27
「お入りなさい」
客室の扉を叩くとそんな声が返ってきた。
その声にエリシアは緊張をしたまま扉をゆっくりと開く。
「ようこそいらっしゃい、エリシアさん。少し落ち着かないけれども許してちょうだいね」
「いえ、あの、私が急に押しかけましたから……すみません」
エリシアを出迎えた王妃の部屋は荷造りを終えた荷物が少し積み上がっている。
彼女は翌朝に王都に戻る予定なのだ。
「いいのよ、二人で会ってくれて嬉しいわ。ふふ、息子がいると女の会話ができないものね」
王妃は茶目っ気に笑むとエリシアにゆったりと座れるソファを勧める。
エリシアは恐縮したまま彼女の示したソファに腰掛ければ、王妃もまたもう一つのソファへと腰掛けた。
すぐさまミレイユや王妃についた侍女がお茶やお茶請けを給仕する。
「それで……私にお話ってなあに?」
王妃はにこやかにエリシアにそう問う。
エリシアは自分から彼女に話がしたいとアポイントメントを取ったにも関わらず、いざ彼女を前にすると頭が真っ白になってしまった。
何をどう切り出すべきかと思い悩んで「ええと」「あの」と口ごもっていると、王妃がクスクスと微笑んでこう言った。
「当ててあげましょうか。オスカーのことではなくて?」
「えっ、あ……ど、どうして……」
「わかるわよ。あなたが勇気を出して私とお話したいだなんて、そのくらいしか思いつかないわ」
エリシアの驚愕に王妃は少女のようにころころと笑ってから湯気の立つティーカップを持ち上げて一口飲んだ。
彼女の優雅な所作を見つめていたエリシアはやがて視線を自分の手元のティーカップに落とした。
「…………その、少し……気になってしまって」
「ええ」
「第一王子殿下が何かを不安に思うようなことがあるのか……と。あの方はいつも笑顔で朗らかで……悩み事も上手に解決できる方のように見えますから」
だから王妃があの時の茶会でオスカーに対して真剣な瞳で見つめて告げた言葉に驚いたのだ。
エリシアにとってのオスカーは見た目は怪物でも誰に対しても分け隔てなく接することのできる心優しき完璧な男だ。
怪物になる前のかつての美貌があったのなら少女が憧れるような理想の王子様像そのものなのだろう。
だが、けれども王妃の言葉を聞いて同時にこうも思ったのだ。
王妃にはエリシアには見えない何かをオスカーに見てあの言葉を告げたのだろう、とも。
だからエリシアは彼女に話を聞きにきた。
もしオスカーが不安に思うようなことがあるのなら力になりたいと。
果たして自分ごときが力になれるようなことなのかはわからないけれど。むしろお荷物になってしまうような自分かもしれないけれども、彼の心が曇るようなことがあっては欲しくなかったのだ。
「ふふ」
話すうちに緊張は忘れて真摯に訴えるエリシアに対して、王妃がそう口元を綻ばせた。
その笑顔にエリシアはハッと我に返り、ほんの少し乗り出していた身を正した。
「……申し訳ありません」
「いいえ、いいのよ。ありがとう、嬉しいわ。あの子のことを想ってくれているのね」
エリシアの謝罪に王妃は微笑んだままそう言った。
自分の想いを王妃にまで知られたことに気がついてエリシアは思わず赤くなった。
「…………あの子、オスカーは母親の贔屓目もあるけれど、とても立派に育ってくれたわ。とても優秀で心優しい、民のために心を砕く立派な王子に」
それはエリシアもなんとなく察している。
オスカーはただ朗らかで心優しい陽気なだけの怪物ではない。王太子として召される王子だったのだと思わせる品格があった。
「あの子は王になるべき子で、本人も周りもそう思って生きてきた。だからなのかしらね、あの子は弱音を吐くことがとても苦手なの」
「弱音を吐くことが、苦手……」
「昔からそうなの。見栄っ張りなのね、立派な自分でいたがるのよ。だから格好悪いところを隠そうとするの。笑っちゃうわよね、おしめをしてギャンギャン泣いていた頃から知ってる母親にもそうなんだもの。ううん、そんな頃を知ってるからこそ知られたくないのかしらね」
朗らかに笑う王妃にエリシアは返答に戸惑った。
困惑するエリシアに構わず、王妃は言葉を続ける。
「……あの子、呪いを受けた直後も何も言わなかったわ。体を無理矢理に変えられただなんて苦痛でしかないはずなのに……あんな人間とはほど遠い姿に変えられて、元に戻れるかもわからない状態なんてもっと不安になってもおかしくないし、今まで送れていた人間的な生活が送れなくなったことにも強い憤りを感じだっておかしくないの。体が変わったことで自分を見失って心を壊すことだってあり得た。でもあの子は静かにその状態を受け入れ、呪ったクラリス第四王女を許した。あれは“事故”だったと」
「“事故”だった……」
「“事故”といえば、そうなんでしょうね。クラリス第四王女のあれはただの癇癪だった。でも彼女には子供の癇癪だけでは許されない途方もない力があって、使い方を間違えた」
そこで王妃がほんのわずかに眉間にシワを寄せた。
彼女は表に出さないように気を遣っているが、それでも滲み出る憤りを感じて、エリシアは彼女の綺麗な顔の裏側にこもった息子を害された母親としての怒りを感じ取った。
オスカーが怒らなかった分、彼女の怒りがより煮えたぎっているのだろうか。
気遣うように見つめるエリシアに気づいた王妃が深くため息をつき、それから眉尻を下げて微笑んだ。




