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「ーーあなた方はもう貴族ではなくなります」

「………は?」

「バルトレイ公爵はあなた方の借金を一時的に立て替えました。代わりにあなた方は爵位を売り、立て替えてもらった借金を返し、それでも足りなければ破産手続きで財産を差し押さえることになるそうです。ですからもう貴族でなくなるあなた方に招待状を出すことはできませんでした」

「な……な………っ」


 エリシアの説明に父親は顔を真っ赤に染め、母親は口をはくはくと開閉させた。


「馬鹿を言うな! 我々が貴族でなくなるなんて、そんなことがあってたまるか!」

「そうよ、あなた、適当なことを言っているんじゃないわよ! 言っていい冗談と悪い冗談があるのもわからないのかしら!?」

「エリシア、お前、親をおちょくるのもいい加減にしろ! ええい、こちらに来い! その性根、叩き直してやる!」


 門番が遮る向こう側で両親が喚き立てる。


 自分たちの置かれた状況の理解を拒み、ただただ暴れる両親の姿を見るのはエリシアにとって途方もなく苦しいことだった。


 あれほど大きく、恐ろしく見えていた両親が実はこんなにも情けない人たちだったこと。

 そんな人たちに怯え、ただただすべてを捧げるように従っていた自分は何だったのか。

 昔の自分が費やした時間があまりにも虚しく悲しかった。


 それでも、これほどにひどい両親だとわかっても、彼らに愛してほしいと願っている自分がいた。

 ただただ、普通の両親のように愛して、愛されたかった。

 人生の節目を共に歓び、分かち合いたかった。


 それなのに。


「ーーそこで何をしている」


 不意に鋭く重く響く声がして誰もがハッと振り返る。


「このめでたい日に騒ぎを起こすとは、どういう了見だ」


 高く靴音を鳴らして現れたのは、


「オスカー、第一王子殿下……」


 幾人かの兵士と伴ったオスカーの姿にエリシアが呆然と呟く。

 オスカーは悠然と歩を進め、やがてエリシアの隣に立つとそっとエリシアの肩を抱いて寄り添った。

 彼に寄り添われると今まで必死に去勢を張って強張らせていた体から力が抜けそうになる。


「すまないな、来るのが遅くなった」


 エリシアにだけ聞こえるように優しく囁く声に涙腺が緩む。

 オスカーはそんなエリシアの顔を隠すようにエリシアを抱き留めると、改めて門番に阻まれて城に踏み込めていないエリシアの両親へと視線を向けた。


「お、王子殿下、騒ぎだなんて、そんな……! 我々はただ娘の結婚式に参加したいという当然の権利を主張しただけです! ええ、何かの手違いで招待状が届かなかっただけなのに、こいつらときたら」


 エリシアが呼んだ名前にエリシアの父親は途端にへりくだって門番へと責任をなする。

 それでも門番は二人を通さないと固く長槍を交差させたまま、視線を鋭く二人を睨み据えている。


「娘。はは、娘か。もはやエリシアの籍はバルトレイ公爵家にある。お前たちの娘ではない」

「それでも生みの親は我々だ!」


 失笑するオスカーに父親が怒鳴った。

 それでもオスカーは笑んでいた。


 いや、笑んでいたのは口元だけ。彼のエメラルドグリーンの瞳は冷え冷えとしていて、エリシアは彼がこんなにも冷たく微笑む男だということを初めて知った。


「それでは幸せな結婚をする娘へ、当然の言葉はかけてやったんだろうな?」


 オスカーの問いに両親が怪訝そうに顔をしかめた。


「“結婚おめでとう”、“幸せにおなりなさい”。親ならばそのくらいの言葉はかけて然るべきだろう。けれどもエインズワース伯爵家からそのような祝辞は受け取らなかったし、バルトレイ公爵家にも届いていないと聞く」

「そ、それは……」

「形だけの祝辞もなく、権利だけを声高に主張し、娘を恫喝するものが親を名乗るなど片腹痛い。恥を知れ」


 言い淀む両親へ、笑みを消したオスカーがそう断じた。

 冷え冷えとした鋭い視線を向けられて、両親が言葉に詰まる。


 オスカーが軽く手を挙げる。

 途端、オスカーの後ろに控えていた兵士たちが両親を捕縛した。


「な、何を……!」

「お前たちは不敬にも王城で騒ぎを起こした。一晩は牢で頭を冷やすがいい」

「お、お待ちください……! そ、そんな、ただちょっと言い忘れていただけではないですか……!」


 兵士に引っ立てられる両親が悪あがきに喚いている。


 もはやその言葉をかければ済むという状況でないことがわからないのだろうか。


 兵士たちに引っ立てられていく両親の声が小さくなっていく。

 結局、最後まで二人は的外れなことを喚き立てるだけで、反省の言葉もなければ謝罪もなかった。

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