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「--きゃぁあああああああああっ!!」


 その時だ。

 不意に絹を引き裂くような女性の悲鳴が聞こえてオスカーは飛び起きた。

 耳をそばだて、声の出所を探せば上空だ。


 上空?


 本来ならばあり得ない場所からの悲鳴に戸惑いつつも真上を見上げれば、


「オスカー様どいてぇえええええええっ!!」

「クラリス!?」


 何故かクラリスが自由落下している。

 二年ぶりの婚約者の姿に何故を思うよりも先に彼女はオスカーを風圧で押し潰して落ちてきた。


 怪物と化しているオスカーを押し倒すほどの風圧はおそらく彼女の風の魔法だったのだろう。

 そんなことを思いながらオスカーは自分の胸の上に落ちたクラリスを見る。


「……クラリス、大丈夫かい?」

「………………オスカー様! わたくし、“どいて”と言いましたよねえ! どうしてどいてくださらないんですか!」


 オスカーの声にクラリスがパッと身を起こし、プンスコと憤った。


「怪我はなさそうだな、それなら良かった」


 二年前とまるで変わらないクラリスのお転婆ぶりにオスカーは苦笑をする。


「だがどうしてここにいるんだ、クラリス。君はまた転移魔法で不法入国してきたのか? カーレル王配殿下にまた叱られるぞ」

「大丈夫です! 今回はきちんと入管手続きを済ませた後の転移魔法ですから! なのでちょこっと転移するくらい、お父様にバレないうちに戻れば問題ありません!」

「結局カーレル王配殿下にバレたら雷を落とされるやつじゃないか」

「ば、バレないように上手くやりますわ、大丈夫です!」


 と、クラリスが虚勢のように胸を張った。


 多分、後でバレて特大の雷を落とされるのだろう。

 婚約していた頃を思い出し、オスカーはただただ彼女の父親の心労へと思いを馳せた。


「………それで君はここに何をしにきた? それに入館手続きを済ませてきたって……あの日の後、君はこの国に足を踏み入れることを禁じられていたはずだ」

「それは当然、オスカー様の呪いを解くためですわ」


 薄々そうなのではないか、と思っていたことを肯定され、オスカーはひそやかに動揺を飲み下した。


「オスカー様、お聞きになりましたか? わたくし、“魔女”になったのです」

「……ああ、聞いているよ。おめでとう。まさかカーレル王配殿下を凌いで“魔女”の称号を手にするとは、君はとても努力したんだな」

「そうなのです。今世紀の大天才、稀代の才能、女王が最も信頼する守護盾と呼ばれるお父様を超え、わたくしが“魔女”になったのですわ! そしてようやくオスカー様の呪いを解く方法がわかったのです!」


 胸を張るクラリスにオスカーは言葉に詰まった。

 呪いが解けるのはきっともうすぐ。母がそう言っていたが、そのもうすぐが今急にやってくるとは思っていなかった。


「さあ、オスカー様、今呪いを解きますわね!」

「ま、待ってくれ、クラリス」


 意気揚々と杖を構えたクラリスにオスカーは慌てて制止をかけた。


「俺の呪いが今解けていたらカーレル王配殿下にここに無断で転移してきていることがバレることになるぞ。悪いことは言わないから今は戻って正式な手続きを踏んで解呪をしよう」


 オスカーがそう告げれば、クラリスは今そのことに気がついたとばかりにハッとした顔をした。


 ぐぬぬ、と苦悩するクラリスを見つめ、オスカーは自身の内側に募った恐れや戸惑いから自分ができるだけ解呪を遅らせられる方法を探していることに気がついた。


 おそらくまだ心の準備が何ひとつできていないのだ。

 せめてもう少し時間をかけてこの不安に折り合いがつけられれば。


 そう思っていたのに、


「--……………っ、でも、わたくしは早くオスカー様の呪いを解きたいのです」


 クラリスが改めて杖を構えたのでオスカーは怯んだ。


「だって、この二年間オスカー様には嫌な思いをさせてしまいました。わたくしが未熟だったばかりに! ですからいち早く呪いを解いて、解放してさしあげたいのです」

「クラリス、待っ………っ!」

「大体たくさんの紙にサインして、協議するからって待たされて、それで二週間もかかるとか馬鹿げてる! オスカー様を今すぐにでも戻せるのに何をそんなに待たせる必要があるのですか!」


 クラリスはすでに魔法陣を展開している。

 足元に輝く魔法陣の光に閉じ込められたオスカーはめきめきっと体が変わっていく感覚に胸を押さえた。


 そういえばあの時も内側から何かが膨れ上がって体が引き裂かれるような痛みがあったのを今更ながらに思い出した。


「オスカー様にはもうこれ以上怪物でいる苦悩なんて味わってほしくない! 早く人間に戻って、それで元通りの生活を送ってください!」


 クラリスの願いはかろうじて聞こえた。

 けれどもオスカーは体が圧し潰され、狭い場所に押し込められるような激痛に声も出せず、やがて目の前が真っ白に飛んで意識を失った。

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