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翌朝、エリシアはバタバタと慌ただしい物音で目が覚めた。
今日はナディアがオスカー・アストレイ第一王子に輿入れする日だ。
使用人たちが忙しなく働いていても仕方がないが、それにしても落ち着きがない。
何か焦っているような気配にエリシアが胸元をきゅうと握りしめた時、
「あのバカ娘はまだ見つからないのか!」
広い邸が震えるような父親の怒号にエリシアは思わず首をすくめた。
父親の怒号にどうしようもない不安が込み上げ、エリシアは自室を出る。
邸の廊下は使用人がバタバタと走り回り、エリシアの部屋の隣ーーナディアの部屋からは父親の怒声が響き渡っている。
「あの……一体何が起きているの?」
「ああ、エリシアお嬢様……実は」
エリシアが手近にいた使用人を捕まえて事情を問えば、使用人は恐縮するようにぐしゃぐしゃに丸められた手紙を差し出した。
エリシアがそれを受け取って広げれば、
『十六年間、お世話になりました。いい加減あなた方に好き勝手される人生は終わりにします』
間違いなくナディアの筆跡にエリシアはヒュ、と息を呑む。
「まさか……」
置き手紙の内容に昨夜のナディアのことが過ぎる。
あの時、彼女は出奔する直前だったのだ。
思えばあのような時間に寝衣にも着替えず、人目を忍ぶように廊下を歩いていたのはおかしい。
どうして気づけなかったんだろう。
エリシアは真っ青になったまま手紙を握りしめて動けなくなっていれば、
「エリシア、そこにいたか」
ナディアの部屋で散々怒号を上げていた父親がナディアの部屋から出てくるなりエリシアに目を留めた。
エリシアは真っ青な顔を上げ、父親を振り返る。
「お父様……」
「状況はわかっているようだな」
「はい……」
父親の表情は明らかに不機嫌で、一触即発の雰囲気が漂っていた。
そんな父親の姿にエリシアは萎縮したまま父親の言葉を待つ。
「エリシア、準備をしなさい」
そんなエリシアに父親は端的にそう告げた。
「…………え?」
「ナディアがいなくなった今、我が家には娘はお前しかいない。今更娘がいなくなったから輿入れできませんなど言えるはずがなかろう。それがどれだけ恥ずかしいことだと思う」
苛立ち、吐き捨てるように告げる父親にエリシアは言葉を詰まらせる。
エリシアが答えられないでいれば、父親の厚い手のひらがエリシアの肩を掴んだ。
「お前ならわかってくれるな」
「ーー………はい」
ひりついた喉が勝手に言葉を滑り落とした。
その返答に父親はそれでもなお不機嫌そうだった。
「まったく、どうしようもない不良娘め。あんな娘などもう我が家の娘でないわ」
そうして立ち尽くすエリシアに目もくれず、父親は大股で歩き去っていく。
エリシアの頭には色んなことがとめどなく過ぎって、けれどもそれらの全てが形にならずにこぼれ落ちていった。
「…………支度、しなきゃ……」
突如降って襲いかかった不運を嘆くよりも前に、エリシアはそう呟いて動く。
これから自分がどうなるかもわからないことも恐ろしかったが、父親や母親に怒られることも同じくらいに怖かったからだ。




