6
その古城は城というより砦の様相に近かった。
聳え立つ無骨な鋼鉄の城壁。一切の装飾は削ぎ落とされた城壁には弩弓や大砲が並ぶ。
城門は分厚い鉄板のようで、屈強な兵士が数人がかりで扉を開閉しているのを見た。
王都では決して見ることのない物々しい気配に足が竦む。
「エリシア様、どうぞこちらへ」
金属鎧が擦れる音を響かせて、古城の兵が恭しく頭を下げて馬車から降り立ったエリシアを案内する。
エリシアは無言のまま彼に頷き、それからもう一度大きな古城を見上げた。
大きな城そのものが怪物のように見えて、その怪物の口に自ら足を踏み入れるような気分だった。
「どうぞ、こちらでお待ちください」
兵士に通された場所は古城のホールだった。
吹き抜けのホールはとても広く、開放感がある場所だった。
けれども外観と同じように古びて無骨な印象は拭えない。
それに少し、いや、少しではないほどの悪臭が立ち込めていた。
獣臭い、と言えばいいのだろうか。
生臭く、脂っぽい臭いの強さは貴族が飼う馬の臭いよりも濃く野生的で刺激的だった。
あまりの臭いに吐き気が込み上げて軽くえずく。
と、その時だ。
ガシャン、と重たげな音を立てて扉が開く音がした。
その音にエリシアは振り返って、絶句する。
ーーそこにいたのは“人間”ではなかった。
およそ二メートルは超える山のような巨躯。
腕は丸太のように太く、大きな手には鋭い鉤爪。
全身は鋼鉄のような剛毛に覆われ、刺々しい要塞のようだった。
頭も当然のように人のそれではなく、縦に割れた瞳孔のあるギョロリとした瞳。獅子のように鋭い牙が生えていた。
魔獣と呼ぶに相応しい様相にエリシアは息を呑み、胸の前で握りしめた両手に力を込める。
しっかりと体に力を込めていなければ、今すぐにでも腰を抜かしてしまいそうだった。
魔獣が一歩、こちらへと踏み出す。
その足音はとても重たげで、それだけで脅威を示すようだった。
やがて足音が止まる。
は、とエリシアが顔を上げれば、魔獣は数メートルも距離を空けたところで立ち止まっていた。
「ようこそ、エリシア嬢」
魔獣が牙を剥き、低くしわがれた声でそんな言葉を発した。
獣が喉を震わせて唸るような声はこう言葉を続ける。
「オスカー・アストレイだ。遠路はるばるよく来てくれた」
「………エリシア・エインズワースです。第一王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
彼の自己紹介にエリシアは我に返り、慌ててカーテシーをする。
「この度はご縁を賜われたことを幸運に思います」
「ははは」
牙を剥いた魔獣が皮肉めいた笑い声を漏らした。
「幸運じゃなくて不運の間違いだろう」
「そ、そんなことは決して」
「いい、いい。わかってるから。君が貧乏くじを引かされたことくらいわかってるさ。すまないなあ、こんな悍ましい怪物の妃だなんてやりたくなかったろ」
「そんな……とんでもないことでございます」
低く唸り立てる声とは裏腹に彼の態度は朗らかだった。
オスカーは巨躯をゆっくりと動かして、身を翻す。
「ここで立ち話をするのも難だろう。食事を用意してある。よければどうかな?」
「は、はい……光栄でございます」
エリシアの言葉にオスカーが目を軽く閉じるように瞬きをし、また牙を剥く。
まるで威嚇をしているような顔つきに機嫌を損ねただろうかと恐縮して身を縮めれば、オスカーはエリシアに背を向けて一歩を踏み出しながらこんなことをぼやく。
「うーん……やっぱり笑顔にはもっと研究が必要か」
そんな呟きが聞こえてエリシアはますます戸惑うことしかできなかった。




