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「--……実はまだ、君に会う心の準備ができていなかった」

「心の準備……ですか?」

「そう。君とは怪物になった後に出会った。人間の姿で対面するのは初めてだろう?」


 言われてみればその通りなのだが、オスカーが心の準備をしなければならない理由がわからない。

 怪訝に眉をひそめたエリシアへ、オスカーはただ困ったように微笑んだ。


「前にも話したことがあるだろう? 俺はクラリスを守れなかった。彼女の不信を拭えるほどの愛を注げなかった」

「それは殿下だけのせいでは……」

「ああ、うん……それはわかっている。俺だけのせいじゃないんだろう。でも俺はやっぱり俺を許せないよ。大切な女の子を守れなかった。寄り添い切れなかった。きっとまた同じことを繰り返すかも知れないと思うとやり切れない」


 改めて顔を上げてエリシアを見たオスカーの表情はどことなく哀しそうな微笑みだった。


「だけれどどうすれば君を守れるのかわからなかった。いっそ王子という身分を降りれば少しはマシになるのかな。全部投げ捨てて、君だけを連れて誰も知らない場所まで逃げて……でもね、俺はこの国のことも大好きなんだ」

「殿下……」

「ずっとこの国を守ってきた父の背中を見てきた。この国を育んできた母の眼差しを見てきた。その国を継いで守るのは俺にとって誇れる使命だと思ってる。そうすると君を守るための手が足りない。堂々巡りだ」


 自分の手のひらを見て、オスカーは言う。

 怪物の時と比べて小さくはなったが、すらりとして滑らかな肌の美しい人間の手のひらはエリシアの手のひらよりやはり大きい。


 けれども国を守り、エリシアを守りたいと望むオスカーには小さく見えるのだろう。


「…………エリシア、俺は君にまで“もう信じられない”と突き放されるのが怖いんだ。情けない男だろう?」

「殿下……」


 手のひらを握りしめて奥歯を噛むオスカーへ、エリシアは歩み寄った。

 強く握りしめる彼の手のひらを両手で包めばオスカーがハッとした顔でエリシアを見つめた。


「いいえ、殿下。そんなことはありません。王妃様がおっしゃっておりました。殿下は弱い部分を隠そうとなさる方だと……けれども今回、私にそのことを打ち明けてくださいました。それはとても勇気がいることだったと思います。だから……殿下は情けない男ではありません。ありがとうございます、私を信じて打ち明けてくださって」


 オスカーのエメラルドグリーンの瞳をまっすぐと見つめ、エリシアは言った。

 彼の揺れる瞳がどこか泣きそうで、エリシアは彼の手のひらを握った手に力を込めた。


「殿下……私は殿下の信頼に報いたいと思います。あなたのために強くなります。国を守るあなたの支えとなれるよう……守られるだけの女にはならないように。だからどうか私をあなたの隣を歩く伴侶として認めていただけないでしょうか」


 オスカーが小さく息を呑んだ。


「エリシア……」

「あなたにとって妃とは、共に支え合い同じ方向を向いて歩いていく存在なのでしょう? ……私ではやはり不足ですか?」


 そう問えばオスカーはふと自分の手を握るエリシアの手を引いた。

 短く悲鳴を上げた時にはエリシアの体はオスカーの腕の中に収められ、強く抱きしめられていた。


 心臓が大きく跳ねる。


「そんなことない。ありがとう、エリシア。君はとても強くなったな」

「殿下……」

「君が妃で良かった。君が妃になってくれたことは俺にとって人生最大の幸福だ」


 ぎゅう、と少し痛いくらいの力で抱き留めるオスカーの腕の中でエリシアは少しもがき、彼の背中に腕を回す。


 広くて大きい背中は自分の腕では回りきらなかったけれども、エリシアはそれでも必死で彼の背中に縋るように腕を回した。

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