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「ーーエリシア」
両親が去り、静けさが戻ってきた頃合いでオスカーがそっと呼びかけた。
優しい声音だったがエリシアは顔を上げることができなかった。
今更ながらに涙が溢れて止まらないのだ。
両親との対峙は確かに恐ろしかった。
けれどもそれ以上に両親が自分を愛していないことが途方もなく悔しくて悲しかったのだ。
結局二人が自分のことしか見ておらず、娘の自分など眼中になかったのだと真正面から突きつけられたことが悲しい。
方々に迷惑をかけるあそこまで情けない両親を持った不運がやるせない。
だが何よりあのような両親でも、それでもなお愛されなかったことに傷ついて涙する自分が一番情けなくて悔しい。
顔を覆って啜り泣くエリシアをオスカーが何も言わずに抱きしめる。
そっと自分の胸にエリシアの頭を抱え、背中をさすってくれる温もりにエリシアは声を抑えきれずに泣いた。
「……エリシア、すまなかった」
エリシアが漏らす嗚咽が少しずつ小さくなり落ち着いてきた頃、オスカーがそう語りかけてきた。
「君にこの騒ぎを知られる前に片付けるつもりだったんだが……結局君に知られてしまったな」
「いいえ、殿下……私こそ、私の身内が……」
「エリシアのせいではないよ」
オスカーはそう言ってくれるが、それでもエリシアの気は晴れなかった。
俯き、真っ赤に腫れた目元からまだあふれる涙を拭い続けるエリシアを見てオスカーは身を屈めてエリシアの顔を覗き込んだ。
「エリシア、今、何が悲しい?」
優しく問いかけるオスカーの声にエリシアは逡巡した。
けれどもすぐに胸に重たく詰まった感情をこぼすようにぽつぽつと言葉にする。
「…………どうして、私の両親はあのような人たちだったのでしょう」
「うん」
「あんなにどうしようもない人たちだと知らず、知ろうともせずにずっと従ってきました。そんな昔の自分がとても愚かで、悔しい」
「そうか。でも君はもうその頃の君ではなくなったよ。そうだろう?」
優しい否定の言葉に涙がまたあふれた。
「…………もっと普通の……私のことを愛してくれる両親が良かった。特別なことは何もなくて良かったんです。ただ……日常の些細なことを話して、笑い合ったり、時々喧嘩したり……誕生日は“おめでとう”の言葉だけでもいいから祝ってほしかったし、今日のような門出には“あなたのことを愛していた”と抱きしめてほしかった……!」
あふれてきた涙をオスカーの大きな手のひらがそっと拭ってくれる。
優しく自分を見つめるエメラルドグリーンの眼差しにエリシアはボロボロと涙をこぼして問う。
「殿下……私は……あの二人にとって、何だったのでしょうか………」
「エリシア……」
エリシアの哀哭にオスカーが自分ごとのように悲しい顔をした。
それでも頬を拭ってくれる彼の手のひらはあたたかい。
「…………君はずっと両親から愛されたかったんだな。それなのに愛されなくて悲しくて、傷ついてきたんだな」
オスカーの声は小雨が降るような響きをしていた。
エリシアに寄り添うように声をかけ続ける彼の声がゆっくりと心に沁み入ってくる。
「ずっと痛かったな。苦しかったな……今まで、よく耐えて頑張ってきた。偉かったな」
こぼれるエリシアの涙を何度も拭い、オスカーは語りかけてくる。
「これから先、君のことは俺が愛するよ。君が笑顔でいられるようにずっと、君のことを愛していく。改めてここで約束をする」
「殿下……」
「愛してるよ、エリシア。これから先、俺と一緒に他愛ないことを話して、たくさん笑い合って、時には喧嘩もして仲直りして、そんな日々を一緒に過ごそう。そのうち子供も授かるだろう。そしたら子供のことで一緒に頭を悩ませて、たくさん大騒ぎしながら理想的な父親と母親を目指そう。子供を愛して、愛されて、俺たちで幸せな家族になろう」
「……私に……できるでしょうか。両親に愛されなかった私が。両親の愛を知ることのできなかった私が……」
「できる。大丈夫、俺がついている。俺だけじゃない、母上や父上もいる。エリシアを好く人は君が思うよりたくさんいるぞ。みんなにあたたかく見守られて、俺たちは俺たちらしい家族を作ればいいんだ。気負う必要はないよ」
エリシアを慈しむ眼差しを見返しながら、エリシアは瞬いて最後の涙を落とした。
それもオスカーの手のひらが受け止める。
あれほど重たく胸を詰まらせていた感情はいつの間にか春の暖かさに溶けゆく雪のようにすっかりと溶けて、エリシアは自然と微笑んでいた。




