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 案内された食堂に用意された食事は一人分だった。

 食堂の上座に椅子の代わりに置かれた分厚い樽の上にオスカーが腰掛け、そこから離れた位置に食事の用意された椅子にエリシアが腰掛ける。


「あの……第一王子殿下のお食事は……」

「ああ、気にしないでくれ。俺はもう済ませていてな。だから遠慮せずに食べてほしい」

「ですが……」


 食事とオスカーを見比べて、エリシアは言い淀む。


 どうにもひとりで食事をするのも恐縮してしまう。

 そんなエリシアの機微を感じ取ったのか、オスカーが「ああ」と顔を歪めた。


「そうだな、確かにお茶くらいは俺も飲もうかな」


 言葉から怒っている、というよりは苦笑を溢したのだと推測できた。

 彼は軽く手を挙げ、侍従に茶を持ってくるように命じる。

 そうしてやがて侍従が盆を携えて彼の茶を持ってきた。


「ーー……………」


 そのスケールに唖然と固まる。


 中身は確かにお茶、なのだろう。けれども入れられているカップがどこからどう見ても庶民の酒場にあるような小樽のようなビールジョッキだったのだ。


「ふふ、いいだろう。特注製なんだ」

「は、はあ………」


 オスカーが朗らかに言ってジョッキを取り上げる。

 鉤爪が引っかからないように慎重につまみ上げる彼の手の中にあると、ジョッキは確かにティーカップのような小ささに見えるから不思議だった。


「さてと、改めて。遠路はるばるようこそ、エリシア嬢。こんなクソッタレの辺境地までよく来てくれた」

「え、あ……いえ、そんな」

「俺の妃になる、ということだがそんなに気負わなくていい。俺は見ての通りこんな姿だし、第一王子とはもうほとんど名ばかりだ。おそらく王子妃教育も必要ないだろう。元に戻る見込みもないわけだしな」


 オスカーの言葉にエリシアはなんと返してよいかわからずに閉口する。

 オスカーは構わず続ける。


「だから何かを見込んで嫁いで来たというのなら、本当に申し訳ない。おそらくそこは期待外れに終わる。王位は弟が継ぐだろうし、俺は女を抱けるような体じゃないから種もくれてやれん。王家とのコネクションだってあってないようなものだ。何せこんな辺境地で魔獣相手に暴れ回るくらいしかできなくてな、利かせてやれるものなんてほとんどない」


 そこはエリシアも気付いてはいた。

 貴族家にとって、この第一王子に嫁ぐことに家には何の旨みもないのだ。


「だからまあ……罪滅ぼしとは言わんが、そこそこ自由にやってくれて構わない。ドレスや宝石を買ったりするもよし、趣味や好きなことに時間を使ってもいいし、何だったらこんな辺境地から出て王都に戻ったっていい。俺が持っている別荘だって提供しても構わない」


 オスカーの言葉にエリシアは何も答えられない。

 オスカーはくぴりとお茶をすすり、涼しい顔でこう言った。


「今回の縁談は俺に“人間に戻らなければ”と焦らせるための母上の親心から始まったものだ。この呪いは元々クラリス……元婚約者の感情が爆発した結果でな。感情には感情で抗えば戻るやも、と……でも俺がそんな意欲を全然見せないものだからな」

「そう、なのですか……」

「だから可愛い嫁がいれば、その子のために必死こいて戻る意欲を見せるだろうとな。俺に他人の人生を負わせ、お前が戻らなかったらこの子の人生が台無しになるぞ……っていう。まあ要するに体のいい贄だよな。本当に申し訳ない」


 それは初めて聞く話だった。


 父親はただナディアの縁談が整った。相手は第一王子だ。としか言わなかったから。


 今回の経緯を話すオスカーの視線はどこか遠く、誰かにーーおそらくは己の母に思いを馳せているようだった。


「婚姻が結ばれてしまった以上、君には怪物の妃の汚名を着せてしまうけれども、妃として決して不自由にはさせないつもりだ。そこは約束するよ」


 そうしてオスカーがまた顔を歪めた。

 怒っているような顔つきは恐ろしいのに、多少は剽軽に見えたのは彼の雰囲気が決してエリシアの父親が纏うような不機嫌なものではなかったからだろうか。

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