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 オスカーはあれからも何度か手紙をくれる。

 その手紙はどれも彼の思いやりに満ち溢れ、エリシアを気遣うものばかりだった。


 それはエリシアが妃になったから。怪物の妃にしてしまった負い目から、とも思ったのだが、どうやらそんなことはなかったらしい。


 何せ彼は誰にも優しいのだ。


 見回りの兵士や働く使用人には労いの言葉をかけ、困っている人がいたならば迷わず手を差し伸べる。

 彼のいる場所にはいつも人の明るい笑顔が溢れていた。


 おそらく呪いをかけられる前からもそうだったのだろう。


 ほんの少し、彼の婚約者だったエーヴェルシュタインの末姫の気持ちがわかる気がした。

 呪われていてもああならば、呪いをかけられる前の彼はどれほどの人たちに慕われていたのだろう。


 同時に呪われていてもあれほどに人を惹きつけてしまう彼の妃が自分でいることの申し訳なさが募った。


「--…………」


 このまま自分はここにいていいのだろうか、とふと過る。


 第一王子の妃としてやることは特にないとオスカーは言ったが、それでも望まれた役割があることをエリシアは知っている。


 初日に説明されたことだ。

 エリシアがオスカーの妃として嫁いだのは、オスカーが魔獣から人間に戻りたいという意欲を掻き立てるためだという。


 確かにオスカーはあの魔獣の体になっても焦らず朗らかにのんびりと過ごしている。

 普通ならば人と違う体に変えられて不安になり、人が離れていくほどのあまりの恐ろしい容貌に絶望して眠れない日々を送ってもおかしくないはずなのに。あるいは姿を変えたエーヴェルシュタインの末姫に恨みを募らせて憤怒に燃えていてもおかしくはない。


 だがオスカーはあのような体になっても工夫しながら日々を前向きに過ごしている。


 その姿はまるで“このままでも問題ない”と言わんばかりだ。

 おそらくその姿に彼の母親である王妃は危機感を覚えているのだろう。


 エリシアは俯き、胸の前で組んだ両手に力を込める。

 役割自体は認識しているが、どうしたらあの第一王子に元に戻りたいと思わせられるのだろうか。


 自分には何もない。ナディアの言うとおりに空っぽで人形のように言うことを聞くことしかできない。

 誰かの心を動かすようなことができるとも思えなかった。


「おや」


 ふと低くしわがれた声が聞こえてエリシアはハッと顔を上げる。


 数メートル離れた開けた場所に山のように大きな魔獣が佇んでいた。

 何をするでもなく日向を浴びる姿は縄張りでくつろぐ野生動物のようだった。


「散歩かな、エリシア」


 オスカーだ。

 彼は鋭い牙を見せつけるように歯を剥く。


 エリシアは知れず背を竦ませ、返答を思いあぐねる。

 しばし二人はそのまま無言で見つめ合い、やがて緩やかにオスカーが剥いていた歯をそっと戻した。


「…………なるほど。まだ笑顔には程遠いと見た。なかなか難しいな」


 ぼやくようなオスカーの言葉にエリシアは戸惑い、なんと声をかけるべきか迷う。

 だがオスカーは気にした様子もなくただ朗らかな言葉をかけてきた。


「我が城にはそろそろ慣れてきたかな? このような俺に付き合うだけあって、ここの者たちはなかなかに親切だろう?」

「ええと……その……」


 オスカーの問いに何かを答えなければいけない気になるが、エリシアは言葉にならない声ばかりを落とし、結局形にできたのは無言の首肯だった。


「そうだろう、自慢の臣民なんだ。君も話をしてみるといい。カイルは生真面目でお堅いところはあるが仕事もできて気配りができるやつだ。ただ妻子の話だけは振らないほうがいい。三日三晩は惚気られるぞ。俺も耳にタコができた。ミレイユ……君につけた侍女とは話をしたか? 彼女は内気で大人しそうに見えるが実はかなりお喋り雀だ。この辺りのことなら彼女の知らないことがないほど情報通で、特に美味しいお菓子にとっても詳しい。甘いものでも甘くないものでも好みのものをすぐに見つけてくれる。庭師のスティーブ爺は愛情豊かで朗らかなやつだ。少し抜けているところはあるが、仕事の腕は確かでな。君に送らせてもらった花々はすべて爺に譲ってもらったものだ」


 そうして彼は見回りの兵士や厨房の使用人たちの名前を次々に挙げ、話に花を咲かせる。

 その間、オスカーは鼻にシワをぎゅ、と寄せる顔がアンバランスでエリシアはただただ無言のまま彼の話を聞いていた。


「--っと、すまないな。俺ばかり話してしまった」


 やがてオスカーはそう言って話を止める。

 エリシアに向けていたぎょろぎょろとする瞳をゆっくりと瞬き、緩慢な動きで体を動かす。


 ふと動き出した彼の様子に思わずびくりと竦んでしまうが、彼は緩慢な動きのまま寝ぼけていた猫が大きく伸びをするように大きく背中を丸めて前屈した。


 エリシアはただ無言のままそれを見つめて立ち尽くすことしかできない。

 オスカーは前屈を終えると「ふう」と大きく深呼吸をし、改めてエリシアを向いた。


 だが彼は距離を詰めてはこなかった。

 しばらくの無言の後、穏やかに佇んだままの彼はこう問いかけてきた。


「エリシア、君は俺が怖いか?」

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