13
それからひと月後。
完成して届けられたドレスを見たエリシアはただただ言葉に詰まった。
色合いは確かにベージュ。母親がエリシアに似合うと告げ続けたつまらない色合いのドレス。
レースやフリルの装飾だって少ない。
だが裏地に使われた桃色が袖口や裾から覗き、ここぞとばかりにさりげなく添えられた裏地と同じ色の桃色の華奢で可憐なリボンが差し色となってまるで愛らしい焼き菓子を連想させた。
今まで母親に指定されて作られていたドレスは枯れ木や落ち葉のようだったのに、これは同じ色でも全然違うドレスに見えた。
「さあ、お召しになりましょう」
震える手でドレスに触れていると、ミレイユがそう声をかけてきた。
その声にエリシアはハッとして、それから慌ててドレスから手を離す。
「……だ、駄目よ」
「駄目?」
「……………こんな愛らしいドレス……私には似合わないわ」
視線をさまよわせ、そんな言葉がつい口に出た。
本当は自分の予想を裏切って愛らしくなったベージュのドレスを着たいと思っているのに、どうしようもない不安の方が勝った。
「エリシア様、こちらのドレスはエリシア様のために作られたものです。似合わないはずがありません」
どこから溢れるものかわからない不安に足踏みをするエリシアの背を押すようにミレイユが声をかけてくる。
「仮にもし、似合わないのならばその時は仕立て屋の腕が、化粧やヘアメイクを施した侍女の腕が悪かったのです」
「え!? そ、そんな……」
「お召しになって、それでも似合わないと思った時は存分に私を罵りくださいませ。はい、お着替えしましょうねえ」
「ち、ちょっと待っ……!」
エリシアが声を上げるも、ミレイユは聞かずにエリシアの着替えを進める。
あっという間に今着ているものを脱がし、仕立て上がったドレスを着せ、化粧やヘアメイクをも手際よくこなしていく。
そうして気がつけばエリシアは真新しいドレスに身を包んで、オスカーの前に連れてこられていた。
「おお」
ミレイユに背中を押されて押し出されたエリシアを見てオスカーが目を丸くする。
エリシアは恥ずかしさのあまりに泣きたくて、俯いてオスカーから視線を逸らした。
「これはなんとも可愛らしい。どこの姫君かと思ったぞ」
「お、お世辞は結構です……!」
「世辞とは心外だ、心から可愛らしいと思っているのに」
「調子のいいことを……そういうことを誰にでも言っているのではないですか」
「我が妃は手厳しいな。素直な褒め言葉を受け取ってもらえないとは。俺が色男である弊害か」
ストレートな褒め言葉を受け止めることができずに反発するようなことを言ってしまったが、オスカーは気分を害した様子もなく冗談を返してくる。
今の魔獣の外見で色男なんて。と可愛くない言葉が喉元まで出かけて、慌ててその言葉を飲み下す。
一体自分はどうしてしまったのだろう。
こんな反抗的な言葉が溢れてしまうなんて、まるでナディアのようだ。
自分の変化に戸惑い、胸元を押さえて唇を引き結んだエリシアを眺めていたオスカーがふとこう口を開く。
「ああ……でも、まだ一番可愛いとは言えないか」
その言葉にエリシアはようやく顔を上げてオスカーを見た。
彼は太い指を自身の口角に持っていって歯を剥いた。
「笑顔」
「…………え?」
「ほら、女性の一番可愛くて綺麗な顔は笑顔という。ニッコリ笑ってみてくれないか?」
そう告げられてもエリシアはただ俯くしかできなかった。
母親の後ろでいつも愛想笑いはしていたはずなのに、彼の前で何故かその顔を浮かべることが憚られたのだ。
エリシアが俯いたまま動けないでいると、オスカーがやがてため息のように息を吐いた。
その音にエリシアはびくりと体を竦ませるが、オスカーは歯を剥いているくせにこう穏やかに言った。
「なるほど、一番可愛い顔はここぞという時に取っておくつもりだな。なかなかに焦らすなあ」
「え、あ……」
「では俺が元に戻った時にとびきりの笑顔を頼むよ」
そういうつもりでは、と続けるはずだったエリシアを遮ってオスカーが言う。
そう言われてしまうとエリシアは何も言えなくなって、ただただエリシアはオスカーから視線を背けるように俯いた。




