いた後、顎に手を当てて少し悩むような素振りを見せた。


「……それは端的に申せば殿下が呪われた体だから、と申し上げる他ありません」

「……え?」

「おそらく呪いにかけられていなければ、殿下は直接エリシア様にお誘いをかけ、たくさんのお話をしたでしょう。あの方は大層な人好きでいらっしゃいますから。ですがあの方は今の自分がどう見えるか、どういう状態なのかもよくご存知なのです。大の男でさえ恐ろしいと思う姿をご令嬢の目に晒すことがどれほど酷なことか……だから少し迂遠な方法ですが、手紙という手段にて距離を測っておられるのでしょう」

「……… ……………」


 侍従の言葉にエリシアは沈黙する。


 彼の言葉は理解した。

 あのような呪われて恐ろしくも悍ましい姿に成り果てたオスカーはそれでも内面は心優しく、行動のすべてに自分への気遣いが溢れていたこと。


 でも同時に、だからこそエリシアはわからなくなる。


 彼の優しさの理由が。

 彼が何を思って、どうして優しくしようと思ったのか。

 彼へどう対応するのが正しいのか。彼から受け取った優しさをどうすればいいのかがわからない。

 だって今までそんな風に接してくれた人などいなかったから。


『多少勉強はできたとしても、頭からっぽすぎ』


 ふと唐突にあの夜にナディアに言われたことが頭を過った。

 あの時の言葉を痛烈に痛感する。


「ーー……エリシア様、図書室をご案内いたしましょうか?」


 何も言えず、俯いたエリシアに侍従がやがてそう問いかけてきた。

 その声にハッとして、エリシアは顔を上げる。


「…………ええ、そうね。お願いします」


 彼の言葉にかろうじてそう頷く。

 蘇ったナディアの言葉は胸に深く突き刺さって、ジクジクと痛みを生んでいた。

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