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「わあ………」
オスカーが連れてきてくれた場所は水辺の美しい湖畔だった。
透き通るアイスブルーの湖。城の庭園とは違う小さな野花が咲き乱れる岸辺。遠くの山々までも緑が豊かでどこを見ても絵画のようだ。
時折小鳥の囀りが響くだけの静かで落ち着いた場所にエリシアはただ感嘆の声を上げた。
「この辺りの魔獣はすでにひと通り駆除済みだから危険はあまりない。けれどはしゃいであまり遠くまで行かないでくれよ」
「はい」
オスカーの言葉にエリシアは頷く。
この辺境の地には魔獣が蔓延っていることはエリシアも理解している。
この美しい岸辺には合わない武装した物々しい騎士たちの顔も見回し、エリシアはこんな警備まで敷いてここに自分を連れてきてくれたことに感謝をした。
「ここにはいつか君を連れてきたいと思っていたんだ」
ふとオスカーがそう口を開く。
その言葉にエリシアは彼を見上げる。
彼は優しい眼差しでエリシアを見下ろしている。
「ここの景色は綺麗だろう?」
「はい、とても」
「そうだろう。空気が美味い辺境地の中でもより空気が美味しく感じるしな。ああ、ほら、ご覧。魚が跳ねている」
「ええ、どこですか?」
「ほら、あそこ」
オスカーが指を指しているが、魚はすでに水面に消えてしまった後なのだろう。ただチャプチャプと小さな波が立つばかりだ。
魚が跳ねているところを見逃したエリシアが思わず唇を尖らせれば、オスカーが苦笑しながら「きっとまた跳ねるよ」と言った。
「ーー…………」
今度は絶対に見逃さないと意気込んで湖面を眺めていると、オスカーの視線を感じた。
「あの……何か?」
「いや。君はここに来た頃とは比べ物にならないほどに表情が豊かになったなと」
彼の視線にほんの少しの戸惑いを口にすれば、彼はそうひっそりと笑った。
その声が優しいからエリシアは何となく恥ずかしくなって視線を落とす。
「…………それは……殿下のお陰かと」
「俺の?」
「……はい。殿下は私に色んなことを教えてくださいます」
彼にそう告白するのは少し恥ずかしかったが、それでもするりと言葉は出てきた。
「私は……本当にエインズワース伯爵家のことしか知らなかったんです。父と母がすべてで、その価値観しか知りませんでした。でも殿下が根気強く私と向き合って……世界を広げてくれたんです」
エインズワース伯爵家の狭い世界しか知らなかったから、ずっと父と母に縋っていた。
盲目的に二人の愛情を信じ、彼らに付き従ってきた。
けれどもここに嫁いで初めて人が人を想う本当のあたたかさを知った。
誰かが笑顔でいてくれるだけで隣にいる誰かの息がしやすくなることを知った。
同時にそれは自分の父と母が自分を決して見ていなかったことを突きつけられる痛みにもなったけれど、それでもそれを知れてーー否、ようやく気付かない振りを止める勇気を持つことができて良かったと思うのだ。
「ですから私は……殿下に嫁ぐことができて、とても幸せに思います」
その言葉を口にするのはまるで告白のようで心臓がバクバクと高鳴った。
いや、まるでではなく実際にエリシアにとっての精一杯の告白だった。
だからエリシアは言ってから真っ赤な顔を伏せる。
「ーー……そうか」
頷くオスカーの声音は柔らかかった。
けれどもほんの少しの違和感を感じ取って、エリシアははっと顔を上げる。
エリシアを見下ろすオスカーの眼差しはいつもと変わらずに優しかったけれど、やはりどこか小さな違和感があった。
「……殿下?」
「うん?」
「あ、いえ……その……」
軽く首を傾ぐオスカーにエリシアは違和感をうまく言葉にできなくて口ごもる。
必死に違和感の理由を探り、エリシアはやがてこう口にする。
「殿下は……あの」
「うん」
「…………前の婚約者だった……クラリス第四王女殿下を愛しておられたのでしょうか?」
その問いにオスカーは虚を突かれたように目を軽く開いた。
それからそっとエリシアから視線を背け、湖面へと目を向ける。
エリシアもつられて湖面へと目を向ける。
そこは変わらず穏やかに水面が揺れていた。




