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こうしてエリシアの王都での王子妃教育が始まった。
優しくエリシアに接してくれていた王妃の教育は思っていたよりもずっとスパルタだ。
まずエリシアは国内の数ある貴族の名前と領土をすべて叩き込まれた。
そればかりか彼らの領土の特徴や、派閥の関係性。彼らひとりひとりの仕事や役割までもだ。
その中でエリシアは貴族淑女が慈善活動や後援者、果ては事業の代表などをも勤めていることを知り、驚いた。それもひとりやふたりという数ではない貴族淑女が、だ。
父親の口癖だった「女は出しゃばるな。男の後ろに黙ってついていればいい」とは何だったのだろうか。
エインズワース伯爵家の価値観はエリシアが思っている以上に世間と乖離していることを突きつけられるばかりだ。
それから王妃や王子妃としての公務や年間のスケジュールの内容も教えられた。
王宮の儀礼に対する作法や伝統は多岐に渡り、そこに近隣国の伝統やマナーが加わると頭がこんがらがった。
それでもひとつひとつを紐解き、地道に覚え、身につけていった。
だがエリシアの試練は途方に暮れるほどの膨大な勉強ばかりではなかった。
「まあ、どなたかしら。王妃様のお隣にいらしゃる方は」
「さあ……侍女か何かではなくて? だって……ねえ。王妃様のお隣に並ぶにはあまりにも……」
ヒソヒソ。王妃の公務である慈善団体のイベントに同行した際、エリシアはそんな陰口を聞いた。
こちらをチラチラと伺いながら意地の悪い笑みで自分のことを囁く声にエリシアは怯んで背中を丸めそうになる。
「まっすぐ立ちなさい、エリシアさん」
その瞬間、王妃が叱りつけるように鋭く告げた。
その言葉にエリシアははっとすれば、彼女は手本のようにまっすぐと背中を伸ばしてエリシアを見つめていた。
「あなたは王子妃としてこの場に立っています。誰が何と言おうと、それに負けて縮こまってはダメよ」
その言葉にエリシアはつい「ですが…」と気弱な言葉が出そうになった。
そんなエリシアを叱るように王妃の手がエリシアの背をさすり、エリシアの背中を伸ばす。
「心ない言葉に傷つくのは仕方ないわ。でも泣くのも愚痴を吐くのも後よ。今はぐっと我慢して堂々と胸を張るの。あなたが自分の価値を疑い、怯んで縮こまるのはあなたを妃と認めたオスカーに対する冒涜よ」
「っ………!」
王妃の強い言葉にエリシアは息を呑む。
エリシアの背をさする王妃の手は変わらずあたたかい。
「あなたの価値を信じている私への侮辱にもなる。だから公の場では“私はこの場所に相応しい女だ”という顔をして立ちなさい。相応しいかどうかの結果なんて堂々と立っていれば後からついてくるものなんだから」
「…………はい」
王妃の言葉にエリシアは頷き、背中をまっすぐと伸ばして顔を上げた。
王妃の手が背中から離れる。
「それじゃあ私は代表のスピーチに向かうわ。それが終わったら一緒に挨拶回りをしましょうね」
「はい。いってらっしゃいませ」
エリシアの言葉に王妃はにっこりと笑んで、それから高く靴音を鳴らしてスピーチに向かう。
その背を見送るエリシアも不安で縮こまらないように精一杯胸を張って背筋を正した。
背中のぬくもりは離れたのに、まだそこに残っているような気がするからエリシアは背中をまっすぐにして立っていられた。




