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その言葉にエリシアは背を竦ませていたことを咎められた気がしてどきりとした。
顔色を変えてしまったエリシアにオスカーが小さく息を吐く。
「いい。大丈夫、咎めたわけじゃない。君のその気持ちは普通のことだ」
「も、申し訳ありません……私は第一王子殿下に嫁いだというのに……」
「そこに罪悪感を抱くのかぁ。それは別に必要のないものだよ、“私は怪物の妃になりたくなかった!”って駄々をこねてもいいところなんだから」
慌てて頭を下げたエリシアにオスカーはそんな言葉をかけてくる。
思いがけない言葉だった。
エリシアが決して許されないと思っていたことに対してあっさりと許す言葉を放った彼に驚いてエリシアは絶句して彼を見れば、彼は変わらずエリシアをぎょろぎょろとした目で見つめていた。
「………どうして……」
「ん?」
「どうして、そのようなことをおっしゃるのですか」
思わず滑り落ちた問いは明らかに反論で、失礼に当たるものだと滑り落ちてから気がついた。
けれども一度飛び出してしまった言葉は取り戻せず、それどころか溢れ出るように喉から言葉が飛び出していく。
「私はあなたの妃です。あなたに仕え、あなたに人間と戻りたいと思わせるようにと私は嫁がされたのだとあなた自身がおっしゃいました。ならば私は精一杯あなたにお仕えしてしかるべきです。でもそれができず、そればかりか怯えて遠巻きにしか接することのできない私を何故笑って許そうとなさるのですか」
つい責めるように彼に感情をぶつければ、けれどもオスカーは喉を鳴らした。くっ、と鳴った喉は笑ったように聞こえた。
「どうだろう、母上は普通の人の正常な反応を見せて危機感を煽ろうとしたのかもしれないぞ。“辺境地に閉じこもり見知った顔に囲われてのんびり過ごしているようだが、これがお前を見た普通の人の反応だ。今のお前は人ではなく怪物なんだぞ”とな」
「…………!」
「はは、失敬。少しばかり冗談が過ぎたかな。でもな、君は俺の妃だなんて気負うことはしなくていいんだよ。怖いものは怖いでいいし、受け入れられないなら逃げてもいい」
「………っ、そんなこと、許されるわけないでしょう!」
オスカーの言葉にエリシアは反射的に叫んでいた。
「嫌だから、怖いからだなんて個人の感情で役目を放り出すなんて、そのようなことが許されるはずがありません! もし皆がそのような自分勝手に走れば何もかもが立ち行かなくなるではありませんか!」
「それは確かにそう。でもエリシア、俺の妃という役目に関してだけ言えば必ずしも必要というものではないんだよ」
エリシアの感情的な声に穏やかに返される。
彼の言葉は確かに正しいものだ。だからこそエリシアの癇に障った。
「ならば何故私はあなたに嫁ぐことになったのですか!」
その声はほとんど悲鳴に似ていた。
その響きにオスカーがギョロリとした目をぱちりと瞬いた。
驚いたような顔をする彼に構わず、エリシアは叫び続ける。
「わ、私はエインズワース伯爵家の跡取りとして両親に言われた通りに研鑽してまいりました! 可愛いドレスもアクセサリーも我慢して相応しいものだけを身につけ、他の方々が楽しんでいることもできずに勉強をして、母の後ろについて年上の方ばかりと人脈を作り続ける……ずっとエインズワース伯爵家のために生きるのだと言い聞かされて、そのためだけに生きてきたのに、ナディアの自分勝手のせいですべてが狂って……! なのに……なのに私の役目が必要ではないなんて馬鹿なこと言わないで!!」
溢れる感情のままに叫んだエリシアはすべてを叫びきった後にハアハアと肩で息をするほどだった。
ボロボロと頬を滑り落ちる涙も拭えずに肩での呼吸を続けていれば、静かに佇んでいたオスカーがやがて「そうか」と小さく頷いた。
獣が静かに呼吸をするようなささやかな声を聞いて、エリシアはハッと我に返る。
それから自分が何を感情のままに口走ったかを悟ってさあ、と顔を真っ青に染めて慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありま……」
「エリシア」
エリシアの謝罪を遮ってオスカーが呼ぶ。
その声は静かだったが、エリシアは叱られるのではないかという恐怖のあまりに顔を上げられないでいた。
「君の言い分はよくわかった」
静かな声が逆に恐ろしい。
まるでこれから死刑宣告を聞くような面持ちでエリシアはブルブル震えて身を固くする。
オスカーの方を見れないまま、エリシアはただ彼の声を聞く。
オスカーはそんなエリシアへこう宣告する。
「そこまで言うなら君には役目を果たしてもらおうじゃあないか」




