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「号外〜、号外〜!」


 そんな騒がしい声と共に店先に飛び込んできた男に店番として店頭に立っていた娘が顔をしかめる。


「何よ、騒がしい」

「ナディア、ほらこれ見ろよ。お前の故国の新聞」


 そうして押し付けるように差し出してくる新聞を受け取り、開く。

 そこにはアストレイ王国の第一王子の呪いがようやく解け、呪われていた頃から王子を支え続けた娘を伴侶に迎えて立太子したという記事が書かれていた。


 その第一王子夫妻の絵姿まで描かれている。


 その記事を眺めていると、新聞を持って駆け込んできた男がナディアを肘でつついた。


「お前、惜しいことしたよなぁ。素直に嫁いでれば王太子妃だったのはお前だったかもよ」

「はあ、くっだらない」


 からかう男に新聞を投げるように突き返し、ナディアはため息をつく。


「身分が惜しけりゃ今頃こんなところで汗水垂らして働いてなんかいないっつーの」

「はは、そりゃそうだ」


 ナディアの言葉に彼はあっさりと頷いて、ナディアが突き返した新聞を広げる。


 そんな男が広げる新聞の裏側を見つめ、ナディアは思い返す。

 父親がナディアの意思などまるで介さずに結婚を推し進めたあの日にナディアは伯爵令嬢の身分を捨てて出奔することを決めた。


 元よりそのための準備はしてきたのだ。


 ナディアは父親が嫌いで、母親が嫌いで、姉のことも嫌いだった。

 だからいつかエインズワース伯爵家を捨て、例え平民に身を落とそうとも自力で生きていくのだと。


 そんなナディアを面白がったのが目の前にいる男だった。

 ナディアの故国であるアストレイ王国で商会を営む富豪の長男。

 彼の口利きで彼の家が営む商会で下働きをさせてもらい、出奔のための資金を稼がせてもらった。


 そしていざ出奔するその時、彼は商会の流通ルートを使ってナディアのことを海を渡った遠い国へと逃してくれた。

 一歩間違えれば貴族子女の誘拐で罪を問われてもおかしくないのに、彼はナディアを他国に逃した後も商会の支店にナディアのことを匿い働き口を提供してくれている。


 酔狂な男である。


「ーーで、ナディア。そろそろ考えてくれた? 俺との結婚♡」


 男の言葉にナディアは閉口する。

 半眼になって白い視線を突きつけるナディアに構わず、男はニヤニヤ笑って新聞に描かれた第一王子夫妻の絵姿を見せつける。


「お姉ちゃんが結婚した勢いのまま、俺たちもゴールインってどう?」

「他人が結婚したからってそれとこれとは関係ないでしょうに」

「他人って」

「他人よ。血が繋がっているだけの他人」


 男の反論を遮って断じる。


 自分で言っておいて、言い得て妙だと思った。

 姉、エリシアは自分にとって血が繋がっているだけの他人だ。


 ましてや、


「ーー…………」


 絵姿の中で第一王子に寄り添われて穏やかに微笑む王太子妃となった女など他人もいいところだ。


 ナディアの姉はそんな顔をして微笑むような女ではなかった。

 記憶の中の彼女はいつだってこの世の全ての不幸を自分が背負っていると言わんばかりの陰のある表情ばかりだ。

 絵姿の中の知らない顔をする女は、果たして本当にそうやって微笑むようになったのか。それとも第一王子の妃に暗い顔は似合わないと王宮絵師が忖度を働かせて描いた架空の姿なのか。


 ナディアにはとんとわからないし、知ろうとも思わなかった。


「そんなことより、はいこれ発注明細と納品書。仕入れ先からのお知らせに、今月末の棚卸し予定表」

「ちょ、待っ……待って、いっぺんに渡さないで。え、どれがどれだって!?」

「あと従業員のシフト表ね。しっかり確認よろしく、支店長」

「おうあーっ!」


 ナディアが帳簿や書類をどん、どんと彼の腕に積み上げてやれば、彼が悲鳴をあげた。

 積み上げられた仕事に涙目になる彼を置いて、ナディアは「昼休憩入りまーす」と颯爽と店を出る。


 その際に「ってかまたプロポーズ流されたーーー!」と泣く声が聞こえたが、聞かなかったことにした。


 彼には恩を感じてはいる。けれどもそれとこれとはまた別の話だ。


「正直、結婚に夢を持てないのよねえ」


 毒にしかならない親の元で育ったせいだろうか。

 結婚というしがらみが、家族という枠組みが自分の幸せに繋がるとどうしても思えなかった。


 今はまだもう少し自力で稼いで、きちんと自分の足で歩けるようになりたいと思う。

 そうして彼の手を借りずとも自分だけで立てるようになったその時は、


「……ま、それでも熱心に口説いてくるんだったら考えてあげる」


 彼の聞こえない場所で小さく呟く自分がおかしくてナディアはクスリと笑む。


 支えられるだけの女でいるのはまっぴらご免だった。

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