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「……あの子がクラリス第四王女を恨んでいないのはきっと本当。でも今まで頑張ってきた人生を台無しにされて落ち込んでいないのは嘘。ただ腐っているところを見せればそれだけで自分を慕った周りが呪いをかけたクラリス第四王女への恐れと憎しみを増長することを知っているの。それは大きくなれば魔法国エーヴェルシュタインへの恨みへと育ち、やがては国交を損なうことになってしまう」
そうして王妃が窓の外を見る。
窓の外はスティーブが手塩にかけて育てた庭園が広がっている。
けれども王妃の眼差しはその穏やかな庭園ではなくどこか遠いところを見ているようだった。
「王族としての立ち回りとしては正解なのでしょうね。でもあの子個人の感情は? 行き場のなくなってしまった感情を独りで抱えこんだままならいずれその重さに潰されてしまう。私はずっとそれを心配しているの」
「王妃殿下……」
「……その頃ね。あの子がこの辺境地に下がってしばらくして、私はナディアさん……あなたの妹のことを聞いたの」
王妃が出した名前にエリシアはハッと息を呑んだ。
王妃はエリシアの反応には気がついただろう。けれども彼女は追及することなく、ゆっくりと語り続けた。
「貴族令嬢ながら男に混じって狩りをし、魔獣にも怯まず冷静に対処ができる子。この話を聞いた時、この子ならば今のオスカーとも対等に話ができる子だと思った。そうしてナディアさんのことを調べていくうちに彼女がとても自立心に溢れた気の強い子だと知って、ますます彼女ならオスカーも抱えたものを曝けて預けられるのではないかと思ったの。でも……--」
王妃がそっと憂うように視線を落とした。
それでも微笑む顔が自嘲しているようだった。
「私はやり方を間違えてしまったのね。彼女が家を出たいことを知っていた。だから彼女が家を出られるようオスカーとの縁談を整えたのだけれど……それがまさか彼女の地雷を踏み抜くことになるなんて」
「申し訳ありません、王妃様……妹が、その……」
「いいのよ、謝るのはこちらの方だわ。私がやり方を間違えてしまったせいであなたの将来も狂わせてしまったわ。ごめんなさい」
「そんな……滅相もございません」
王妃はそう言ってくれたが、エリシアはそっと視線を落とした。
本来、ナディアが座るはずだった席に間違いで座ってしまったことがどうにも決まり悪かった。
「それでもあなたが来てくれて良かったと思うの」
と、王妃の言葉にエリシアはハッと顔を上げた。
彼女は穏やかに微笑み、エリシアをじっと見つめている。
怪物の顔とは似ても似つかない美しい顔なのに、何故だか妙にオスカーの眼差しを思い出させた。
「あなたのこと、オスカーからたくさん聞いたわ。今のあの子にも懸命に向き合って、歩み寄ろうと頑張ってくれている。とても可愛らしい良い子なんだって。私も少しお話ししただけでそう思ったわ。一生懸命にあの子を想って、力になろうとしてくれている。それだけで私は、あなたがあの子の妃になってくれてすごく嬉しい」
「王妃様……」
「ありがとう、エリシアさん。オスカーの妃として来てくれて。きっと……これからも苦労をかけることは多いでしょうが、オスカーのことをよろしくね」
そうして王妃はエリシアの両手を自分の両手で包み込むように握った。
彼女のほっそりとした指先はとてもあたたかくて、エリシアはなんだか胸がいっぱいになってしまった。
思えばこうやって誰かに手を握ってもらうことなど初めてだったかもしれない。
だから、ただ手を握ってもらうだけでこんなにも胸があたたかさで満たされるなんて知らなかった、と彼女の手のぬくもりをジッと意識し続けた。




