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 エリシアは自分の部屋に運ばれた色とりどりの布を前に目眩がするようだった。


 そこまで言うなら君には役目を果たしてもらおうじゃないか。


 そう言ったオスカーが一番最初に命じたのが何故かドレス作りだ。

 何故そうなる。一体どういう理屈でそうなるのか。


 当然、エリシアはオスカーにそう詰めたが、彼はただ飄々とこう言ってのけたのだ。


『いくら怪物の妃とはいえ、王子妃となるものが華やかなドレスも一着も持たないのはけしからんことだろう。君はこれから俺の父上や母上にも会う機会があるだろうし、その時に何を着るつもりだ』


 そう言われるとぐうの音も出ない。

 しぶしぶドレスを作ることを承知すれば、彼はさらにこんな注文までつけてきた。


『君の魅力が溢れ出て目を惹くようなドレスで頼むよ。君が纏った時、君の心が弾んで自然と笑顔の溢れるようなやつだと特にいい。笑顔が女性の一番の化粧と言うからな。ははは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしないでくれよ。だって俺の妃じゃないか。俺がメロメロになるような姿になってくれれば、俺だって君のために元の美貌の王子に戻ろうという意欲が湧くものじゃあないか』


「ううう………」


 オスカーの言葉を思い出し、エリシアはただ唸る。


 そんなことを言われても、だ。


 今まで自分でドレスを選んだこともないエリシアにとって、纏うだけで心が弾んで笑顔になるドレスなんてまるでわからない。

 大体、そのようなドレスで彼の両親--つまりは国王や王妃の前に出られるドレスになるのだろうか。


「エリシア様、いかがいたしましょうか」


 と、側付きの侍女のミレイユに声をかけられてエリシアは肩を跳ねさせた。

 何か言わなきゃいけない気持ちになって、エリシアは「えっと」と言葉を探し、それから色とりどりの布へと目を向けた。


 赤、青、緑、桃、黄色、水色。本当にたくさんある布の中から、エリシアは必死になってドレスの布地を探す。


 そうしてふと他の色に埋もれてしまうようにベージュや紺といった布地を見つけた時、そこで手が止まってしまった。


 母親の言葉が蘇ったからだ。


 あなたにはこの色がよく似合うわ。


 そう言って自分の体に当てられたものとよく似た色合いの布を手に取り、唇をきゅ、と結ぶ。


 これを選ぶべきよ。


 頭の中に母親の声が響く。

 ここに母親がいるわけではないのに、頭の中に響く母親の言葉はエリシアを確かに縛っていて、エリシアは操られたようにベージュの布地をそっと選び取っていた。


「これ、を……」


 そう言って差し出しつつも、目線が他の色とりどりの布へと向かう。


 可憐で可愛い桃色。

 華やかで明るい黄色。

 一際目を惹く鮮やかな赤。


 心を惹かれる憧れの色はそこにあるのに、けれどもそれを選ぶことはできなかった。


 母はここにいないはずなのに、彼女を裏切ることが怖くてベージュの布地を差し出す手が震えた。

 ミレイユが差し出した布地を受け取り、それからエリシアへと目線を向ける。


「こちらでよろしいのですか?」


 改めて確認されると心臓がどきりと鳴る。

 けれども今更撤回などできなくて、エリシアはただ目線を落としたまま小さく頷いた。


「なるほど、なかなかに上級者向けの布地をお選びになりましたね」


 ミレイユの言葉にエリシアは選び間違えたのかと顔を上げる。

 ミレイユはただフムフムと頷いてエリシアが選んだベージュの布地を確認していた。


「あ、あの……もし、ダメだったら……」

「いいえ、大丈夫ですよ。ダメなものでしたら初めからここに並べはしませんから」


 恐る恐る撤回しようとした言葉をミレイユがやんわりと止める。


 その言葉にエリシアは言葉に詰まる。

 自分の中でまるでアクセルとブレーキを両方踏み込んだように相反する感情がぶつかり合ったからだ。


 今まで通り、母親の言いつけ通りにこの色にするべき。

 自分の思う通り、好きな色のドレスを身につけたい。


 だから肯定も否定もできずにただ黙って俯けば、


「エリシア様」


 ふとベージュの布地を抱えたミレイユがそう声をかけてくる。


「この布地をベースに、エリシア様にお似合いになる色をわたくしが選んでもよろしいでしょうか?」

「…………え?」

「確かにこの色合いは格式高く美しいものになるでしょう。でも今回、殿下の要望はエリシア様の魅力を溢れさせ“目を惹く”ドレスでございます。なので……こちらなどいかがでしょう」


 そうしてミレイユがベージュに馴染む可憐で愛らしい桃色の布地を手にした。

 その色合いに心臓が一際高く鳴った。


「それは……そんな、軽薄な色……」


 頭の中で母親がけたたましく怒り狂っている。

 そのまま彼女の怒りが口に出た。


 だが同時にエリシアはその布地から目が離せなかった。

 今まで纏いたくても母親が決して許してくれなかった明るい色はエリシアの憧れの色だった。


「ふふ、そこまで広く使いはいたしません。ほんの少し差し色に使用するだけですので、そこまで印象を損なうことはないかと。ほら……こうやってスカートや袖から微かに覗かせるとストロベリークリームが挟まったコーヒーマカロンのような愛らしさがあると思いませんか?」


 ミレイユがそう言ってベージュの布地の下に彼女が選んだ桃色の布を重ねる。

 確かに言われた通り、二つの布が重なると甘くてコロンとした愛らしい菓子を連想させた。


「だ、駄目よ。あまり袖口が広くてフリルや装飾の多いドレスは下品だわ……」


 甘やかで愛らしいドレスは母親が蛇蝎の如く嫌った形だった。


 それを思い出してエリシアは思わず俯いてそう口にする。

 そんなものを着たなど知れたのなら、また由緒正しい伯爵家の歴史と装いについて三時間は説教されるだろう。


「なるほど、より難しい注文は燃えますね」

「えっ」


 その時、エリシアとミレイユのやり取りを見守っていた仕立て屋が口を開いて、エリシアは驚いて声を上げた。

 彼は手にしたメモ帳にエリシアやミレイユのやり取りをメモしながらにんまりと笑う。


「まったく殿下もお人が悪い。久しぶりにごくごく普通のドレスを仕立てさせてやるからと伺っていたのに、蓋を開けたらまさかですよ」

「す、すみません……あの、私、我儘を……」

「いいえ、エリシア様! それがいいのです! いやあ、殿下のお召し物はただ図体がデカいだけで何もやり甲斐がなくて! 見目も何もないから着れりゃいいって何だ! 服に対する冒涜だあ!」


 そんなことを叫びながらデザインを書き出しては次々にメモ帳を破って放り投げる仕立て屋にエリシアはただ面食らって言葉に詰まった。


 困ってミレイユを見れば彼女は涼しい顔で首を振るばかりだ。


「色はベージュ! 可愛い系! だけど装飾は少なめシンプルなのに目を惹いて、殿下をメロメロにする! いやあ、難問だあ!」


 そう叫んではデザインを書いては破って投げる仕立て屋の快哉の声に、エリシアはほんの少し狂気を感じて震えることしかできなかった。

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